私の推し活は本物志向

烏川 ハル

私の推し活は本物志向

   

「あれ? これって……」

 私が足を止めたのは、小さな露店の前だった。

 黒い布を敷いた台の上に、雑多なアクセサリーが、所狭しと置かれている。その中の一つ、青い縁取りの缶バッジが、私を引き寄せたのだった。

「お嬢ちゃん、お目が高いね! そいつは、ここでしか買えない特製グッズだよ!」

 こちらの視線に気づいて、露天商が声をかけてくる。

 頭にはヨレヨレの黒いフェルト帽、体には野暮ったい青色セーター。四十前後の冴えない男だった。

「ここでしか買えないグッズ……?」

「ああ、そうさ。だから、ちょっと高いけどね。でも、今をときめくアイドルだろ? それくらいの価値はあるぜ!」

 私がわざとらしく聞き返すと、彼は「いいカモを見つけた」という顔になる。


 確かに『ここでしか買えない』のだろう。

 缶バッジの写真の中で笑っているのは、私が大好きなアイドル、グループKのタカシくんだった。

 私は熱狂的なファンだから、タカシくんグッズは全て買い集めている。もちろん公式ファンクラブにも入会しているし、ネットでの情報収集も欠かさない。新商品が出たのであれば、私の耳に入ってくるはずだった。

 でも、こんな缶バッジの話は聞いたことがない。少し似た表情のは持っているけれど、明らかに笑顔の度合いが違う。あれのタカシくんは、もっと幸せそうに笑っていた。

「ごめんなさい。私、タカシくんグッズなら、全部持ってるの。だからいらないわ、これ」

「えっ、全部……?」

 ぽかんとする露天商の顔を目に焼き付けてから、私はその場を立ち去るのだった。




 公園のトイレで中年男性の刺殺死体が発見された……。

 そんな記事が新聞の片隅に掲載されたのは、一週間くらい後の出来事だった。

 名前や年齢なども記されているが、それは私には関係ないことだ。新聞記事によると、暴力団の下部組織と繋がっていた人物であり、それに絡んだ揉め事という線で、警察は捜査しているらしい。

 なるほど、露天商なんてテキヤみたいなものであり、テキヤといえばヤクザのしのぎなのだろう。

 いや、世の中には善良な出店でみせもあるはずだから、そう言い切ったら他の露天商に失礼かもしれない。でも少なくとも、あの男は悪い露天商だった。なにしろ、タカシくんの偽グッズを売っていたのだから!

「偽物を作って売るなんて……。言語道断だわ!」

 改めて怒りが湧いてきて、私は思わず叫んでしまう。

 あの男は、最期の瞬間まで「俺が何か悪い事をしたか?」という顔をしていた。本当に許せない男だった。

 でも、全ては終わった出来事だ。私はあの店の客ですらないのだから、事件と私を結びつけるような証拠は、一切出てこないはず。

 過ぎたことは忘れて、これからも私は、私なりの推し活を続けていこう。偽物は許さない、絶対に駆逐してやる、というスタンスの、本物志向の推し活を。




 悪徳露天商の一件が、私の記憶の中でも風化した頃。

 大学の友人から頼まれて――「女子の人数が足りないの!」と言われて――、柄にもなく合コンに参加したのだが……。その自己紹介の場で、目の前に座った男が、驚くべきセリフを言いはなった。

「うん、時々言われるよ。グループKのタカシに似ている、って」

 私は目を丸くしそうになるが、グッと我慢。平静を取り繕いながら、まじまじと彼の顔を観察する。

 瞳と髪型、顔の輪郭には、確かに少しだけ、タカシくんの雰囲気が漂っていた。でも鼻や口は、パーツも配置も、タカシくんとは似ても似つかない!

 この程度で「似ている」と自負するのも、それを武器にして女性を口説こうとするのも、タカシくんに対する冒涜だった。

 存在そのものが許されない大罪人であり、これまで始末してきた者たち以上の抹殺対象だ。


「もしかして、優子も彼のこと狙ってる?」

 私の熱い視線に気づいたらしく、友人が揶揄からかいの言葉をかけてきた。

 一瞬ドキッとするが、彼女はヘラヘラした笑顔を浮かべている。私のような真剣さは見られないから、別の意味の『狙ってる』に過ぎないのだろう。




(「私の推し活は本物志向」完)

   

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私の推し活は本物志向 烏川 ハル @haru_karasugawa

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