親が教祖というだけで

緋糸 椎

🛐

「苦しんでいますか、重荷を負っていますか。知ってください。あなたを窮屈にしているのはあなた自身なのです……」

 そう語るのは、まるで中世ヨーロッパの王様のような格好をした聖原光道きよはらこうどう……宗教法人「眞幸啓明会」教祖だ。

 その話をありがたそうに聞いている信者たちは、教祖とは対照的にみすぼらしい身なりをしている。多額のお布施のため、自分の身の回り品に使うお金がないのだ。


 俺はそんな教祖の一人息子として生まれた。母親は正妻の加代子だったが、父の周りにはたくさんの女性執事がいて、彼女たちが交代交代で俺の面倒を見ていたので、誰が本当の母親か、ある程度成長するまでわからなかった。

 もっとも父はとっかえひっかえ彼女たちを召していたので、後から考えれば誰が俺の母親であってもおかしくない環境だった。


 とりあえず大事にはされた。俺にとってはあたりまえの、普通の世界だった。なんか違う、と思ったのは小学校に上がって、どうも友人たちの「当たり前」と自分の常識が食い違っていることに気づいた時だ。

 そんなことを執事たちに漏らすと、父親に呼び出された。

「いいか、外の世界は悪霊に支配されているのだ。惑わされてはいけない。正しいのは神の使いである私を信じなさい」

 そうして友達と遊ぶことも禁じられ、学校では孤独になった。


 変だと思ったことは他にもある。信者の中にはある時から急に姿を見せなくなる者もいたのだ。執事にきくと、

「○○さんは御国にお帰りになったのよ」

 という。その言い方も不自然だった。まるで「子供はどうして生まれるの」という幼児の質問に答えるように。

 また、ある信者は精神的錯乱に陥り、時には暴れたり叫んだりした。……そういう人たちも、決まって「御国へお帰り」になった。


 そんな風に違和感を覚えながらも、俺はなんとなく日常を過ごしていた。


 転機が訪れたのは、あの日、大勢の警察官が眞幸啓明会に押しかけてきた時だ。父親と教団幹部は逮捕・連行され、俺は親から引き離され、当局の用意した住居に入れられた。

 保護司のおばさんは、教団の人たち以上に不自然な笑みを浮かべた。

「心配しなくていいからね。ここをあなたの家と思ってちょうだい」

 しかし俺はすぐにそこを出され、児童養護施設へと移された。しかも名前を変えるようにとしつこく勧められた。最初は嫌だったが、根負けして俺は改名を受け入れた。


 原田正司。それが俺の名前となった。


 どうして改名を勧められたのか。やがてその訳が身にしみてわかるようになる。

 テレビをつけると、俺がもといた家……すなわち眞幸啓明会が連日のように映し出されていた。それが好意的な報道でないことは子供心に理解出来た。忠実だった筈の信者たちが、手のひら返して父や教団を悪く言うのが辛かった。


 新しい学校に転入した時、教師にも俺の素性は明かされなかったという。しかし、しばらくするとクラスメートの一人が俺に言った。

「おまえ、聖原光道の息子なんだってな!」

 あっと言う間にその噂は広がった。それか原因でいじめられるようになった。ひどくなって学校にいられなくなった。


 仕方なく、遠い町の学校に転校した。

 俺は今度こそ素性をバレないように細心の注意を払った。あえて陽キャを装い、無神論的な発言を繰り返した。そうして俺の全身から宗教臭を抜き去った。それが功を奏し、学生時代の間は正体を隠し続けた。


 しかし大学四年となり、銀行に就職が内定した後のことだった。

「誠に申し訳ありませんが、原田さんの採用は取り消しとなりました」

「どうしてですか!? 理由を聞かせて下さい!」

 俺は電話口でがなり立てたが、銀行の担当者はついぞ教えてくれなかった。しかし言われなくても理由は一つ。身辺調査で素性がバレたのだ。

 仕方なく別の就職口を探したが、情報が拡散していたのか、なかなか採用には至らなかった。そして卒業間近ギリギリでIT系ベンチャー企業に転がり込んだ。

 

 ところがこれがまたひどいブラック企業だった。パワハラモラハラは日常茶飯事、サービス残業は当たり前。それでも俺にはここしか生きる場所がなかった。

 努力して這い上がり、その会社の中で出世を遂げた。そして仕事の中で身につけたスキルを活かし、独立してネットショッピングの会社を立ち上げた。


 売り上げは好調だった。多くの人脈も出来てビジネスチャンスも広がった。そうして有力な取引先から縁談を持ち込まれた。写真を見ると、なかなかの美人だ。この縁談が決まれば公私共に人生バラ色。見合いも上手く行き、順調に婚約……


 かと思いきや、また俺の黒歴史が影をさした。

「原田さん、聖原光道の息子だったんですね。……もちろんあなたは何も悪くないとわかっています。でも私たちも世間様の手前、娘を嫁がせることは出来ません……」

 彼女の親は頭を下げ、手切れ金の入った封筒を差し出した。


 そしてその情報がまた漏れた。会社は信用を失い、あっと言う間に失墜した。


 途方に暮れて飲み歩く毎日。

「なんでカルト教祖の息子ってだけでこんな目に合うんだよ!」

 俺は管を巻いて、他の客が眉をひそめる。店からも嫌がられている。しかしこの世の不条理へ不満をどこにぶつければいいのか。ただアルコールに溶かして燃やすしか思い浮かばない。


「……その境遇、逆に活かしてみたらどうですか?」

 見ると、女子アナ風の若い女性がカウンターの横に座っていた。

「はあ? 女子アナのお姉ちゃんよ、そんなに人生甘くはないっての! どんなに努力したってね、足引っ張る奴が大勢いるんだから!」

「私は女子アナではありません。こういう者です」


 差し出された名刺には、

──すずらん出版 華原涼花

 と書かれていた。


「出版社? 俺の黒歴史を取材したいとか?」

「ええ、その通りです」

「はあ? バカにしてんのか!」

「お気を悪くされたらごめんなさい。でももし原田さんが教団の内情を文章にし、自ら被害者であることをアピール出来たら、世間はむしろあなたの味方になってくれます。そうなれば何か事業をするにしてもこれまで以上にビジネスチャンスが広がると思うのです」

 華原の言葉は心の琴線をジャランジャラン鳴らした。そして俺はこれまでのことを文章化し、出版した。そしてそれは飛ぶように売れ、華原の言うように世間の信頼回復となり、つぶれかけた事業が復活して大繁盛した。


 それからしばらくして、出版した本の成功について華原からインタビューを受けた。

「原田さんは、言わば辛い親ガチャを引いたわけですが、そのことについてどう思われますか?」

「人生は不平等です。でも見方を変えればそれが有利になっていることもあります。それはなかなか自分では気づきません。私にとって幸運だったのは気づかせてくれる人がいたことです」

 華原は恥ずかしそうにそれを聞きながらインタビューを終えた。


「ありがとうございました。これで失礼します」

 立ち去ろうとする華原に、

「あ、ちょっと待って下さい」

 と俺は小箱を差し出した。彼女は箱を開け、中の婚約指輪を見て驚いた。


「僕と……結婚して下さい」


 彼女は指輪から僕に視線を向け直した。


「こんな者でよろしければ、喜んで」

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親が教祖というだけで 緋糸 椎 @wrbs

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