コメディ~愛すべき変人~

菅田山鳩

第1話 立花さんのコミュニケーション

私は、昔から人との会話が苦手だ。

相手の言葉に対して、即座に最善の答えを返す。しかも、それがなんターンも続く。

こんなに難しいことが他にあるだろうか。

いや、ない。


とはいえ、私も高校生になったわけで。

会話をしないというわけにもいかない。

何か、良い方法はないだろうか。

3日と少し考えた。

そして、ついに閃いた。

そうだ、最初から決めておけばいいんだ、と。

幸い、記憶力には自信がある。

あらかじめ、会話の内容をシミュレーションしておいて、セリフを暗記しておけば良いんだ。

そうすれば、会話につまることもない。

なんだ、こんなに簡単なことだったのか。

私はバカだな。


そう、立花楓は勉強のできるバカだった。


やると決めたらとことんやる。

努力家の立花は、家にあった小説を引っ張り出し、ありとあらゆるセリフを暗記した。

これで、完璧だ。

明日は絶対、うまく会話してみせる。



気付けば、誰とも会話せず放課後になっていた。

まあ、明日頑張ればいいか。

よし、帰ろう。帰って小説の続きでも読もう。


「あ、立花さん。ちょっと待って。」

廊下に出たところで、後ろから声がした。

振り向くと、そこにはクラスメイトの四宮菜穂がいた。

このとき、立花楓の頭はフル回転を始めた。

昨日の夜、死ぬ気で暗記した中から、最も適したセリフを導き出す。

「なに?あなたとの秘密を抱えて生きていけるほど、私は大人じゃないわよ。」

官能小説。父親の部屋から持ってきた小説の中に紛れていたものだ。

独特な大人の雰囲気とミステリアスなセリフ。

立花にとっての最適解だった。

そう、立花楓はやはりバカだった。

そして、立花の父はスケベだった。


いきなりの意味不明な返答に変な間があく。

しかし、次のセリフに夢中な立花が相手の反応に気づくはずもない。


「え?あっ、ごめん。どうやって反応すればいいかわかんなくて。」

「気にしないで。飼い犬に噛まれた程度のことだから。」

「飼い犬?あ、立花さん、犬飼ってるの?」

「ふふ、それ以上は踏み入らない方が方がいいわよ。やけどしたくなかったらね。」

「あ、ごめん。なんかぐいぐい聞いちゃって。」

「優しいのね。ダニエルは。」

「私、菜穂だけど。しかも、女で日本人。」

「昔のことを思い出してたのよ。懐かしいわね。」

「ずっと菜穂だけど。」

「無理しなくていいのよ。」

肩にそっと手を置かれる。

「なにが?ずっとなにこれ?え?私がおかしいの?」

完璧だ。

覚えたセリフがすらすら出てくる。

「そういうときもあるわ。でもね、人は以外と単純でずる賢い生き物なのよ。」

「なんか立花さんて、大人っぽいね。」

「そんなに誉めても、ウイスキーの減りが早くなる以外の効果はないわよ。」

「ウィスキーって、立花さん、お酒飲むの?

さすがにまずいんじゃ。未成年だし。あ、でも私はチクったりとかはしないよ。」

「酔わせて、どうする気?」

「いや、でもやっぱりやめた方がいいよ。お酒は二十歳過ぎてからじゃないと。」

「まだまだ若いわね。でも、そんなところもかわいい。」

「若いって、同い年でしょ?」

「で、今夜はどうするの?まさか、なにもなしなんてことはないわよね?」

「え?今夜?あー、ごめん。私、夜は塾があるから。また今度どっか行こう?」

「いくじなしね。またチャンスがあるなんて思わないでほしいわ。」

「ごめん。そうだよね。わかった。今日は塾休む。後でお母さんに謝れば良いだけだから。」

「ふふ、以外と強引なところもあるじゃない。嫌いじゃないわよ。」

「ありがとう。立花さんは普段どんなところに遊びに行くの?」

「お風呂にする?それとも、もう一杯飲んでからにする?テキーラなら冷えてるわよ。」

「私はお酒はちょっと。お風呂がいいかな。私、友達とお風呂なんて初めてだから楽しみ。」

「そんなに焦っちゃって、服を脱いでからでしょ?」

「そうだよね。お風呂だもんね。ごめんね。なんかテンション上がっちゃって。」

「優しくしてね。」

「うん。もちろん。こちらこそよろしくね。立花さんは行きつけのお風呂とかあるの?」

「…」

このとき、長時間の会話によるストレスにより、立花楓の頭はオーバーヒートを起こした。その結果、立花楓はバグった。

「ごめんね。私、またぐいぐい聞いちゃって。」

「いいのよ、でも、この前貸したうどんは返してね。」

「うどん?借りてないと思うけど。」

「そうだよね。もう釜揚げにしちゃったよね。」

「ごめん。カレーうどんにしちゃった。」

「昔からの夢、だったもんね。」

「あ、普通に続けるんだ。勇気だしてボケたんだけど。」

「両親とはうまくいってる?」

「まぁ、うん。うまくいってるほうかな。」

「奴らは敵だ。容赦するなよ。」

「敵?いや、そんなことないと思うけど。うちの親のこと、なんか知ってるの?」

「あれは、まだ雪の残る肌寒い季節のこと、話せば長くなる。」

「あ、じゃあ大丈夫。」

「いつから、怪しんでいたんですか?」

「怪しいっていうか、最初からちょっと変だなとは思ってたかな。話が噛み合わないっていうか。あ、でも変な意味じゃないよ。」

「どういうこと?あなたは、人間じゃないってこと?そんなの信じられるわけないじゃない。」

「ううん。私は人間だよ。」

「し、死んでる。」

「ううん。生きてるよ。」

「お主、さては、あのときの」

「ちょ、ごめん。一回やめて。」

そして、セリフは全部飛んだ。

「あ、ご、ごめん。そろそろ行かなきゃ。これがこれだから。ま、また、明日。」

頭が真っ白になった立花は、自分の頭に両手の人差し指を立てた後、片手で空を切った。もちろん、意味はない。とっさに出た謎の行動だった。

「う、うん。また明日。」


四宮菜穂は、パニックになっていた。

なんだったんだろう?

誰もいなくなった廊下を見つめながら、頭を整理する。

なんか、怒らせちゃったのかな?

人の感情をぐちゃぐちゃにして、あっという間に去っていった。

なんか、台風みたいな人だったな。

ただ、不思議と嫌な気はしなかった。

あ、そういえば、最後のやつはどういう意味だったんだろう。

これがこれだからって。

最初のは角?だよな。

角が2本だから、鬼かな。

となると、次のはなんだったんだろう。

なんか、切ってたよな。

ナイフ?カッター?ハサミではないよな。

あ、切る。そうか、切るでいいんだ。

鬼、そして、切る。

そうか、おにぎりだ。

あー、スッキリした。

ん?

おにぎり?

なにが?

やっぱり変な人だ。

そして、塾には遅刻した。

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コメディ~愛すべき変人~ 菅田山鳩 @yamabato-suda

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