お笑い担当の思い出

脳幹 まこと

少年の日の思い出


 お久しぶり。こうして会話するのは十数年ぶりになるかな。


 このあいだ、結婚したんだってね。お相手が中学のマドンナ・聡美さとみちゃんだってことも先日知ったよ。

 え、この電話番号はどこから聞いただって? まあ、君とは同じ中学なんだからさ、知る方法なら幾らでもあるだろう? あんまり気にする必要はないと思うけど。


……中学か、懐かしいよね。僕はその時、クラスでお笑い担当をしてたんだ。学校で見なかった? 矢鱈にふざけまくってる子。教科書の音読では変なイントネーションで読んでみたり、学活で一発芸してみたりとかさ。

 ムードメーカーとはちょっと違うんだな。クラスの中心って感じではなくて、「変わった子」として盛り上がるかもしれないけど、居ても居なくても結果としては変わらないというか。今となって思うのは、結局、僕の振るまいが面白かったというよりかは、あれは化学反応みたいなものだったんだ。

 クラスという場は「ふざけてはならない」制約が課されていて、それを破ったことがきっと珍しかったんだろうなってね。物珍しかったから反応したのであって、別におふざけ自体に大きい魅力があったわけじゃなかったんだな。当時の僕はそれを知らなかった。

 でも皆はゲラゲラ笑うからさ、こっちとしてもやっぱり嬉しくなる。学力も運動も大したことない僕だったけど、でも、こういったノリの良さ? みたいなのは、運動部のイケメンや可愛い子にも結構ウケた。

 先輩方にも見せたことがあった。「可愛いヤツ」って評価された。

 学年集会で堂々ふざけたことがあった。お堅い先生方は流石に怒ってたけど、大半は面白がってたし、帰り際に「勇者」のような扱いを受けるのは悪い気分じゃなかった。

 母さんや父さんにも話して「お前には皆を元気にさせる力がある。それは素晴らしい力なんだ」と認めてもらえた。

 負け知らずだった。僕は自信をつけていった。誇れる特技があるというのは、なんと貴重なことだったんだろう。


 修学旅行でもまた、ふざけてクラス中を盛り上げていた。

 比較的カーストの高いチームメンバーになった僕は、中学生らしい青春に満ちた試みをしようと思った。

 B組の高嶺の花に告ってみよう、てね。

 そういうのって、なんだかんだ皆好きでしょう? 僕は今まで恋愛なんて考えたこともなかったし、資格があるとも思えなかったけども、でも、お笑いがここまで僕を引っ張ってくれたんだ。

 十中八九振られるだろうけど、それもまた良い思い出になるだろう。そもそも、ふざけて滑ることだって何回かはあったんだ。今更、失敗を恐れることもなかった。

 その日の夜は楽しかったなあ。告白の仕方とか、経験者に教えて貰って。噛まないように何度もサッカー部の子と練習したりとか。

 


 翌日、僕らは、見学スポットに向かう為に電車に乗りに向かった。

 どきどきしてて、打ち解けた仲間達との会話を面白かったのもあって、すっかり足もとがお留守だった。

 発車メロディが聞こえてきて、急げ急げと声がかかった。


 その時に……突き飛ばされた。


 身体は浮いていった。凄く長く感じた。

 僕ね、今でもはっきり思いだせるんだ。階段の硬い角に身体を打ちつけるまでの、驚き、焦り、拒絶、嘆願までのプロセスをね。少なくとも笑顔は浮かべられてなかった。いつでも楽しそうだった僕の顔は、この時ばかりは完全に真顔そのものだったと思う。

 予想は当たった。一回打ちつけるたびに、僕から笑いのパーツが失われていった。でも、こんなに精密で脆い機械であったことは想定外だったな。


 母さんや父さんの笑顔、周りの友人の笑顔、クラスメートの笑顔、もう少しで見られるはずだった聡美ちゃんの笑顔が――


 消えた。


 階段の下に無様に伸びていた僕は、突き飛ばした相手の顔を仰ぎ見ようとした。

 でもね、それは叶わなかったんだ。


 首から下が動かなくなってしまったからね。


 幸い、すぐに先生や駅員が駆けつけてくれて、神経の損傷を抑える処置が行われたから、今はそれなりに動かせてもいる。

 それでも、僕はしばらくの間、車椅子の生活とリハビリを強いられた。もちろん笑いなんてもう取れない。取れたのは、みんなの憐れみの視線だけだった。

 悲しいけども、その時に、僕は笑いなしでは何も出来ない、空っぽな存在だと思い知らされた。勉強も運動もロクに出来ないだけでなく、流行話にも全然乗れなかったことに気付いた。僕は雑談すら上手く出来ないんだ。そうだったんだ、そういう欠けた部分をお笑いが塞いでくれてたんだ。

 悔しかったなあ。だってさあ、ふざけるチャンスが幾らめぐってきても、もう身体は思うように動かないんだよ?


 なけなしの勇気を振り絞って、一回だけ変な音読をしたことがあるけど、もう本当に虚しくなってくるんだ。クラスの皆も先生もクスリも笑わず「大丈夫だよ」なんて言うんだ。ねえ、そんな言葉、前は言ってなかったじゃないか。結局、途中で音読の声音を戻して、それっきりさ。

 卒業式の後、一人俯いたまま家帰って、鏡見て、「ぶっさいくな顔……」って呟いた。そしたら涙が止まらなくなっちゃって、わんわん泣いてたよ。



 十年経って、同窓会の招待がやってきた。

 あんまり乗り気じゃなかったけど、それでも、状況を知りたいと思って参加したんだ。

 君と聡美ちゃんはいなかったね。

 表面上、復活したように調子良く取り繕って訊いてみたけど、学校じゃあ「ふざけ過ぎが招いた悲しい事故」になっていて、事件の犯人捜しどころか、僕が反面教師の題材になってしまった。毎年のように、注意喚起にこの事件は引き合いに出されるらしいからね。

 皆は相も変わらず、心配していた様子だったし、嬉しかったはずの持ち上げも、どうにも作為が感じられるようになっていた。僕の表情はどうだったんだろうな、正直、途中から猛烈にやるせなくなってしまってて、微笑んでいられなかったのは覚えてる。


 二次会は厳しいなと思った。だから手早く離れようとしたんだ。

 その時に、聡美ちゃんの友達だった子が近付いてきてね、こう言ったんだよ。


「ゴメン……あの瞬間、わたし見てた」


 全部、聞かせてもらったよ。



 僕を突き飛ばしてくれて、ありがとうね。


 これから、君の笑いを取りにいくからね、待っててね。





「という留守電があったんだけど、どう返せばいい?」


「きっしょ」


「辛辣ゥ! 座布団一枚!」

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