オジサン

宇目埜めう

オジサン

 そのオジサンは、公園のベンチに座ってボーっとしていた。平日の真っ昼間だというのに、日が暮れるまでじっと座っている。

「お仕事とか大丈夫なのかなぁ?」と勝手に心配になった。僕は子供だから、お昼に公園で遊んでいたってなにも問題はないけれど、オジサンは違うはずだ。


 僕の心配をよそに、オジサンは、その日から毎日毎日決まった時間にやってきては、一日中ベンチに座るようになった。そして、いつも夜になる前に帰っていく。

 僕だってあのベンチに座りたいのに。オジサンのせいで、僕があのベンチに座れるのはオジサンが帰ったあとになった。


 昼の公園に、オジサンはイシツな存在だ。公園にいる間中、オジサンは「ごめん。ごめんな……」とぶつぶつ呟いていた。

 あまりにイシツだから、公園にいるみんなは、オジサンに気が付かないふりをしているみたいだった。

 きっとみんな怖いんだ。僕だってなんだか怖いから、話しかけたり目を合わせたりはしない。


「ねぇねぇ、知ってる? この公園って、幽霊が出るらしいよ」


「えっ? 知らない」


「ベンチに座ってるのを見た人がいるんだって」


「マジで!? こわっ!!」


 オジサンが公園に来るようになって少し経ったころ、上級生たちが噂しているのを偶然聞いてしまった。


 その噂を耳にしたころから、オジサンが僕のことを見ていると感じるようになった。他にもたくさん子どもがいるのに、オジサンはどういうわけか僕のことを見ている。僕のことだけを見ている。

 

 ふと、ある考えが浮かぶ。みんなは、オジサンに気が付かないふりをしているんじゃない。きっと本当に気が付いていないんだ。


 ──それは、なぜかって?


 オジサンが噂の幽霊だから。オジサンは幽霊だから、みんなには見えないんだ。

 けれど、僕にはオジサンが見える。誰も気が付かない中、僕だけがオジサンのことを知っている。だから、オジサンは僕のことばかり見ているんだ。


 そう思うと、より一層オジサンのことが怖くなった。


 でも僕は公園が大好きだから、公園から出ていこうとは思わなかった。幽霊だと思うと怖いけど、オジサンはただ座っているだけ。害はない。その視線さえ気にしなければ、どうってことはない。

 むしろ、幽霊が見えるなんてちょっぴり誇らしく思えた。漫画のキャラクターが持っている特殊能力みたい。

 こういうのをなんて言うんだっけ? レイカン? それともダイロッカン──だったかな?


 そこでふと、ひらめいた。──あぁ、こういうのをダイロッカンっていうんだったかな? 

 それはともかく──、僕がオジサンをジョレイしてあげよう。

 幽霊はこの世にミレンがあるからジョウブツできないと聞いたことがある。それなら、僕がオジサンをジョウブツさせてあげたらどうだろう。オジサンのことが見えているのは、この公園で僕だけなのだから。


 けれど、ジョレイのしかたなんて知らない。塩をまいたり、白い紙のようなヒラヒラが付いた棒を振り回したり。そんな場面をテレビで見たことがある気がする。

 塩は持っていないけれど、せめて棒切れだけでもと思って、その辺に落ちていた木の枝を拾った。


 あとはなにか難しい呪文を唱えていたような気がするけれど、よく覚えていない。でも、なんとかなるだろう。なんたって僕は人とは違う能力を持っているのだから。


 今日もオジサンは、いつものようにベンチに座っていた。

 僕は、棒切れを持ってオジサンにゆっくりと近づいていく。そんな僕の姿を、オジサンはただ黙って、うつろな目で見つめていた。


「オジサン」


 話しかけるとオジサンは、一つ大きくため息を吐いた。そして、ゆっくりと立ち上がると、何かを僕に向かってばら撒いた。顔に当たったそれを舐めると、しょっぱかった。


「本当は放っておきたかったんだけどね。君はどうやら気が付いていないみたいだから……」


 オジサンが何を言っているのか分からない。でも、幽霊なのだから意味不明なことを言うのも当然か、と思いなおす。


「君は、いつまでもここにいてはいけない。本来行くべきところへいきなさい」


 オジサンは優しい声でそう言うと、もっと意味不明な難しい呪文を唱え始めた。その呪文を聞いていると、なんだか眠くなる。そして、体が軽くなっていくような感覚に包まれた。

 ふわっとした何かに包まれる。


 オジサンがジョレイをしているんだと気が付いたのは、その時だった。


 幽霊は僕のほうだった。


「まったく。第六感だか霊感だかしらないけど。こんな力があっても就職には全く有利にならないんだから」


 最後に聞こえたのは、オジサンの悔しそうな声だった。

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オジサン 宇目埜めう @male_fat

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