第7話

 以前、店で見たときのあの幸せそうな風景とは全く重ならなかった。二人の子供の別れ際の、あの悲し気な表情がいつまでも脳裏に残る。駄々をこねても良さそうな年ごろであるのに、あまりにも素直な別れ際に子供たちの聞き分けの良さもまた、もの悲しかった。

 となりの中年が感極まったのか、目頭を押さえている。

 私は残りのコーヒーを飲み干そうと、一気に煽った。

 と、一瞬気がそれた。

「相席いい?」

 視線が外れたころで、青年は私のテーブルまで迫っていた。

 そのまま店を出るとふんでいたので、口からコーヒーをこぼしかけた。第三者で見ている場合には目の保養だが、その澄んだ瞳がこちらに向けられるのは心臓に悪い。

「他の席が空いてる」

 と、青年は返事を待たずして向かいに腰を下ろした。

 彼はイアンと名乗り、こちらも儀礼的に名乗り返す。

「また会ったね」

 イアンは頬杖をついて微笑んだ。少し笑っただけで、花も恥じらう美しさである。

 これでも、グレイによれば、好青年に見えてギャングのボスという噂である。まるっきり信じるわけもないが、既にそう吹き込まれていると何を考えているのか怪しいものであった。

「そうだな」

 とはいえ、この場ですぐ何かが起こることもない。どうやらモーリス夫妻が悲しむことはしたくないらしい。

 おまけに彼がどのような用事で私に話しかけたのか、予想がついていた。

「あのさ、その腕見せてほしいんだ」

「君、以前にもこの腕を気にしていたが、こんな腕になにがある?」

「かっこいいだろ!オレがコーヒー奢るから、頼むよ」

 ずいと顔を近づけて、私に迫る。

 先ほどの愛別離苦の光景を少し気の毒に思った私は慰めの意味を込めてモーリスにコーヒーの追加を頼んだ。

「やったね。ありがと、お兄さん」

 ぞんざいに差し出すと、そっと腕をとる。

 ルイの時は無遠慮だったので気にもならなかったが、イアンは慎重な手つきで触るので少しこそばゆかった。

 彼は何か小さく言いながら、ゆっくりと眺める。

 私はほとほとこの右手に困っていたので、好意的に見る彼の視線は新鮮だった。彼が好意的なのは他人事だからなのだろうか。

 と、彼の視線はある一点を見たとき、鋭くなる。

「どうした」

 オースチンという刻印をなぞる。私の声に我に返った彼は私に尋ねた。

「その義手を造った男はどこにいるんだ」

「俺だってしりたい」

 彼は何かを知っているのだろうか。

 私がこのオースチンという人間に対し、全くの素性を知らないのは事実であって、まだ、顔を知っている分この国の統治者である王のほうが私にとって親しみがある。

 しかし、依然として彼の顔には疑念があるように思えるが、痛くない腹を探られるのは心外だ。

「本当?」

 私はコーヒーを一口含む。

「君は、このことについて何か知っているのか」

「いや。全く。その名前の男を探してるってだけ」

 彼の瞳は揺らがない。しかし、刻印をみた彼は明らかに何かを知っているように思えた。

「私はこれを外したいんだ。なんで私の右手にこれがあるのか、場合によっては殴りとばす」

 この面白くもない機関銃付きの義手に私は振り回されてばかりだ。

 早くこの厄介なものと別れを告げたいのはやまやまなのだが、いかんせん誰の許可をとればいいのか、手がかりといえばこの刻印の人物のみなのだ。

 日頃の鬱憤か、余計なことまで口走りそうになる。

「何かめぼしい情報があったら教えるよ」

「頼む」

 と、私は最後までコーヒーを飲み干した。

 さてと帰ろうと、腰を上げると新たに見知らぬ男が私たちに近づいてくる。

「こんにちはー。イアンさん」

 彼は片手をあげて挨拶するが、先ほどのマッテオという男と違いグイルドブルク人だった。

 イアンはお手本のように顔を驚嘆させる。そして少し考えた後。

「悪い。今日は中止だ。また連絡する」

 すぐさま席から立ちあがり、お代を置いて走り去る。

 マッテオは当然に理解をしていなかった。イラついたのか椅子をチョイと足先で蹴る。

「はぁ?なんなんだよ」

 私はお節介だろうと自覚しながら、あらましを伝えた。

「先ほどあなたの代理といって別の方がきてましたよ。契約書みたいなのも見せてました」

「は?それは俺がもってるぜ」

 ごそごそと懐をあさるが、そこから出るのは拾った枝や瓶の蓋やら、平たく言えばゴミばかりで肝心の紙が見当たらない。

 どうやらあの赤髪の青年は何かの詐欺にあったらしい。

 フランコなる仲介人が来た時の顔の変貌具合といったら。一瞬、彼の助けを買って出ようとしたが、コーヒーだけでそこまでの義理はないように思えた。

 それに、彼はどこか怪しい。彼を知らないのは当然として、それを置いてどこか得体のしれない面があるのではないか。

 ともかく、名乗り出たとて、私が手伝うことはなかっただろう。

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