終話
おや旦那、お久し振りでございますねぇ。
その後、眼の方はどうです。何ら変わりはありませんか?
そうですかそうですか。そいつぁようございました。
いや、先日……と言いますか、もう二ヶ月も前になりますかねぇ、とにもかくにももう一度光を取り戻したいと仰るお客さんがいらっしゃいましてねぇ。
何でも、人斬りに両目を潰されたと言うじゃないですか……って、え? その下手人は自分だと?
あ~っと、つまり、旦那があのお侍様の眼を潰したと。
はぁ、本来はそんなつもりはなかったと仰る。それで、お侍様に旦那が手前の店を紹介したと。成程成程。
まぁ、何ですかね。旦那も変わったお人だ。
出会い頭に殺されてもおかしくない相手を助けるんだから……
いえいえ。迷惑だなんてとんでもない。こちらとしては商品が売れるのは嬉しいことでございますからねぇ。感謝こそすれ恨むなんてとんでもない。
でも、手前は驚いたもんですよ。
何がって、手前の忠告を無視して、あちらの世界に片足突っ込んで無事でいるんですからねぇ。愁傷に今眼を閉じても無駄ですよ。
全く困ったもんです。そんな顔して笑われたんじゃァ、こっちも怒れねぇってもんですよ。
まぁ、それでも? 昼日中に堂々と眼を開けて動かれちゃあ、一目でまともじゃないとバレますからねぇ。
くれぐれも、日中出回るときは、そうやって眼を閉じてておくんなせぇ。
まぁ、今は手前どもしかおりませんから、開けてても構いませんがね。
それにしても、あのお侍様はどうなさっているかねぇ。
旦那とは違って、ちゃんと忠告を守っていなさるんですかねぇ。
いや、ねぇ。そのお侍様は実に真面目な方に見えましたからねぇ。
真面目が高じて、見えないことに絶望して自害されたんじゃ忍びねぇと思いやして、『宿光蟲』を渡したんですがねぇ。ああいう手合いは、約束事を守って下さるには下さるが、何かの拍子に突っ走る傾向がありやすからねぇ。
日のない時分に眼を開けて夜を楽しめばいいんですが、欲に負けると大変なことになりそうで……
はぁ、そのことで話しておきたいことがあると仰る。それは一体どういうことで?
――って、おいおいどうした。お客人の前だよ。何をそんな大声出して慌ててるんだい……。
あ? 戍狩がおかしなことを喚きながら刀を振り回しているだ?
町の平和を守る戍狩様が刀を振り回して変なことを喚いているなんざ、世も末だねぇ。
実に悲しいことじゃァないですか。ねぇ、旦那?
って、旦那? 何ですかィ、その気まずそうな顔は……もしかしてその戍狩って言うのは……。
はぁ、そうですか、そうですか。その刀を振り回しているのが、あのときのお侍様だったと。
で? そのお侍様に、元のように戍狩で働けるように手助けがしたいと、忠告を破るように唆したのが旦那だと。
で、その結果が表の大騒ぎだと。
はあっ……全く。天下に名前を轟かせるのもそう遠くない、盲目の剣客『座頭市』様らしくない大失態ですな。
そりゃあ素で怒りたくもなるぜ。
これだから真面目一直線の堅物馬鹿は。
ああ? 別に旦那のことを怒ってるんじゃァねぇですよ。
全く怒っていないと言えば嘘になりますがね。
だが、旦那に唆されようが、忠告を守るか守らないかは、あの侍自身の問題だ。
旦那に出来たからと言って、自分にも出来ると買い被った付けがこれだ。
あれだけ大声で訳の分からんこと口走って、刀抜いて暴れたなら、そりゃあ大捕り物にもなるってもんだ。
ああ、ああ。可哀想に。大事な家族を守るために光をもう一度取り戻したいと、店先で俺たちに頭まで下げたくせに、結局自分で自分の願いを不意にしやがった。
ああ。分かりますよ。旦那の言っていることは。庇いたくなる気持ちもよく分かります。
ですがね、結局あのお侍様は、家族の名を借りて戍狩と言う仕事をしている自分を取り戻したかっただけなんですよ。こっちはあれだけ忠告してやったって言うのに。
これで、あのお侍様が守りたかった家族はどうなるんですかね。
人の忠告を無視して出来ると思い込んだ結果がこれだ。
本当、手前勝手に巻き込まれた家族はいい迷惑だよ。
あ? 確かに。その原因を作ったのは旦那ですが?
はあ、これからその後始末を付けて来ると?
一体どうすると――と、これは余計な詮索でしたね。
どうぞお好きになさってくだせぇ。俺は忠告して商品を貸し出すだけですからね。
余計なことかと思いますが、くれぐれもお気をつけ下さいよ。
――――ったく。これだから人の忠告を聞かねぇ連中は。結局最後には何もかもを失うんだ。
ほんと……悲し過ぎて呆れ返るほど、
様ァねぇな――
『終わり』
希少種屋(きしょうしゅや) 橘紫綺 @tatibana
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