社内対抗お笑いグランプリ
芦原瑞祥
人生は喜劇だ
ブラック企業から逃げるように転職して半年。入社した北川精密機器株式会社は、地味だけれど思った以上にいい会社で、今年は平穏な気持ちで年を越せそうだと思っていた矢先。
「米山くん、ちょっとええかな」
工場長が神妙な面持ちで言い、会議室へと入っていく。
事務所の他の人に聞かれちゃまずい話なのかな、まさか早々に戦力外通告? と僕は一抹の不安を抱えて会議室に入り、扉を閉めた。
「実は、任せたいプロジェクトがあるねん」
工場長の言葉に、僕は嬉しさ半分、プレッシャー半分で次の言葉を待った。
「来月、全社員参加の忘年会があるんは知ってるやろ? そこで『北川精密機器お笑いグランプリ』が開催されるんやけど」
は? 何て? 工場長、めっちゃ真面目な顔で「お笑いグランプリ」言うた?
僕の怪訝な表情を見てか、工場長は説明を続けた。
「
「会社の覇権を」
「去年は営業部が優勝したから最悪やった。あいつら無茶な納期の仕事ばっかり取ってくるし、段取りとか無視した出荷指示してくるし。けど、KOGの優勝チームには一年間逆らわれへん。だから絶対今年は、わが岸和田工場が優勝せなあかんのや!」
……なんか僕、変な会社に入ってしまったかもしれない。
確かに、関西においては「おもろい」ことが重要だけれど、仕事にまで影響するのはやり過ぎではないか?
聞けば、KOGは創業者時代からの伝統らしい。この会社のモットーは「なんでも一番やないとアカン」、工業団地内のソフトボール大会や運動会ですら、本気で優勝を狙っていくスタイルだ。つまり、仕事以外のことにも全力投球できる人間が、仕事でもアドバンテージを握れるということのようだ。いや、それにしたって!
「そこで米山くんには、今回わしとコンビを組んでKOGにエントリーして欲しい」
「いや、無理です! 僕、漫才とかしたことありませんし。そもそも、なんで僕なんです?」
「君、履歴書に『趣味:ギター』て書いてたやろ? ギター漫談できるんやないかと思って採用してん」
「そんな理由で!?」
若干落ち込んでいる僕に、「いや能力も評価したで!」と工場長がフォローを入れてくる。僕は疑いの目を向けながら、突き放すように言った。
「別に僕じゃなくても、誰かいるでしょう? 今まではどうしていたんですか」
「いつもは製造部長とコンビ組んでたんやけどな、あいつ、来月から入院しよるねん」
「じゃあ他の人は」
「どうもこの工場にスパイがおるみたいでな、うちに来たばっかりの米山くんなら大丈夫やろ思て」
スパイて! たかが宴会の余興にスパイて! ……まあ、向こう一年の主導権を握れるかどうかだから無理もない話か、と僕が考えていると、工場長がパソコンを操作して液晶大画面に監視カメラ映像を映し出した。カメラを遠隔操作して角度を変えたり拡大したりしている。
「ほほう、技術部はロボットと漫才をするらしいな」
「工場長もスパイ活動してるんじゃないですか!」
「これはズルと違う、情報戦やねん。実際、監視カメラ映像を見られる立場の人間ならみんなやっとる。あと、本社勤務の夫が岸和田工場勤務の妻から情報を聞き出しよるから要注意や」
というわけで、と工場長が今度は動画ファイルをクリックする。
「過去三年分のKOGの動画見て、まずは傾向と対策の分析や!」
……僕、やっぱり入る会社を間違えた気がする。
とはいえこの会社、残業時間も少なく給料もいいし、何より人間関係がギスギスしていない。ようやく入れた優良会社に定年まで居座るべく、僕はKOGでの優勝目指して、工場長と秘密の特訓を始めた。
まずは過去の作品を
スパイ対策として、社員が帰る時間帯に合わせて工場長と恋ダンスを踊ったり、「オッパッピー」「ルネッサ~ンス」と懐かしの一発ギャグを言い合ったりと、攪乱行動も忘れない。
倉庫でこっそり衣装合わせをしていたら腐女子社員に見つかって「ごゆっくり~、ウフフ」と言われたときは、「ちがーう!」と叫んでしまったが。
そんなこんなで迎えた忘年会当日。
かに道楽の舞台付き宴会室に、大阪本社・岸和田工場・和歌山工場の総勢百五十人が集結する。大好物のカニも、緊張で味がしない。
「酔わんな、やってられへんやろ」と工場長が僕のグラスにビールを注いでくれた。もはや工場長とは背中を預けあう戦友のような関係だ。乾杯する僕たちを見て、腐女子社員がうんうんと頷いている。あの誤解、まだとけていないのか。
いよいよ、北川精密機器お笑いグランプリの開催が宣言された。出場者は宴会室を出て、控え室で準備をする。
まずは前年優勝の営業部から、優勝ベルトの返還が行われる。「いややー、返したくないー」と転げ回る小芝居はお約束だ。
僕は工場長とお揃いの、古代ローマ人みたいな布をぐるぐる巻き付けた格好で、ギターを抱えてスタンバイする。
廊下では他の出場者が、おもしろい格好に似つかない切羽詰まった表情で、台詞や動きのおさらいをしている。僕はそこに会社員の悲哀を見た。
僕たちのギター漫談は、結構な笑いが取れた。
「工場長、どないしたらええんでしょう」
「どうした、米山くん」
「社長からのメール、『忘年会に参加していた抱きます』て書いてあったんです! 僕、このあと貞操の危機ですかね!?」
という、社長の誤字あるあるネタは特にウケた。(頭の回転が速すぎる社長は手が追いつかないためよく変換ミスをするし、「抱きます」誤字は何人もの社員が目にしたことがあるのだ)
もしかしてこれは優勝もあるかな、と淡い期待を抱きながら着替えて席へ戻ろうとしたとき。
「飛び入りしてええかな?」と舞台へ上がった人物がいた。――社長だ。
それは、昭和の営業社員が長年の接待や宴会で身につけたかのような、隙のない話運びとおもしろい動き、そして「笑わなければいけない」という強烈な圧力を周りに感じさせるネタだった。結果、会場の全社員が、目は笑っていないのに笑い声をあげるという奇妙な状態となった。あんな鬼気迫る「笑い」は初めて見た。
完敗だ。
KOGの優勝者は社長に決まった。チャンピオンベルトをつけた社長が高らかに発表する。
「来年、北川精密機器は国外進出します!」
ああ、国外進出の反対意見を抑えるための、社長飛び入りだったのか。
もはや何に対して脱力しているのかわからずにいる僕の肩を、工場長が励ますようにたたく。
「わしらはネタで負けたんやない、社長の信念に負けたんや」
顔をあげると宴席のあちこちで、来年の多忙阿鼻叫喚を想像して脱魂している社員たちがいた。
「会社員って、大変ですよね」
しみじみと、本当にしみじみと僕は言った。
「チャップリンも言うとったやろ、人生は近くで見ると悲劇だが遠くから見ると喜劇だ、って。……会社員生活も、舞台に上がっている間だけのコメディだと思って乗り切ろうや」
そのあと傷心の僕は、工場長とミナミの飲み屋をはしごし、夜明けまで飲み明かした。
月曜日に出社したら、「米山くんは社長じゃなくて工場長に抱かれたらしい」と噂がたっていた。……人生は喜劇だ。
社内対抗お笑いグランプリ 芦原瑞祥 @zuishou
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