推しが押し掛けてきたので、付いていくことを決めました~炎の獅子と氷の竜と~

大月クマ

ヒーラーが仲間になった!

 これは、とある剣と魔法の国のお話――


「何言っているんですの!?」


 わたくし、ビバリーは熱が入りすぎだと思う。

 淑女が声を上げるなんてなんて下品なこと。でも、ここは譲れないことです。

 クラス長を推薦するにあたり、親しい数名が密かに話し合っていたときでした。


「ビバリーさんがおかしいですわ。あの『赤毛の悪魔』を推薦するなんて。ねぇ皆さん」

「そうですとも、クラスの代表としてマイケル・マーティン=グリーンなんて、推薦できませんわ」

「あの赤い悪魔は無理ですわよ」


 赤毛の悪魔。悪魔。悪魔。悪魔。悪魔……


 皆さんは何も解っていませんわ。

 ミッキー様は確かにがさつで、野蛮かもしれません。

 でも、わたくしはあの方は、麗人に違いないと、確信しておりますわ。この女学校の制服が似合わないだけで、目鼻立ちのきりっとした美しい顔。緑の色の瞳。燃えるような赤色の髪。健康的なツヤ肌……

 わたくしに任せていただければ、ミッキー様を皆様が惚れ込むほどの男子になる素質が……


「キャスリン様に決まってますわ」

「そうですとも。マルグルー家のキャスリン様に、決定でよろしくて」


 いや勝手に決めないで!

 クラスの代表として、推薦するというのに、


「氷の魔女はいけません!」

「何て言いました! ビバリーさん!!」

「あっ……」


 わたくしとしたことが、この人は氷の魔女……キャスリン・マルグルーの取り巻きのひとりだ。中傷すれば、興奮するのは目に見えていた事。

 確かに、マルグルー家のキャスリン様は、ミッキー様とは真逆の美人。切れ長の青い瞳に、高い鼻。青みのかかった艶のある長い髪。

 確かに男性であれば、惚れ込むような美人でありましょうが、あの方はいけません。


 氷の魔女。


 わたくしが口走ったように、キャサリン様には冷たいところがあります。

 身分や家柄で口を利いてもらえなかったり、無視したり……。

 彼女に雑に扱われた生徒達は、その冷たさから『氷の魔女』と影で呼んでいました。

 ミッキー様は反対に心優しく、人の隔たりのなく……まあ、言い方を変えるのであれば、歯に衣着せぬといいましょうか……そこがいいのです!

 わたくしのような、庶民出身の者でも、気兼ねなく付き合ってくださいます。


 それは、キャサリン様には出来ないこと。


 クラスをまとめる代表者としては、不適切だとわたくしは思いますの。

 しかし……


「では皆さん。ここにいる人達で多数決をとりましよう」


 わたくしを見下したまま、その方は周りに声をかけました。

 多数決でなんて、このメンバーでは圧倒的に『氷の魔女』に偏ってしまうのは明らか。

 案の定、多数決の結果はキャサリン様。


「ビバリーさん。キャスリン様でよろしくて?」


 わたくしは、うなずくだけでした。



 ※※※



「――あらやだ」


 居眠りをして、夢を見ていた。数年前の女学校時代のイヤな思い出。結局、クラス長は、わたくし、ビバリーの推したミッキー様は当然選ばれることもなく、キャサリン様になりました。

 当然でしょう。『赤い悪魔』と言われて、先生方にも嫌われていた方ですもの。

 その後、ミッキー様はお家の都合で学校を辞めてしまいました。


 ――わたくしがもっとミッキー様を、お支えサポートしていれば……


 きっと、クラスの皆様に彼女の魅力を気が付いてくれたはず。

 だから、今はミッキー様を題材に小説を書いております。男装の麗人を主人公として、悪の『氷の魔女』を倒す冒険小説。

 まあ、医者の仕事が暇だということは、否定はいたしません。

 女学校を出て、医学の道に行ったわたくしでした。

 医師の資格を取り、回復魔法の免許も持っています。

 故郷の街で診療所を開業したのはいいのですが……新人の小娘でしかないわたくしのところには、患者が来るはずもなく、現在に至るわけです。

 暇を持て余したわたくしは、ペンを取り、ミッキー様をモデルにした主人公の冒険小説を書きました。

 そして、知っている出版社に送ってみました。


 結果は……今のところ惨敗。


 ――おかしい。ミッキー様の魅力は何故、伝わらないのかしら?


 ふと、扉を叩く音が聞こえた。

 どうせ、原稿が戻ってきたのでしょう。

 わたくしの診療所の扉を叩くのは、このところ郵便屋さんぐらいしかありません。


「おりますわッ!」


 やたらに今日はノックの音が大きいような気がしました。

 わたくしはチラリと鏡を見て、寝癖などかないか確認し、玄関のドアを開けると、


「よおッ! 元気していたか?」

「えッ!?」


 あまりのことに、わたくしは動揺して開けたドアを、慌てて閉めてしまいました。


「おーい~! マクファーデン。開けてくれよ。つれないなぁ~」


 どっ、どういうことでしょう。

 ミッキー様が……わたくしのミッキー様が、目の前に立っていたではありませんか!?


 ――そんなはずは……


 確か、ミッキー様は王都にいたはず。

 そういえば、風の便りで王子に喧嘩を売ったとか、売らないとか……

 わたくしは、一度恐る恐るドアを開けました。ゆっくりと――



 ※※※



「イヤねぇ、勘当されちゃったんだよ」


 目の前にニコニコとミッキー様がいる。その口からスズのようなきれいな声が流れてきます。内容はさておいて。


「勘当!? ミッキー様が!」

「オレが叩きのめしたのが、王子かなんかだったようで――」

「それのお噂は聞いております」

「そう? オレってそんなに有名なんだ……でだ。

 王都から出て、とりあえずキティのところにでも転がり込もうと思ってな」

「キティ? ああマルグルー家のキャスリン様?」

「そうそう。あいつ学生時代に自分の領地が広いことを自慢していただろ?

 オレ、ひとりが転がり込んでも、問題ないだろうと――」

「ミッキー様は、キャスリン様と交流がまだあるんですの?」


 正直、驚きでしかなかったです。

 赤い悪魔と氷の魔女の仲がよかったなど、クラスで見ていた限り、そんな素振りがなかった記憶ですから。

 しかし……


「いや、全然――」


 と、わたくしが差し出した紅茶をすすった。

 では何故? という言葉はわたくしの口からは出ませんでした。だが、別の考えが頭をよぎったのです。


 ――ミッキー様に付いていけば、面白いかも?


 何度も突っ返される小説のネタになるかもしれない。

 あらいけません。人のもめ事を面白がるなど……


「それで、どうしてわたくしのところへ?」

「――ああ、あいつの領地に行くまでまだ時間が掛かるだろ? そしたら、思い出したんだ」

「何をですの?」

「もちろん、マクファーデン。君のこと……」


 えっ! 今、ミッキー様に告られた!? これは本当の事? わたくしでいいのかしら?


「いやぁ~正直、王都から出てから金があっという間に無くなってな。

 そういえば、この街にビバリーがいることを思いだしたんだ」


 ミッキー様が、何か言っているようですけど、わたくしを頼ってくれるなんて――

 あれ? でも、王都からここまで3日ほどかかるはず。


「あのぉ~、従者はおいでになりませんの?」

「従者? いるわけ無いだろ」

「えっ、あっ、ここまでは……」

「ひとりで歩いてきた――」

「はい!?」


 ミッキー様は武芸に秀でいるとは言え、女性であることは変わりないのです。

 それが勘当されたといっても、従者も付けずに旅に出るなどということは、あり得ないはず。ですが、彼女はボロボロの使い込まれた剣を突き出した。


「ジイさんから貰った。これさえあれば、オレの旅は十分。それに火の魔法も使えるし――」


 ミッキー様何を言っておられるの!? 女性でひとり旅など、それは冒険小説の中だけの話。ですが、この方は、それをやってのけているようです。

 しかし……しかしですよ。

 それはここまで来た3日間、偶然が重なった事だけに過ぎないはずです。


「この先は、どうなさるおつもりですの? マルグルー家の領地までは、まだまだ先ですわ」

「ひとりで行くつもりだけど――」


 と、お茶請けに出したクッキーを頬張りました。


 ――いけません。いけませんわ!


 いくらお強いといっても、女性ひとりで旅をするなんて!

 この先の街道。何かあるか分かりません。天候もそうですし、もしもお怪我をされては!


「わたくしもお供いたします」

「えッ!?」

「これでも回復魔法の免許を持っております。旅のお供にヒーラーは必要でしょ?」

「確かにそうだけど……この診療所は?」

「患者の来ない診療所を開けているぐらいなら、ミッキー様にお供いたしますわ」


 ポンッとわたくしは胸を叩いて見せました。

 ミッキー様の顔が、納得しているような、していないような……複雑な顔に歪んだように見えましたが、わたくしの提案に断らなかったのは確かです。


 こうしてわたくしは、ミッキー様のサポートに付いていくことを決めました。

 思っていたサポートとは少し違いますが――  




【つづく……かも】

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推しが押し掛けてきたので、付いていくことを決めました~炎の獅子と氷の竜と~ 大月クマ @smurakam1978

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