第34話 一水戦、進水!
「さぁてまずはあのドックを見てくれ」
「一気に軍艦建造してますね…。でも見たところ、装巡ほどの大きさはないように見えますけど…」
「もちろん。あれが新型の特型だ」
「え? 特型?」
玲那が息を呑むと、掛澗が頷く。
「ええ。特型水雷艇。建造費1隻あたり62万圓で32隻、総計1934万圓ですわね。きっつ…今年の国家予算6億数千万圓ですのに……」
「あ、なるほど水雷艇ですか」
「全長63m、全幅6m。最速33ノット、航続距離25ノット/1400km。装甲なし。主兵装は8センチ軽速射砲2基4門、そして…53cm三連装旋回式魚雷発射管3基9門。」
掛澗が海軍軍事費内訳一覧:省外持出厳禁と書かれた資料を朗読した。なんで堂々と省外で持ってるんですかあなた。
確か、バルチック艦隊主力のブイヌイ級水雷艇が全長64m、全幅6m、最速27ノット、航続距離25ノット/900km、兵装は75mm単装砲が1基に381mm水上魚雷発射管が3基3門のはずだ。
「めっちゃつおいじゃねぇか…。
なんだっそら。32ノットで53cm魚雷9個一気に敵に撃ち込めるってか。」
個人的にはこちらの衝撃がでかい。
「その上、魚雷発射管は機械式自動装填装置付だ。1門あたり3発、つまり一海戦あたり魚雷一斉射を3回まで、最大27発搭載を想定してな」
「お待ちくださいな魚雷自動装填って、それも機械式って」
「ああ。史実では西暦1937年の技術だ」
「さ、38年も前なのにそんなのできるのです!?」
「できるんだなこれが。史実の帝国海軍が遅れすぎてただけで、合衆国海軍や王立海軍は1920年代から採用していたはず。つまり――いけちゃうわけですよォ」
そう言って彼はペンをくるくる回して、そのままふっ飛ばした。彼は飛翔していったペンを探しに歩きだして、下に散らかっていた資料に足を滑らせそのままドッタンバッタン大騒ぎ。
「なにやってるのですか大佐。ここはジャ○リパークじゃないんです」
「うるせぇな」
「ほほほほほっ!格好つけようとして失敗するほどダサいことはないですわね」
「俺はなぁ!魚雷自動装填機を身体全体使って表現しようとしたの!さっき飛んでったペンが魚雷!発射管俺!」
わけのわからないことを言い出した。玲那は彼を意思疎通不可能の未確認生命飛行物体だと断定し、交信を諦め、足元に落ちた『魚雷装填装置大全』と記された資料を手に取る。第一級機密印はなさそうだし興味あるし、見てもいいか。
「大佐ぁ!大佐が足を取られた資料拝見させて頂きますよ!?」
一応断ると、秋山の怒号が響く。
「
「勝手に転んで落としたのが悪いんでしてよ?なになに『部外秘:特殊財源全覧』――少々お借りしますわね」
「やめろ!知るな!待ちやがれ守銭奴!見るなくそがき――うぉッ!」
「きゃっ!??」
部屋の外まで散乱した資料に、掛澗を追って飛び出た彼は尻から再度転倒。挑発するように機密資料を読みながら逃げ始めた掛澗を巻き込み階段を滑走し始めた。
「止まってくだ「ゔォアァぁあ"あ"ァッ――!」さいましぃぃぃぃ――」
断末魔を上げながら資料とともに正面玄関の方へ足から下りていき姿が見えなくなった。もういいや、勝手に二人で遊ばしとこう。
「へぇ。戦争賠償金からの技術投資で、工場での量産が可能になった技術としては、自動旋回装置や……はぁ?プラスチック!?」
なんだそれ。あるんだったらペットボトルを作ってほしい。戦場に水筒持ってくのは重いんですけれど。
「と思いましたけれど生産力はそこまでないのですね……。まぁ国内の油田だけでは小規模すぎますものね」
この国にはまだ石油化学工場がないのだ。仕方ないね。
「自動旋回装置は魚雷発射管の機械式旋回へ……、プラスチックは魚雷発射管に新たに追加される、魚雷格納櫃と再装填装置の軽量化のための――カーボンですか!?」
カーボンって、カーボン合成樹脂、通称CFRP、またの名を炭素繊維強化プラスチックっていうアレか?
「水雷艇として高速度と雷撃能力に最重点を置き開発された、と。カーボンは生産設備が小規模であり高価なため、装甲や船体などには起用せず、あくまで数トンある魚雷を支える格納櫃と再装填装置、機関としてしか装備できない…。でもやばいですよ」
そんなの作れるわけなくて。今何年だと思ってるんだあいつ、1899年ですよ? まだ19世紀ですよ? 街中江戸時代ですよ?
「そこで戦後の自動車にふんだんにつかわれる技術を実現とか、とうとう過労のストレスで頭をやられたか…、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、百妙法蓮華経」
待て、南無阿弥陀仏と百妙法蓮華経って後者の教義的に併用しちゃまずいやつでしたっけ。おいおい混ぜたら危険とか書いといてくださいよ…、信者の方々に殺されちゃいますよ。
「ふふっ! 信者で死んじゃうって。座布団十枚!」
「一ミリも面白くねぇし誰がストレスで頭やられたって……!?」
肩に手を置かれた。なに、そなた生きてたのか!?
「大佐? もうそろそろこの秘密財源と称する闇営業について釈明頂けて??」
秋山も肩に手を置かれた。なに、貴様いつの間に!? という顔をしている彼。これ以上肩に手を置く人間が続くと、大きなカブになりかねない。童話の演劇をしに来たわけじゃないので、速やかに離脱する。
「二人ともほら、茶番をやらないで「説明なさって頂けて?」」
うんとこしょ、どっこいしょ。それでも不正は消せません。
今回の本題は海軍戦力だ。話が進まないのでとりあえず二名を引き剥がす。
「覚えておかれてよ? 後で大蔵省に」
「とりあえず後回しに。このカーボンってつくれるんです?」
秋山は救いだ!と言わんばかりに冷や汗を垂らして手を叩いてこちらを指差す。
「そう!それな!出来る!なにせ『転生者』がまんがとやらを参考に再現した技術らしいからな」
カーボンをイチから製造? どこかの異世界漫画で聞いたことのある展開だ。
「それに、1909年には合衆国じゃ、フェノールとホルムアルデヒドでつくる熱硬化性樹脂のフェノール樹脂が開発されるからなぁ!現代的合成樹脂の実現はこの時代じゃもう間近なんだぜ!?」
以下略。というわけで合衆国からその開発者をまたまた御雇して召喚、10年早めて完成した樹脂にとりあえず炭素突っ込み、完成というわけらしい。
「装甲施せるほど量はないし、徹甲弾防げるほど強度もない。けど耐火性に優れているから、重い鉄を結構使うことになるボイラー、つまり機関と今回の魚雷発射管には使えるわけだ。」
「主砲塔は…あぁ、結構大きいし艦の前後で野晒し露天ですから装甲必須ですね」
「その通り。まぁでもこの特型水雷艇は、戦後の護衛艦的発想、そもそも敵弾が当たらないことを前提で開発してるからな。装甲自体あまり存在しない。防御力を皆無にしたからこそ、こんな高攻撃力で高速を保てるんだ」
史実、15隻建造された隼型水雷艇は装甲を付けたせいで、水雷艇の武器である高速を抑え、防御力を増してしまった微妙にバランスを取った形になった。だが結局、実戦では敵弾が命中することは稀だったんだろう。
座礁して放棄された10番艦『雉』を除いては全艦余裕で生還、昭和初期に無事全艦廃船となっている。
「それを、今回は主砲の速射砲を2基に減らして、カーボン使用で更なる軽量化による雷装の徹底増強と速力増加に重心をおいた。重雷装高速艇ってわけよ」
「非常にわかりやすい」
「こいつは水雷戦隊としての主戦力を担う。艦隊決戦へ追随する小型艦は、水雷艇とはまた別に駆逐艦として建造するから」
「戦艦だけじゃなく装巡や、その駆逐艦も枢密から、予算割当ての許可が出ませんでしたわね。これらは恐らく史実とは変わらない形となりますわ。彼らは陸戦重視でしてよ、史実戦時中を通じて海軍は旅順閉塞以外死者を殆ど出しませんでしたもの」
確かにそれなら。史実の日本海海戦から考えれば、予算の陸軍への割り当てを強化した枢密院の判断は正しいだろう。
「第一線の主力艦たちに、既に述べた『敷島』以外に変わりがないなら、もう一つの追加要素――潜水艇に移行してもいいでしょうか。」
「まて、伊集院信管」
「あっ!」
そういえばそんなものもあったな。
「…と言いたいところだが略す。詳細は史実と変わらんらしいし信管はよくわからん。I don't know, I don't care.」
「少しは説明されてはいかがでして?信管開発にも予算かけましたのよ?」
彼は面倒くさそうにメモを出した。資料ですらないのか…
「まぁなんて汚い字ですこと」
「るせぇ気になるんだろ読んどけ」
暴言を交わし合う二人を尻目に玲那はメモを覗き込む。
伊集院信管
・弾底信管であり砲弾の底に付く。弾頭信管よりかは信管破損で不発発生を防ぐ。
・安全装置不要。装填前の安全ピン外しとかの手順省略で装填簡易化。また安全装置解除忘れによる不発発生の防止。
・安全性の向上。発射衝撃で信管が誤作動、自爆する危険性が減少。至近距離着弾の場合信管は作動せず、夾叉判断がさらに精度高く。また安全距離を設定可能。
「ほら、もういいだろ。それよりほれ、あれだ。あれみろ。」
秋山が顎をやった先には、ちょうど海中からあがってきた潜水艇がいる。その隣には、皆さんお馴染み、日清戦争では長期休暇で布哇救出で大活躍の、三景潜水母艦がいらっしゃる。
「潜水艇の概要についちゃ、多分去年の布哇作戦のときに話しきったはずだから略す。だが……、今回は潜水艇ではなくすでに
その言葉に溜飲を下げる。
「多分茶路嬢の持ってる海軍費内訳にもあるが、先の潜水艇の動力であったガソリンエンジンを撤廃、ディーゼルエンジンへ変換する。これによって船体は大型/高速/長航続距離/重武装化し、潜水艦と呼ばれる域にはいってくる。」
「高速化しているのに重武装化が可能というのはどういうことですか?」
「理由はただ一つ。
彼は発動機の設計図面らしきものを机上に広げる。
「燃焼方式が全てを分ける。ガソリンエンジンは、燃料のガソリンと空気をシリンダー内で混ぜて圧縮し、点火プラグの火花で火をつけて燃焼させる。 一方、ディーゼルエンジンは空気のみを圧縮して高温となった時に、軽油をシリンダー内へ噴射することで自ら燃え始めるんだ」
「おぉ……」
「ディーゼルエンジンは完全な完成は意外と最近でな」
彼は定規で線を引き始める。
「1893年、21世紀ディーゼルとは冷間始動時シリンダーへの特別熱供給でしか違いが見られない、ほぼ令和の時代と変わらないディーゼルエンジンの完全版が米英独スイスで特許が取られた」
だが当時東洋の辺境でしかないここじゃ、当然特許なんか取らなかったわけで、結果的に技研が史実知識で試製造、日清戦時に特許登録を済ませているらしい。なんか…やってること卑怯な気がする。まぁ仕方ないか。カネないし。
「まってください、技術的にディーゼル機関は作れるのです?」
「結構厳しかったが、英国から工作機械を輸出してもらってどうにか。なんたって向こうはディーゼルの特許抑えられてるから、特許料払わなくていいし人件費も安い皇國で製造したほうがいいって算段らしい」
今度は工作機械を輸入、それで作ったディーゼル機関を輸出か。やっぱり機械類においちゃ加工貿易は厳しいようだ。
「運用コストに大きな影響を与える燃費効率で、ディーゼルはガソリンに比べて圧倒的に有利だ。ディーゼルエンジンに用いられる軽油はガソリンに比べて遥かに引火し難く、被弾時に燃料引火の危険性が低い」
たしかにそれは装甲車にとっては重要だ。戦場においての安全度が桁違い。
「欠点は振動と騒音だ。戦車じゃそんなのはどうでもいいわけで。現代の戦車は軒並みディーゼルだ。ちなみに戦間期からディーゼルを主流としていたのはこの国の戦車だけで、この点だけは非常に先進的だったな。あとは全て非常に後進的だったが」
ソ連も1938年のディーゼル転換後は、ロシア連邦に至るまで一貫してそれらしい。一方、米英独は60年代までガソリンに頼っていた、と彼は語る。なんでそんなに知ってるんだか。
「問題は潜水艦なんだが、この時代爆雷なんぞ、まだ潜水艦さえ黎明期だから存在しないし、ソナーなんてもはや無理だ。ディーゼル機関の潜水艦搭載においちゃ、問題はないはず。多分。うん。きっとそう」
彼は勝手に一人で自己完結しだした。
「つまりだな、対露戦争の海戦は一回の決戦で決着をつけるから、ロシアが戦訓を学んで改良する時間はない。したがって潜水艦については静粛性を求めない。ただただ潜れればいいんだ。防音装置なんぞ一切つけねぇ」
「道理でこんないろいろ追加されてるわけですね……。」
そこに出された性能諸元を一通り見てつぶやく。
そこには、史実日露戦中に建造された帝国海軍初の潜水艦である『第六型潜水艦』と、真珠湾作戦で使用された三十年式潜水艇甲型の後継であり海上決戦兵器、皇國海軍が現在絶賛建造中である『潜甲型』の比較表があった。
そこに、新設される皇國海軍第四艦隊、その下に編成される水雷戦隊と双璧を成す、『潜水戦隊』を構成するに相応しい性能が羅列されていた。
帝国海軍『六型潜水艦』
排水量 水上:76t /水中:95t
全長 26.47m 全幅 2.48m
機関
水上 8.5kt 水中 4.0kt
水上航続距離 184海里/8kt
兵装 45cm艦首魚雷発射管1門
魚雷 1本 乗員 16名
安全潜航深度 30.5m
オランダの設計に基づき、川崎造船所で2隻が建造。
皇國海軍『潜甲型潜水艦』
排水量 水上:505t /水中630t
全長 62.30m 全幅 5.60m
機関ディーゼル発動機2基6気筒
AEG-Doppel製電動機2基
水上 16kt 水中 10kt
水上航続距離 1,900海里/13.0kt
水中航続距離 80海里/5.0kt
兵装 53cm艦首魚雷発射管4門
魚雷 9本 乗員 29名
安全潜航深度 42m
「日本海海戦の前に、まずこいつで、水中の備えなど無きに等しいバルチック艦隊の横っ腹に、大穴を開けてやるんだ。」
「うっおぉ―――」
次の更新予定
2024年12月23日 08:00 3日ごと 08:00
帝國黙示録 占冠 愁 @toyoashi
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