KAC20224 異世界転生で勇者になって魔王を倒したらモテます! って女神様に言われた……けど!

綾束 乙@8/16呪龍コミック2巻発売!

凱旋祝賀会の翌朝


 魔王を倒した勇者タカトをたたえるため、王城で開かれた凱旋祝賀会は、それはそれは華やかなもので、転生前はごくごくふつうの小市民だったタカトはただただひたすら圧倒された。


 見たこともない美食の数々に舌鼓を打ち、蜜に群がる蟻のように寄ってくる貴族や高官達に愛想笑いを振りまき、ほどよく酔っ払ったところで、まだ魔王を倒した疲れが癒えていないからと、後を仲間達に任せて先に与えられた部屋に引き取り、どうみても一人用には大きすぎるベッドで羽毛布団にくるまれて眠り……。


「勇者様……。いえ、タカト様……」


 蜜よりも甘い声音がタカトの鼓膜を揺らす。


「う、ぅん……?」


 閉じたまぶたの向こうに感じる光は明るいが、まだ夕べのお酒が抜けてきていないのかもしれない。

 なかば寝ぼけながらタカトがまぶたをゆっくり開けると。


 目の前に鎮座ましましていた光景に、タカトの眠気は一瞬で吹き飛んだ。


「ひ、姫様……っ!?」


 ベッドの上、タカトを覗きこむように身を乗り出していたのは、まぎれもなくこの国の第一王女であるマリアーヌで。


 しかも、マリアーヌも寝起きなのか絹の薄物の夜着を纏っている。


「あ、あの……っ!?」


 動揺しながら身を起こし、タカトはぺたぺたと自分の身体にふれる。


 うんっ、ちゃんと夜着を着てる。たぶんセーフッ! いや、夜着のお姫様が同じベッドの上にいる時点でアウト……?


 座ったままじりじりと後ずさりし、少しでも距離をとろうとすると、下がった分だけマリアーヌが四つん這いで距離を詰めてくる。


 前屈みになっているせいで広い襟ぐりからのぞくたわわな白桃が嫌でも視界に入り――。


 耳まで熱がのぼるのを感じながら、タカトは目をそらして必死に言葉を紡ぐ。


「あ、あのですねっ、姫様! これはやはりよろしくないのでは――」


「どうしてそんな哀しいことをおっしゃるの?」


 湿り気を帯びた声に、続きが喉に詰まって出なくなる。


「初めてお逢いした時から、タカト様にかれていたのです。貴方あなたが魔王討伐に行かれている間、毎日貴方がご無事であるようにとお祈りを捧げておりました。無事にご帰還されたお姿を見て、どれほど嬉しかったことか……っ」


 感極まった声に、反射的にマリアーヌに視線を向ける。


 いまにも涙がこぼれそうなほどに目を潤ませ、真っ直ぐにこちらを見つめる紫の瞳を見た途端、何も言えなくなってしまう。


 こんな風に真っ直ぐに想いを伝えられたことなんて、今までの人生で一度もなくて。


「タカト様……」


 白く細い指先が、そっと頬へと伸ばされる。

 それが肌にふれるより早く。


「マリアーヌ姫! 姫と言えど、抜け駆けは困ります!」


「そうよ! タカトに想いを寄せてるのは姫だけじゃないんだから!」


 前触れもなく扉が開けられたかと思うと、険しい声が響く。


 振り返らずとも声の主がわかる。タカトにわからないわけがない。一緒に魔王を倒したパーティーメンバーであるプリーストのソレアと魔法使いのピズだ。


 タカトは二人の台詞に何か引っかかったものを感じたが、今はそれどころじゃない。


 助けを求めるように、二人へと視線を向ける。

 魔王討伐のための旅をしていた時と違い、二人とも年頃の乙女らしい可愛らしい服装をしていた。


「ソレア、ピズ。その、これは……っ」


 お願いだから誤解しないでほしいっ!

 無実だから! 未遂だから! むしろこっちが迫られて困ってるほうだからっ!


 タカトの気持ちが通じたのか通じていないのか、険しい顔でソレアとピズがベッドへと歩み寄ってくる。


「私達だって、魔王を討伐するまではと我慢してたんですから!」


「世界に平和を取り戻せて、ようやく心おきなくタカトに想いを伝えられるって、喜んでた矢先に……っ!」


 え? 我慢? 想いって……なに?


 胸がざわつくタカトをよそに、ベッドの両側に立ったソレアとピズが勝ち誇ったように胸を張る。


「マリアーヌ姫はご存じないでしょう? 魔王を倒す旅の中で、タカトがそれほど素晴らしいリーダーだったか!」


 いやだって、転生する時女神様に、魔王を倒すのが使命だって重々言われてたし……。それに早く平和を取り戻したい気持ちに噓偽りはなかったし……。


「ピンチの時にはいつだって庇ってくれて、しかもそれを恩に着せたりしないし!」


 仲間なんだから、助け合うのは当然だと思うんだけど……。


「私が保護の魔法をかけるたびに、ちゃんとお礼を言ってくれて!」


「あたしが剣に強化魔法をかけるたびにもちゃんとお礼を言ってくれるわよ!」


 なぜかソレアとピズがベッドを挟んで睨み合いを始める。


 え? 待って。ちょっと待って。


 いつもソレアとピズが親しげに接してくれてたのはわかってたけど、でもそれは……。えぇっ!?


 ぐらんぐらんと頭が混乱に叩き込まれる。


「仲間だからと言って、タカト様が選ばれるとは限りませんわ。タカト様だって、わたくしがよろしいでしょう?」


「そんなこと、姫様が決められるわけないでしょう!?」


「何を勝手なことを!」


 自信ありげに告げたマリアーヌに、ソレアとピズが眉を吊り上げる。


「ねぇ、タカト様」

「そんなことありませんよね、タカト!」

「誰を選ぶかはっきりしてタカト!」


 ……え? 何この突然の修羅場。


 理解が追いつかない。

 逃げたい。今はただ、とにかくこの場から逃げたい。


 よしっ! 逃げよう! 思い立ったが即実行!


「《加速》!」


 スキルを発動し、三人に取り囲まれる前に、ベッドから飛び降りる。


「きゃっ!」

「あっ!」

「待って!」


 三人が声を上げるが、待つわけがない。


 薄く開いたままの扉から廊下に飛び出し、速度を保ったまま、廊下を駆ける。


 とりあえず、あの三人に見つからないところへ逃げよう。


 移動しながらタカトの脳裏に思い浮かぶのは、異世界転生の時に女神様とかわした会話だ。



 確かに、女神様は言っていた。


「勇者になって魔王を倒したらモッテモテになりますよ! ええっ! 女神の名に誓ってもいいです!」

 と。


 その言葉に心惹こころひかれなかったと言えば、嘘になる。


 だって、転生するまで異性とつきあったことなんてなかったし……。好きになっても、いっつもフラれてばっかりだったしさ……。


 いやでも、個人的な好みを言うなら、ハーレムよりも心に決めたひとりと、ちょっとずつ愛をはぐくみたいっていうか……。


 こんな修羅場に巻き込まれるなんて、まったく全然、予想だにしてなかったよっ!



 だって私――女の子だもんっ!


 女の子が女の子にモテモテになったって、全然嬉しくもなんともなぁ――いっ!


 なんなの!? 転生してまで前世と一緒なの!? 「俺より背の高い女はちょっと……」とか「俺より強い女はちょっと……」とか言われて、男性陣には敬遠されて、女子にばっかりモテる流れなの!?


 女神様の嘘つき――っ!



 異世界転生した勇者・高戸たかと鞠江まりえ


 魔王との戦いは終わったが……。

 次は、女同士の戦いに、否応いやおうなしに巻き込まれる運命らしかった……。


                             おわり



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