モノ忘れ探偵とサトリ助手【第六感】

沖綱真優

第六感

 L字型の金属棒を両手に持ち、中島健太は山道を歩いている。

 後ろをぞろぞろと歩くのは、正木善治郎先生、夏目光比古氏、本山民次氏、村井一華氏の四人だ。

 正木先生は健太の雇い主である探偵、あとの三人は今回の事件の依頼人で、ほぼ時を同じくして三人別々に同じ人物の捜索を依頼してきた。


『行方不明の兄を探してください』

『古い知人を探して欲しい』

『恋人と連絡が取れないんです』


 めいめいが持ち込んだ写真は、年頃や風貌が異なっており、横や斜め後ろから撮られていたが、鼻の横にある大きな黒子などから同一人物と見て取れた。


 写真の人物、夏目露宮なつめろくう氏は三つの会社を経営した後、すべて売り払って悠々自適の生活を送っていた資産家だ。


 五十代で引退して十年、株や不動産の投資で資産をさらに殖やしていたという。

 生活は派手で女の出入りも激しく、しかし、婚姻歴はない。

 気が向かなくなれば、贔屓にしていた店にも一切足を運ばなくなり、毎日呼び出していた外商担当者の連絡先をブロックし、お手伝いさんまで解雇して、ひとりで邸に数ヶ月引きこもるなど、偏屈で通っていたため、直近の行動を探るのにも苦労した。


 捜査を初めて一ヶ月ほど過ぎた先週、さる筋から、この笠間ケ山の近辺で姿を見たという情報が得られた。

 人数は多い方が良いでしょう、と、依頼人三人とともに捜索に来たというわけだ。


「携帯を所持していたとしても付近は電波が通じにくく、特定には至っていません。

 そこで、第六感、あながちバカにできないものでしてね。夏目氏に関わる人間がこれだけ集まれば、何らかの痕跡は発見できますよ」


 正木先生がいう。

 今日は山登りなだけあって、スラックスに白ワイシャツとジャケットだ。ジャケットよりもウェストコートの方が一張羅らしい。

 足元も革靴だが山歩き仕様だそうで、街中での打合せのような服装で現れた探偵に対する依頼人たちの視線は冷たかった。


 別々に依頼した者を一堂に集めて山登り、だけでもあり得ないのに、道路脇に車を停めて山に入り、奥に向かって歩き始めて十分ほど経つと、助手の手にダウジングロッドを握らせたのだ。


「夏目氏が最後に見かけられたのは北側の登山口の辺りなのですが、登山ルートに沿ったエリアはその後も登山客が訪れており、調べる価値は少ないと判断しました。……あぁ、次は村井一華さん、お願いします」


 健太は立ち止まり、ダウジングロッドを村井一華に差し出す。

 二本の金属の棒を見て顔を顰めた村井は、四十代半ばにも関わらずもっと年長にも見える。年の離れた恋人の行方を捜している心労が祟っているのだろう。

 探偵に対する不満は当然あるのだろうが、結局何も云わずに受け取り、先頭に立って歩き出した。


 この辺りは山とはいっても林のようで、背の高い木々の落とした葉が地面を覆って滑りやすく、太い根っこが時おり罠のように隆起している以外は比較的歩きやすい場所だった。


「しかし、いくら兄貴が気儘者と言っても、こんなところでキャンプでもないでしょう」


 夏目氏の弟である夏目光比古がいう。

 光比古も四十代で、夏目氏とは母親が違う。

 ほとんど接点なく育ったが、父親の十三回忌の連絡を機に親交を深めていたという。


「しかし、この山はお好きだったようですよ。邸には笠間ケ山の写真がありましたし、ほら、この写真などは」


 探偵は歩きながら、ジャケットのポケットから折り畳んだ紙を取り出した。写真のプリントアウトで、ドレスと燕尾服で着飾った男女六人が写っている。

 探偵は男女の後ろ、暖炉の上に飾られている写真立てを示した。

 光比古は半ば引ったくるように紙を取る。

 折り目で見にくくなっているが、今歩いている場所と同じような林の風景だ。

 葉の落ちた木と木と木と、落ち葉が砕けて破片となり地面と同化した茶色い世界。


「華やかなパーティの場に相応しくないとは、思わなかったのでしょう。よほどのお気に入りだったのだと……そろそろ交替しましょうか。お願いして宜しいですかな」


 正木善治郎探偵は、食い入るようにプリントを見詰める夏目光比古に掌を向けた。

 全員が立ち止まって、遣り取りを注視する。

 光比古は素直に紙を返すと、数歩後戻りしてきた村井一華からダウジングロッドを受け取った。

 今度は夏目光比古が先頭に立った。



「いい加減にしてくれ。俺はもう帰る」


 一巡目が終わり、健太に戻って、二巡目の最後、本山民次がダウジングロッドを手に歩いているところで、夏目光比古が怒り出した。

 無理もない。

 ひとりでは何かと危険ですからもう少し付き合ってくださいと探偵が取りなして続けていたが、それも長くは続かなかった。


「同じ場所を回っているだけでしょう。こんな林の中、案内も何もないのに、それぞれ気儘に歩いていたんじゃ、何も見つかりっこないわ」


 村井一華も同調した。


「しかし、案内も無いのに『同じ場所を回っている』かどうか分からないでしょう」

「あの木の傷、さっき見たもの。だいたいで……分かるじゃない」

「では、ここは一度捜索したから別の場所へと誘導していただければ良かったのでは」

「それは……」


 正木探偵は、口籠った村井一華から視線を外し、依頼人を順繰りに見た。

 最後に助手の方を見て、


「……良さそうですね。皆さん、ご協力ありがとうございました。」


 林の中とは思えないほど綺麗に一礼した。


 拍子抜けした顔のふたりとは別に、これまで黙って従っていた本山民次が怒りだした。


「どういうことだ。一体、アイツは、ヤツは見つかっていないだろう。捜索は止める、そういうことか」

「いえ、捜索は行います。おおよその場所が絞り込めましたので」


 落ち着き払った探偵に詰め寄る本山民次の背後、タンっ、と短銃の発射音が響いた。


「やっぱり罠だったのか。だが、始末するには丁度良い場所まで来てくれた。運ぶのは手間だからな」

「念の為に、理屈だけは伺いましょうか?」


 銃声に驚いて振り返った健太の背中に、ナイフの切っ先が当てられた。村井一華だ。ちくりと肌に傷みが刺さり、ダウジングロッドを落とす。

 無手の両手を肩の高さに上げて、健太は情けない顔で雇い主を見た。


「助手は助けて遣ってくれませんかね。助け手ぇなんて」

「さっさとしろっ」

「……コレですよ」


 正木善治郎は右手で頭髪を掴んで持ち上げる。

 現れたつるりとした素肌に機械が取り付けられていた。


「携帯電話の電波は届きませんが、辺りの地図と装置が取得した移動履歴を合わせれば、どの辺りに夏目氏がいらっしゃるか……夏目氏の遺体が埋まっているか絞り込めます」

「四人で闇雲に歩いていた……」

「わけではありません。光比古氏はその場所に近づくのを避けますから、助手には光比古氏の歩いた逆方向に行くように指示していました」

「なるほど、初めから俺が犯人だと分かっていたわけか。

 なら、お前らとその機械を埋めちまえば真相は闇の中っ」


 夏目光比古は探偵に、非情な短銃を向ける。

 バンっ。

 先ほどよりも重い音が響いて、木の葉が数枚降ってくる。


「動くな、警察だっ」



 *



 二ヶ月前に発見された放置車から血痕が発見された。盗難車輌であり、何らかの犯罪に使用されたことは明らかだったが、笠間ケ山付近への走行履歴があった以外に手掛かりがなかった。

 夏目氏失踪とリンクしたのは、正木善治郎と旧知の間柄である県警警部山之内が相談に来たためだ。

 夏目氏の件については、家族から捜索願が出されておらず、事件が起きた確証もなく、死体すら発見されていない時点では、警察として捜査はできなかった。

 正木探偵が調査を開始して、いくつか不審な点が発見されたため、警察もやっと動けたというわけだ。


「金の無心に行ったが断られて殺した。ありがちな理由だ」


 山之内警部が手土産とともに現れた。

 個人的な礼だそうで、健太は、さっそく包みを解いて、煎茶と一緒にお出しした。

 まだ温もりのある回転焼きを三人で囓りつつ、事件の顛末を話した。


「山中静香さんのご遺体は?」

「村井一華の自供通りの場所から発見された。本山民次氏は家族ではないから直接引き取れはしないが、何とかすると言っていたよ」


 夏目露宮氏と村井一華は、当時勤めていた会社の社長の山中静香さんを殺して埋めた。

 夏目氏は山中氏の会社を乗っ取り、村井一華も秘書となって大金をせしめた。

 ふたりはやがて破局するが、お互いの秘密は墓場まで持って行く暗黙の約束が成り立っていた。

 しかし、村井一華は金に困るようになり、秘密の暴露を仄めかして夏目氏を強請りはじめる。

 夏目氏は資産に余裕があるうちは金を渡していたが、ついには、『お前が主犯格だという証拠がある』と言い出した。

『肌身離さず持っている』証拠を腕時計だと判じた村井一華は、連絡が取れなくなった夏目氏が殺されたと直感し、遺体と一緒に腕時計が見つかるのを恐れて探偵に依頼したのだ。


 夏目光比古は殺してしまった兄の死体を盗難車に乗せて、埋める場所を探していたが、邸にあった写真を無意識に思い出して笠間ケ山に決めたのだろう。

 意識していたのならば、その場所を選ぶはずがない。

 死体はうまく処理したが、村井一華と本山民治から夏目氏の行方を尋ねられ、このまま失踪に素知らぬ顔をしていては疑われると、探偵に依頼することに決めたのだ。


 警察に捜索願いを出さずに探偵に依頼に来たことで、何らかの事情を知っている可能性が高いと、正木探偵は看破した。


 本山民治氏は先に殺されて埋められた山中静香さんの部下だった。

 山中さん失踪の謎をひとりで追っていたのだ。


「しかし、夏目露宮はなぜ、あの山林の写真を飾っていたのでしょう」


 自らの犯した罪を忘れないため、かつての恋人の眠る場所を忘れないため、いずれにしても自首して、冷たい土の下から出してやれば良い。

 ならば歪んだ自尊心を満たすためなのか。


 殺した女性を埋めた場所を邸に飾る男の心理など永劫分かり得ない。

 探偵と助手と警部は、回転焼きを食べながらそう思った。

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