コトブキ異能研究室のオシゴト

テケリ・リ

コトブキ異能研究室のオシゴト



「コ・ト・ブ・キィイイイイイイイイイッッ!!」

「…………はぁ、何でしょうか有栖川ありすがわ課長」


 定時退勤まであと僅か五分というところで、厄介なお目付け役に捕まってしまった。今日は研究室に閉じこもって趣味に没頭しようと思っていたというのに、何とも幸先の悪いことだ。


「おま、お前ェっ! そこに直れい!!」

「……それは私に仰っているのでしょうか」


 今日は研究過程と成果の定期報告のためにここへ出頭し務めを果たしているのではあるが、私にとってここは本来の居場所ではない。この目の前で顔を紅くしている女性も私の上司や雇い人という訳でもなく、あくまで協力を求められているだけに過ぎないのだが。

 それを何を勘違いしているのやら。公安警察〝異能対策課〟の課長を務める有栖川女史は、何かと言えば私に対抗意識を燃やしては、こうして非論理的な口上をのたまうのである。


「そうに決まっておろうが、このうつけ者! なんなのだあの発表の内容は!?」

「何……と言われましても、今期の成果を披露しただけですが?」


 名家の出身らしく時代掛かった口調で私に詰問してくる有栖川――有栖川杏里珠アリスは、キツめで切れ長の黒い瞳を吊り上げてお冠のご様子。腰元まで届きそうな黒い長髪は、その怒りに触れて今にも蠢き出しそうだ。


「みっ、未成年の女子を監禁し〝異能〟に目覚めさせる事の、一体どこがなのだ!?」

「監禁ではなく保護です。ヒトを性嗜好の倒錯した者のように誤解させるような言い回しはやめていただきたい。そもそも……」


 まったく、この私を少女性愛者ロリコン扱いするとはなんという誹謗中傷だろうか。

 私は眼鏡のフレームを指先で持ち上げて位置を修正してから、有栖川に対峙する。


「そもそも、保護した当初に被験者――コード【癒し手】については間違いなく報告を上げていますし、我が研究室での保護を命じたのは他でもない、有栖川課長のお父君ではありませんか」

「それは……! そう、だが……」


 私の反論に言葉に詰まる有栖川。この女性はどうにも、感情が先走る嫌いがある。一つの課を預かり、中間とはいえ管理職に就く身分であるのならば、もう少し現実を直視してから尚かつ論理的に議論を持ち掛けてくれないものだろうか。


 ――――現実・・


 西暦を数えて実に二千と八十五年。発展し趨勢を極める科学技術とその恩恵により、地球上の人類は天災や病魔などあらゆるモノの脅威を克服し、繁栄を謳歌していた。

 一九九〇年代に流行した人工知能AI多目的機械人形ヒューマノイドの反乱などは起こることも無く、自然環境保全や防疫の課題についても微細精密機械ナノマシンの発明・発達により克服しつつある。


 そんな科学文明の隆盛期の一途を辿る人類に対しての新たな脅威が誕生したのが、今から二十年前の二〇六五年。

 科学者からすればオカルトかつ世迷言と一笑に付してやりたい思いはあるだろうが、その新たな脅威とは……突如〝異能〟を発現した人間達による〝人災〟だった。


「人類が〝異能〟を発現してより二十年。最初期の異能者達――コード【核者】率いる異能集団【カタストロフィ】が起こした、文字通りの〝災害カタストロフィ〟は、貴女もでしょう? 以来〝異能〟の研究と対策は全世界共通の責務です」


 有栖川は、その〝災害〟の煽りを受けて母親を亡くしている。ともすれば彼女の〝心的外傷トラウマ〟を刺激しかねない論語であるが、彼女も一介の大人だ。そもそもを克服しようと努力しているからこそ、今現在の立場に就いているのだから。


わかっている。解ってはいるのだ……! だが……!」

「誤解しないでください。私は彼女のカウンセリングを行っただけで、決して意図して〝異能〟を覚醒させた訳ではありません」

「どうだろうな……。異能研究を〝趣味〟と豪語するお前の言を、真正面から信じられるとでも? そもそもお前だって――――」

「そこは貴女の胸先一つでしょう。私を信じるも信じないもどうぞご随意に。規定時間を四分三十秒も超過しているので、私はこれで失礼しますよ」


 何度目か数えるのもバカらしくなるになりかけたのを切り上げて、私は有栖川の追求からきびすを返す。

 都心から外れた郊外に建つ公安庁舎から我が研究室に帰るため、地下駐車場に降りるエレベーターへと乗り込み、階層ボタンを押す。


「…………なんで貴女あなたも乗ってるのでしょうか?」


 先に扉を閉めれば良かったと後悔するも、そう悔やんだ時には既に彼女はエレベーターに乗り込んでいた。


「その例の少女に実際に会わせてほしい。今後のことも含めて、わたし自身の目と耳で判断したいのでな」

「信用ありませんね。まあそれで貴女が納得できるのであれば、どうぞご自由に。贅沢な歓待などには期待しないでくださいね」


 溜息を吐きながら、私はエレベーターの扉を閉める。そうして微小な振動と共に私と有栖川は地下へと降り立ち、私の愛車であるポンティアック社製GTO(一九六七年型)へと辿り着いた、その時であった。


『都内で【〇六マルロク】発生、担当所轄より応援要請あり! 【マル】よりコード【炎剣】とコード【鎌鼬カマイタチ】の出撃は可能! 課長、応答を!』


 圏外の心配の無い有栖川が携帯している無線機が、簡潔だが緊急を要する逼迫した声を発し、地下駐車場に響き渡る。

 それを耳にした瞬間有栖川は顔を引き締め、自身の応答を待つ無線機を手に取った。


「こちら有栖川。【炎剣】と【鎌鼬】には市街戦装備を持たせろ。随行班は二分隊、〝D型装備〟で二人を速やかに現場へ送れ。わたしも直ぐに向かうので、発生場所と対象の詳細を端末に送れ! 以上オーバー!」


 緊急出動とは、お忙しいことだ。後方の研究職である私には関わり無い事だが、先程の【〇六】というのは隠語で、〝異能〟が用いられた事件・事故を示す言葉だ。そして【マル】とは、有栖川が率いる〝異能対策課〟を示す隠語である。

 感情を排し職責を全うする限りでは、私は彼女を非常に有能であり優れた司令官であると考えている。先程までのような議論とも呼べない言い合いさえ無ければだが。


 しかしこのような事案が発生した以上は、彼女の訪問は次回に繰り越しであろう。

 そう判断した私は彼女を置いて愛車のドアを開き、運転席へと腰を沈める。シートベルトを締め、セルを回して小気味よい八気筒のエンジン音を轟かせる――――


「…………どうして、貴女が私の車に乗っているのですか?」


 エンジンに点火した振動とはまた違う、にナビシートを振り向けば、そこには何故か、これから緊急出動を果たされるはずの有栖川杏里珠が座席に座り、クラシカルなシートベルトに悪戦苦闘していた。


「時間が無いからな。わたしを現場まで送ってくれ」

「ご自分の車で向かえば良いでしょう? 何故私がそんなことをしなければならないのですか」


 至極当然の追求を行うも、彼女はこれまた至極当然といった真剣な顔を私に近付け。


「運転中の端末操作は道路交通法違反だろうが。それにわたしはペーパードライバーなのだ。自動車学校の教官に自動運転機能付きの車を薦められたほどのな。分かったなら協力してくれ」


 悪びれもせずに宣うセリフでは、決してない。しかしそのようにした有栖川は、呆気に取られる私を置いてシートベルトの装着に成功し、満面の笑みを浮かべて達成感を味わっている。


「……はぁ……。時間外手当てはちゃんと請求しますからね」

「ああ、そこはキチンと処理するから安心しろ。さあ、急いで出るぞ!」


 地下駐車場に、今や前時代の遺物となったVエイトのエグゾーストが轟く。

 私はその圧倒的なトルクをシートに押し付けられる身体に感じながら、愛車を駆って公安庁舎の建物の地下から陽の光の下へと進み出る。


「ところで【炎剣】と【鎌鼬】の調子はどうですか? 〝抑制装置リミッター〟に問題は起きていませんか?」

「良好だ。〝異能〟の制御も問題なく見える……っと、相変わらずお前の車のナビゲーションシステムはふるくて使いにくいな……」

「文句を言うなら降りてください。私だってこの車にカーナビなんて無粋な代物シロモノを載せたくなかったんですから。公安局の命令さえなければ――――」

「よし、現場の住所を入力したから至急向かってくれ。わたしは部隊と連絡を取るから静かにな」


 言いたいことだけ言って携帯端末に集中し出す有栖川に、酷く釈然としないものを感じる。が、これはこれでいつもの事なので私も諦めて運転に集中する。


「……わたしだ。現在琴吹ことぶきつかさ室長と共に現場に急行中だ。現着するまで所轄との情報共有を優先し――――」


 ――――琴吹司。それが私の名前だ。


 になってからというものの、私の生来のこの名前をまともに呼ぶ人間は、極わずかだ。

 その点で言えば彼女は私を扱ってくれる、数少ない知己と言えるだろう。


 基本的に余人が私を呼ぶ時は、肩書きか〝コード名〟で呼ぶ。


 私の職務は、〝異能〟についてのあらゆる視点からの研究。制御・抑制技術の発展は言わずもがな、こういった〝異能〟絡みの事件に対する捜査協力も職責の一部である。


 全世界でも最年少、一歳と二ヶ月で〝異能〟を発現した〝異常個体イレギュラー〟。神懸かった〝直感〟としか言い表せない判断力・思考力を有した狂人。


 ――――コード名【第六感シックスセンス】。


 〝災害カタストロフィ〟により家族を喪い国に保護さ囚われた私は、一歳という幼さのまま〝異能者〟の認定を受け、その異能力に悪戦苦闘しながら成長し現在に至る。

 二十一歳という若さで国の支援を受ける研究室を持てているのも、そういった事情があるからだ。


 幸いにして異能研究に興味が尽きることもなく、私にとってはありがたい役職であった。だからこうして歳こそ若いが好きな車に乗れるだけの生活は送れている。


「面倒な事にならなければいいですが……」

「なんだ? また例の【第六感】か?」

「そんなところです」


 愛車を駆り市街地へ向かう私の目には、遠くのビルの間から上がる黒煙が映し出されており、囁く〝直感〟は平穏な日常の終わりを告げていたのであった――――




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