第8話

 私は連れていたかれた少年と少女、緊急事態に急いでどこかへいった青年を片隅で気にかけながら、一つ引っかかっていることがあった。

 ジョンの行方である。

 マリアから聞き出した先の住所には空き家があった。おそらく、痴呆気味である彼女が伝え間違えたというのが妥当なところである。

 だがここ最近の里子というワードにあう回数が増えている。おまけに、先ほどのイアンの出来事。そのことが、どうも私にこの事態に疑問の余地を与えていた。

 ジョンは私からみて、母親想いの少年である。だのに彼がどこかにもらわれていくのに、私に母親に言伝がないのは不思議だった。では、無理やり連れ去られたのか。だが、はたから見て、仲間意識があった彼らに院にいて騒ぎにならないのは無理がなかろうか。

 少年たちがジョンに辛くあたっていた場合、その可能性もある。しかし、会いに行ったときには一緒に遊んでいたことから、仲間の輪から外れていたということはなさそうに思える。

 数分考え、どうにも胸騒ぎが収まらない。私はとうとう店をでて、もう一度あの院に戻ることに決めた。

 マリアを呼びだし、ジョンの住所を聞き出す。幸いにも彼女は私を覚えていて、私は再三住所の確認をしたが、やはり最初のものと同じであった。では彼女が作ったメモが間違っているのではないかと、疑い始めたとき、

「あってるよそれ。おばあさんが男の人からその住むところを聞いてかいてた」

 丁度通りかかったような少年が横から口をだす。

 彼は私が驚かしてしまった少年であった。少年はこわごわと私に近寄る。

 私はもう一度驚かさないように、慎重に彼に尋ねた。

「何故、それを?」

「……いつか、こっそり会いに行こうと思って。それほど仲良くはなかったけど、ジョンは優しい人だったから離れるのが寂しかったんだ。彼の親友のルークのも知ってる」

 ぎゅっと服の裾を握る。どれほど怖がらせてしまったのだろう。もしかしたら私は子供に好かれる性質ではないのかもしれない。

「その男の人って、どんなみためだった?」

「普通の男の人だったと思う。テルミア人っぽくて、髪も目も茶色」

 それ程の特徴ではあの仲介人が同一人物なのか定められない。外れていればありがたいのだが、奇しくも彼が最初に出した答えは一致していた。

「他には!」

 つい興奮気味に出した声が少年の肩を揺らした。少年は頭から煙が出てしまうのではないかというほど、考えた後。

「ロウをいっぱいもってた。ロバで引くくらい」

「それだ」

 ただの考えすぎ出るならば構わない。ジョンがさらわれたというのが事実であっても、本当にそこにいるのかもわからない。

 根拠のない焦りに背中を押され、私はカッパー工業地区に急いで向かった。


 ヘイズ・ハーバーという街は中央に南北を分割するかのように蒸気機関車用の線路が走っている。

 そこを隔てて北に工業地域、南に居住区が存在する。

 港から直通で材料が運ばれる工場もあるが、基本的には北側に工場が乱立している。しかし、汚水がひどく、水質汚染は居住区よりも深刻な問題であった。

 そこのテルミア人といえば彼らは隣国のフィルセシアから移住してきて、ほぼ無賃金で働いているらしいということで有名であった。アパートも借りれない人間も多く、工場で寝泊まりしているとかなんとか。

 実際には工場で貸しているアパートでもあるのだろうが、貴族の古い馬小屋のほうが寝心地が良いに決まっている。

 そんなわけで、線路を超えての向こう側は居住区にはないテルミア人街のようなものがある。

 とはいえ、居住区側にいないわけではないので外れている可能性も否定できない。

 あの焦り様ならばイアンも探しているに違いないのだが、あのとき協力の申し出をしなかったのが悔やまれた。

 全てが確定的でない情報で動くのは愚図のやることである。

 杞憂であるかもしれない。しかし、もしかしたらと動かずにはいられなかった。

 血縁でも、仲がいいわけでもない。しかし、彼が心配でたまらない。

 途中、馬車を借りながら南から北へと駆けた。お金がない労働者階級にしか見えない私を御者は怪訝な表情で断ろうとしたが、すったもんだの末に馬車は出発した。

 しかしそれでも数十分以上もかかり、空に赤みがさしはじめていた。

 飛び降りて、近くの人間にめぼしいテルミア人がいる靴墨工場の場所を訪ねる。

 彼の服はひどく黒く汚れていて、おまけにロウの在庫入荷を行っていたという。おそらく靴墨工場に勤めているのではないかと、目星をつけたがこれも確実ではない。

 ひどく不安になりながら、私は聞き出した場所へと急いだ。

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蒸気と硝煙 かー @mayucu_rry

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