第33話 弩級戦艦

「『敷島』の船体は、ちょっとの改造で弩級戦艦として十分運用できる設計できるようにしたぞ」


 つまりは、平時は商船として運用しておきながら戦時は空母にすぐ改造できる、太平洋戦争時の商船改造空母のようなものだ。大英のドレットノート就役前は前弩級戦艦船体と偽りながら弩級戦艦へ改造、ドレノト就役後速やかに進水だ。


「あぁ、船体の建造だけは…皇國では無理だから王立海軍ロイヤルネイヴィーに発注したんでしたっけ。バレたら大変ですもんね。」

「その分、船体完成後は先程申し上げたとおり、初瀬と三笠に曳かせて単冠湾へ回航、そこで弩級戦艦用の船体に鋭意改造中でしてよ」


 掛澗はそう続ける。


「概要はこんなもんだ」


 秋山が懐から資料を出す。



 最大速力 22.5ノット

 航続距離 18ノット/2,700海里

 兵装 45口径30.5cm連装砲6基12門

  15.2cm速射砲10基(副砲)

  12cm速射砲8基(副砲)

  7.6cm速射砲16基(副砲)

 装甲 対30.5cm砲弾防御



「主砲が多すぎなくって?」

「大丈夫だ。前後に2基ずつ、左右側舷に1基ずつだからな。一気に5基10門からの射撃が可能だ。」

「一気に、とはどういうことでして?」


 掛澗が聞くと、彼はそこにあった紙をひっくりかえし、裏に何かペンを執る。

 そうして彼は、なにか細長い棒のようなものを描き出した。


「なんですのこれは?ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲でして?」

「ばっかちげぇよ、どっからどうみても戦艦の主砲だろうが」


 見えねえよ。どうやら彼は絵が下手であるらしい。


「砲術っていうのはな、まず射撃ぶちかますだろ? んでもって弾着、そこで水柱が敵に近いかどうかで、砲弾の弾着位置を割り出す。敵艦の前に弾が落ちていれば遠くに行くよう修正して射撃、逆もそう」


 なぜかペンのキャップを鼻の穴に突っ込みながら彼は続ける。


「だけどな、主砲が再装填を終え照準を揃えるまで30秒かかる。まずくっそ重い砲弾を上げて装填、射撃でブレた砲身を、たった30秒で計算された位置へ歯車回して精密に戻すとか、すげぇ気が狂う仕事だろフガフガ……あっやべ鼻血出た」

「気が狂っているのはお前です」

「鼻に突き刺しすぎましたの?」


 彼は血を垂らしながら筆算を始める。


「敵艦が18ノットなら、この30秒で280mの距離を移動してしるし、照準を狂わせるために回避運動を行うのもまぁ常識だな」

「なんだそれ無理じゃん」


 クソゲーかよ。


「この30秒を縮めるためにゃ、主砲を交互に撃つしかないわけだ。例えば連装砲で右撃って、水柱が出たらすぐ左を射撃する。そしたら砲身戻す操作の30秒は、計算に要する時間だけに縮められる。」


 でもこれが重労働なんだよなぁと彼は漏らした。


「電卓なんてないから、砲弾の弾着位置と、再照準による仰角の算出は人力だから。2次方程式+空気抵抗計算を大人数でやってる。8秒位はかかっちまう。敵艦はその間に70mちょっと進むわな。」


 うーん、8秒でも相当プロだ。現代じゃ数学オリンピックで日本代表行けるぞ。


「ってことはつまり、従来の海戦の、遠距離戦は下手な鉄砲も数打ちゃ当たるでやってたんですか?」

「もちろん。その原則は戦艦退場まで変わらんぞ。夾叉出して連撃するまでは基本撃ち込んでみてデータ取って修正するのくりかえしを第2次大戦まで続けるわけよ」


 掛澗がえぇ……みたいな顔をしている。まぁたしかにね。言いたいことはわかる。そんなやり方で財政管理してたら不祥事が連撃だもんね。


「現在の前弩級戦艦は、主砲が2基4門しかついていないから、先述の通り連装砲を左右の砲門で交互射撃することが必須なんだが、これだと一回で2基2発分しか水柱が上がらんだろ?つまりデータが少ないから半ば適当な照準修正になっちまう。そこから命中出すまでに軽く数十は撃たなくちゃならない」

「通りで!どおりで、弾薬戦費を海軍がこんな圧迫してましたのね!?」


 掛澗が積年の宿題が漸く解けたような反応をする。


「だがっ!」


 彼は拳を机にダンと打ち付け立ち上がる。


「弩級戦艦『敷島』――片舷5基10門。一回の射撃で10発の砲弾を送り込める! つまり従来たった2発からだったのを、4〜6の水柱からデータを割り出すことができる!」


 命中率が一気に3倍になるということだ。これは強いとしか言いようがない。。通りで弩級戦艦は従来の戦艦を駆逐したわけだ。


「やりましたわね!使用弾薬も3分の1に減りますわ!戦闘経費3倍減少!!!」


 2名はハイタッチを交わす。


「連装砲を左右交互に撃つとかいう非効率なこともいらなくなる、つまり主砲一斉射戦法の時代の到来だ!」


 さらに、と彼は本棚から本を取り出す。


「海軍じゃ下瀬火薬から全面更新させる恐ろしい爆薬、TNTが加わるんだ……」


 下瀬火薬。清朝との開戦が遅れたことで、先の戦争に間に合った火薬。史実では日露戦争で初投入され、その圧倒的な炸裂力でバルチック艦隊の戦艦戦列を粉砕したことで知られる。


「更新するのですか? 下瀬火薬を」

「下瀬火薬はやっぱり取扱が難しいからなぁ。このまえも佐世保の倉庫を区画一個まるごと吹き飛ばしたぞ。」

「なんてことぉッ!」


 掛澗が叫んで蹲ってしまった。

 大事故じゃねぇか。


「すげぇ敏感ですぐ起爆しやがるから演習でもヒヤリ・ハットが絶えなくて結果、さっきの弩級戦艦ぶっこわされたらもう死ねるので、下瀬火薬というかピクリン酸火薬自体から撤退して、陸海軍はTNTの使用に舵切ることになった。」

「そもそもTNT作れますの?」

「10年前に既にドイツで大規模工業的な増産が始まってる。今年を境に西欧列強じゃTNTの導入が開始されるみたいだ。威力は下瀬火薬よりもちょっとばかし劣るが、ボンボンバンバン艦砲自爆連打連打よかマシだ」


 ほれみてみ、と彼は国内産業地図を机上に広げた。玲那は目を見開く。


「あれ、今まで海軍火薬工廠ところとは随分と違うところ……油田の近くですね。炭鉱に近かった昔の海軍工廠は……陸軍火薬工廠に変わっている?」

「その通り。TNT爆薬は、石油から作られるんだ。石炭から作られる従来の下瀬火薬とは違う」


 彼は道央の空知に示される炭鉱記号の上に指を置く。


「今回、陸で圧倒火力を使用する以上、火薬の爆発的な量が必要になる。けど、そんな量をTNTで賄えるほど国内の油田は大きくない。……つまりだ、海軍と比べて圧倒的な量の野戦砲弾幕を張る陸軍には下瀬火薬を使ってもらう」

「なんですかそれ半ば面倒事の押しつけじゃないですか」

「陸上じゃ砲弾は整備できる、爆発はとりあえず伏せりゃ最小限の被害で食い止められるからな。対して海の上じゃ砲弾は整備できないし、爆発事故が起こったら軍艦一つ乗員ともども…、ほら、史実を例えに出すなら、旗艦三笠が戦勝後、佐世保に凱旋したとき弾薬庫の下瀬火薬が誘爆で爆沈着底したから。死者は699人、日本海海戦の聯合艦隊死者総数110人を遥かに上回る大惨事」

「なんだそれ地獄か」


 海戦戦死より事故死の方が多いとは何事。


「確かにおっしゃる通りですわ。納得してくださいまし。血税どれだけぶっこんで戦艦発注してるかお分かりで? 基本的に大英はぼったくりですのよ?」


 掛澗に諭されちゃもはやこれまでか。


「わかりました。まぁ、史実生産技術が足りず海上でしか使われなかった下瀬火薬を陸軍が満州でふんだんに使えるなら――確かに運搬に気をつければ、その威力は従来の火薬を遥かに凌ぎますからね。」

「従来って言うと、日清戦争時か?」

「その通りです。5年前は、生産設備も未熟で技術も酷い有様でしたから、下瀬火薬なんて豊島沖で尽きちゃったでしょう。」

「あぁ、たしかにな。その豊島沖とて清朝北洋艦隊が弱すぎたのと、超近海なせいで砲戦距離が短すぎて、諸外国じゃ全く下瀬火薬の強力さが認知されとらんし」


 戦闘詳報を見る限り、下瀬火薬は十分能力を発揮しているようだが、遠距離戦どころか中距離砲撃戦すら起こらず、敵味方共々、この世界じゃ誰も下瀬火薬を特別視していない。玲那は下瀬火薬の性能を、復習するように思い出す。


「本来十分な距離があるなら、主砲弾に充填された下瀬火薬は、弾殻を3000以上の破片にし、更に弾薬が気化したガスの温度は3000度以上になって、銅板に塗った可燃性のペンキは瞬く間に引火して火災を引き起こすはずなんです」


 斯くして、敵に破滅的な打撃を与える。日本海海戦ではこの特性によって、敵戦艦の装甲をぶち抜くよりも、非装甲部分と乗組員に集中的に損害を与え、敵の士気さえも消滅させた。

 本当に恐ろしい限りだ。


「この軍用爆薬は、永らく秘匿にされて列強から神話のごとく恐れられました。」


 そんな恐ろしい爆薬が、敵からその強さを認知されないまま、電撃戦の一翼を担い、満州でふんだんに使われたらどうなるだろうか。


「装甲化もされていないロシア兵が数十万、まともな士気統制もないまま無茶苦茶に数に任せて迫り来る。そこに、支援砲撃が降り注げば――」


 溜飲を下げ、秋山がその言葉を継ぐ。


「3000門の牽引高速機動野戦砲からの、3000の弾殻破片、3000度の弾薬気化ガス、そして着弾位置は一瞬で大火災………!」


 玲那は、けっこう充実してきた国内の鉄道線をなぞっていく。


「圧倒火力戦では、火薬は恐ろしい消費量を誇ります。空知と筑豊を主力にする炭鉱地域で下瀬火薬を徹底的に増産、また各油田からは、TNT火薬と自動車を鉄道で博多、そこから満州へ。……国内補給線も問題なさそうですね。」


「九州と北海道の炭鉱は発展を本格化させてきていますわ。そこに圧倒的な下瀬火薬の需要が来れば、炭鉱の大拡張、人口増加を遂げることが可能ですわ。」

「その通りです。石炭は鉄鋼の源。そして――。鉄鋼の生産力は国力に直結します。」

「ありえますわね。好景気の煽りを受け、着実に発展する炭鉱都市群。例にあげれば――」


「石狩炭田の中核都市・夕張。史実でもこの年1万にすら満たなかったにも関わらず、今や人口5万に迫り、町制が既に施行されています。」


 平成末期なんて、市にも関わらず人口は8000を切って鉄道は廃止され、”金はないけど愛はある。夕張夫妻負債" とか、見てるだけでも悲痛さがひしひし伝わって来るようなキャンペーン打つ他なかったあの炭都。


 それが――机上の地図からは、鉄道は複線開通しており、炭鉱から製鉄の苫小牧や、札幌-小樽方面へひっきりなしに汽車が行き交う情景が浮かんでくる。

 石炭の大地、北海道の発展が著しい。


 彼らが鉄鋼爆産の牽引者となる下地は、もう揃っている。


 史実、大正末期に漸く訪れた、炭鉱の隆盛期から都市間重工業地帯の生誕期への移行の時代は―――、明治30年代の今、開かれたのだ。

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