教室のコメディアン

いいの すけこ

お笑い芸人のアキタツくん

 アキタツくんは、コメディアンだった。

 本名は秋吉達生あきよしたつきくん。アキタツは彼のあだ名で、私は芸名みたいだななんて思ったりしている。

 小学校一の目立ちたがり屋、明るくてお調子者。いつもクラスの中心にいて、黒板の前が定位置だった。

 休み時間とか、学活の時間とか。

 なにか楽しいを思いついてはひとり黒板の前に立って、面白いことを披露したり、喋り倒したりする。

 スポットライトの代わりは直管LED灯。彼のキレキレのアクションや歌はお笑いネタであり、喋りは立派な話芸、愉快なトークショーだった。

 観客の私達はアキタツくんの挙動に大笑いし、時にツッコみ、拍手を送ったりして。

 アキタツくんは、私達のクラスのお笑い芸人だった。


 小学校を卒業する、三月のこと。

 クラスでお別れ会をすることになった。

 プログラムの最初はみんなで歌を歌って、その後はビンゴゲーム。

 大した内容じゃなかったけど、窮屈な学校生活を強いられた私達は楽しみにしていた。

 私の家にはビンゴセットがあるので、それを貸し出すことにした。昔、子ども会の役員をやっていたおじいちゃんが、地域行事用に買ったものだ。身銭を切るなんて、と娘であるお母さんは呆れていたが、結局我が家でも散々遊んだし。こうやってクラス行事にも役立てるんだから、おじいちゃんに感謝だ。


 歌が終わったところで、私はビンゴゲームの準備に取り掛かる。

 家から持ってきたビンゴセットをロッカーから取り出して、箱を開けた。

(ない)

 私は凍りついた。

 ビンゴカードが入っていなかったのだ。

 カードは子ども会で使う用に、問屋から大量に仕入れたらしい。子ども会でも家でも、使っても使っても無くならないくらい。だからいつだって箱の中に、数十枚が一セットになって入っていたのに。

「どうしたん」

 手伝ってくれようとしていたアキタツくんが、そばに来てそっと尋ねる。

「ビンゴカード、忘れちゃった」

「うっそ。あ、でも、紙に書いてできなくも」

「だけど時間が」

 クラス三十二人分のカードを、今から。せめて歌の前にででも、気づければよかったのに。

「俺、時間かせぐわ」

 ロッカーの前で固まる私を残して。アキタツくんがいつもの定位置に躍り出た。


「どうも私が皆さんのォー! アキヨシィー! タァァツキィー! アキタツですよォォォー!」

 ほぼ勢いと大声で押し切る、アキタツくんの決め台詞。お笑い番組の出囃子が聞こえてきそうなほど、ノリノリで登場したアキタツくんに、教室は一瞬にして静まって。

「アキタツきたー!」

「サプライズ出演とかマジかよお前ー!」

 プログラムにはなかったお笑い芸人・アキタツの登場に、教室は一気に盛り上がる。

 私も観客の一人になって、思わず釘付けになっていたら、アキタツくんに目配せされた。

 そうだ。アキタツくんが時間稼ぎをしてくれている間に、ビンゴカードをどうにかしなくちゃ。


 急いで先生に相談したら、やっぱり紙を配って、それぞれ自分でビンゴカードを作ってもらうという話になった。

 私は三十二人分、枠線を引いて数字を書いて……とやらなくちゃならないと思っていたけれど。実際は白紙を配って、みんなに自分自身で枠を引いて、ランダムで数字を書いてもらうだけだった。おかげでさほど、時間はかからずに済んだのだ。

 カードを自作する時間に、更にアキタツくんのステージを挟んだから、タイムスケジュールは押してしまったけれど。

 六年二組のお笑い芸人、アキタツくんのおかげで、会場はすっかり温まったのだった。


「アキタツくん、ありがとう」

 お別れ会のあと、私はアキタツくんを呼び止めた。帰ろうとしていたところを引き止めてしまったけど、お礼を言いたかったのだ。

「いいってことよ。野々原ののはら、泣きそうだったしさ」

 半泣きだったところを見られたのか、恥ずかしい。

 けれどアキタツくんは、いつものように芸人スマイルで。

「人を笑わせるのが、芸人ってもんだからな」

「それでも、いきなり人を楽しませることができるのって、すごいよ」

「身一つで楽しませるのが、プロってもんよ」

「アキタツくん、プロじゃないでしょ」

 思わずツッコむ。


「あのさ。俺らが生まれてちょい経った頃。今の時期に、おっきい地震があったって言うじゃん」

「ああ。テレビで毎年、見るよね」

 私のツッコミにふざけるかと思ったアキタツくんは、ちょっとだけ声のトーンを落として語る。

「あんなふうに、なんもなくなって。みんなが悲しくて、笑えなくなって」

「うん」

「お笑いも歌も、演劇とかも。なんの役に立つんだって色んな人が考えて。でも、身一つで芸を届けに行った人達が、いるっていうのね」

 お笑い芸人とか、歌手とか。劇団とか。

 己自身だけで駆けつけて。身一つとはいかなくとも、最低限持ち得るものを携えて。

 笑顔を届けようとした人達。

「それってすごい、かっこいいと思うんよ」

 アキタツくんにとって、ヒーローのような存在なのかもしれない。

 そしてアキタツくんも、身一つで私を助けてくれた。

「今もなんか、嫌なことが続く世の中でさ」

 私達の学校生活。

 季節の行事も、遠足も修学旅行も。『昨今の社会情勢を鑑みて』たくさんのことが制限された。

 世界平和も、程遠い。

「だけど、笑いを届けられたら最高じゃん」 

 ビンゴセットがなくったって、彼の存在だけで。

「……うん、最高だね」

 ああ、かっこいいな。

 六年二組の、コメディアン。

 私のクラスにお笑い芸人がいてくれて、本当に良かったと。

 卒業間近の春温かな日に、私は心から思うのだった。


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