最高の置き土産

かなたろー

最高の置き土産

 そのライブハウスは、山手線沿線にある、キャパ50人のとっても小さなライブハウスだった。


 さらに、そのライブハウスは地下一階で、換気がすこぶる悪かった。このご時世にやさしくない。


 でも、その小さなライブハウスは、毎日お笑いライブをやっていた。


 こんな設備で大丈夫か?

 大丈夫だ、問題ない。


 なぜなら、お客がほとんどいないからだ。

 たいていは片手で足りる。10人以上入ろうものなら奇跡だった。


 そして今日、客席に座るのは、たったのふたり。そのふたりも出番待ちで客席に座っているお笑い芸人のコンビだから、実質お客はゼロ人だった。


 ちなみに、このお笑いライブは、こんなご時世を考慮して、しっかりとライブ配信もやっていた。けれどもそのライブ配信のお客もふたり。それすらも舞台袖で出番を待っているコンビだから、とどのつまり、お客は全くのゼロ人だった。


「それ、コメディやなくて、コメダ珈琲やがな! もういいよ」

「ありがとうございました」


 誰からの反応もない漫才を、長尺でまるまる20分やりきったその漫才コンビは、大音量の出囃子を背中に受けて舞台袖へとはけていった。


「いやー、良かった。今回は、ホンマ大ウケやった」


 太って、サイズが合わない、ぴちぴちの半そでのワイシャツに真っ赤な蝶ネクタイをつけた半ズボンの七三分けの男が、満足げに水をごくごくと飲んだ。


「……は、はあ」


 相方で、3年後輩の針金みたいにやせて猫背の男が首をひねる。


「この感じで客見せをつづければ、今年こそは賞レースで結果が残せるはずや」


 太った七三分けの男は、水をゴクゴクと飲み切ると、空のペットボトルを上下にぺシャンとつぶして、スマホを見る。


「お、ライブ配信もすごいな! 500人は新記録や!」

「……は、はあ」


 いやー、今日はいい夢が見れそうだ。

そう言い残すと、太った七三分けの男は、ゆうううううううううっくりと仰向けにたおれて、そのまま息をひきとった。


 葬式に出た相方は、七三分けの男が死ぬ直前のエピソードを同期の男に語った。


「もしかしたら、あれじゃない? 走馬灯。今まで来てくれたお客さんの幻を見ていたとか?」

「確かに。今まで来た客全員合わせたら、あの会場、パンパンやな!」

「ライブ配信の客も、合計すれば500は行くだろ」

「なるほどなー、走馬灯ねー。納得。確かに、あのときのセンパイちょっと妙だったんよ。いきなりアドリブでネタ変更して、ほんと、聞いたことがないネタでむちゃぶりやらされまくったし」

「どんなネタ??」

「あ、YouTubeにアップしとるし」


 男は、ブックマークに入れている、ライブ会場のYouTubeチャンネルをクリックする。

 そしてサムネイル画面を見て驚いた。


「なんだこれ? 再生数がバクってね?」

「一、十、百、千、万、十万、ひ、百万!?」


 男は慌ててサムネイルをタップする。


 そこには、七三分けの男の姿はどこにもなく、ナレーションのむちゃぶりに焦りつつ応じる、男一人のピン芸が延々と映っていた。


 翌年、男はそのピン芸を磨きに磨いて、とある賞レースに優勝した。

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