第455話 死と生の境界

「……ずいぶんと……細くなりましたね」


 どちらかと言えばやせこけた、と言うべき様相のハオランを見て、思わずそう返してしまった。


「はは、お恥ずかしい限りです。この身体には義体アーティフィシャル構築ボディ・リ・ビルドは効果が無いようでして。久しく食事を取る感覚など忘れておりましたから……二人分食べねばならぬはずなのですが、なかなか食も進まず、この有様です」


 ……義体構築はもう効果が無くなっているのか。

 彼の身体はどのタイミングで死体から生体に変わったのだろうか。人造獣使いキメラマイスターのスキルは生きていようが死んでいようが関係ないが、死霊術師のスキルは死者にしか効果が無い。どこからが生体で、何処からが死体なのだろう。切り落とした腕とかは死体になるのか……試す気はないが、気にはなる。


「それでも、食欲はわきますか?」


「正直……いまいちですね。亡者の時より感覚は戻っていますが、欲求が薄いの分からずです。何というか……身体と意識が直接つながっておらず、まるで糸で人形を操っているような、そんな感じがします。糸から伝わってくる感覚は亡者の時よりずっと強くなりましたが、生きていた時とは違う。それが明確にわかるようになったのが一番の収穫かも知れません」


「ふむ……ガリレイ、聞こえているか?お前は空腹を感じているだろう?』


 背中で強制的に丸く慣らされている男に念話で話しかける。ピクリと身体が振るえるが、反応はそれだけ。そう言えば、HPが0だから念話も出来ないか。喉もつぶしてしまったから会話も出来ない。


 判断をミスったか。


「体調を確認させてもらいますね」


 詠唱、エンチャント、それにエルダーから借りた魔道具を駆使して、二人分の情報を生命力表示バイタル・ビュアーに表示する。体重は落ちているが、体調に問題は無さそう、そもそもハオランは生前がちょっと太り気味だったから、痩せたと思えば許容範囲内か。


 確認できる脳波も、問題が無い。


「……体調に問題は無さそうです。覚悟が決まって居れば……分離手術を行いたいと思いますが、どうでしょう?」


 人造獣使いキメラマイスターのスキルで繋がっている消化器系や血管、神経を可能な範囲で分離。その後二人を外科的手法で切り離し、治癒ヒールで表皮の再生を行う。


 スキルで一つの生命体となっているから、再生治癒を使うと。欠損カ所の治療になるから傷は完全には消せないが、今の通り背中の一部にしておけば切除した後は治癒ヒールなどで傷を治療できる。その後は再生治癒でキメラ化したパーツが生えてこない状態まで待てば、切除は完了。

 3次職の上級スキルである正常化ノーマライゼーションは、対象の異常を人類の正常値に治すスキルだから、人類キメラに掛けた場合、追加したパーツは寧ろ排除される方に働くはず。

 うん、抜かりはない。


「はい、お願いします。いつまでも彼を背中に背負っているのも申し訳ありませんからね。ですがもう一度、内容を確認させてください」


「もちろん」


 血管や神経、食道などのつながり、それらを独立させたうえで、皮膚の接合部分を極力少なくする。その後、治癒ヒールをエンチャントしたナイフで分離する。


「これらの施術は、人造獣使いキメラマイスターのスキルで麻酔をかけますので、痛みは感じません。貴方の意識は仮初の命リ・ボーンで植え付けているモノなので、この術中も無くなることは無いです。ただ、感覚には影響がでるでしょう」


 そもそも、仮初の命リ・ボーンを使った状態での人造獣使いキメラマイスタースキルでの施術や分離は前例がないのだ。


「身体が正しく動作している事が確認出来たら、次に麻酔を解いて眠りの魔術をかけます。これもあなたの意識には影響無いはずですが、身体は眠りに落ちます。その状態で人格再填リ・ロード仮初の命リ・ボーンを解除して、後は自然に目覚めを待つことに成ります」


 再生治癒で頭部を再生さた記録は無いから、彼の人格がどうなるかは不透明だ。再生治癒が参照する情報が、遺伝子情報だけでなく仮初の命リ・ボーンが参照していると思われる神界の記憶情報も見ていてくれれば、記憶と人格の再生も可能に成ると予想しているが……。

 そもそも再生しきった後、こうして話している記憶は残るのだろうか。


「一度は死んだ身、覚悟は出来ていますよ。これが実験だとしても、乗ると決めたのは私なのですから。……お願いします」


「では、始めましょう」


 スコットさん、タツロウさんを呼んで、さっそく手術に取り掛かる。


 生命合成シンセティック・ライフを起動して、施術を開始。二人の身体を循環していた動脈、静脈、リンパを分離。ハオランの口からガリレイの胃腸に伸びていた食道を分離して、ハオランにつなぎなおす。逆にハオラン側に伸びていた大腸は分離してガリレイ側に戻す。

 神経系は混ぜていないから問題無い。

 使える人造獣使いキメラマイスターのスキルは基本的に加算しか出来ないから、スキル行使の為にガリレイ側にネズミの毛皮を足しておく。ついでにコイツの声帯だけは治しておこう。


「準備はOK」


 今回の施術に立ち会っている二人とタリア、それにハオランの経過を見てくれていたバーバラさんに向けて頷く。


「……生命合成シンセティック・ライフ


 大量のMPが吸い出され、ハオラン・リーの身体が作り変えられていく。

 これは……きついな。すでに消費MPは1000を超えた。2度目の改造はMP消費が多くなるのだろうか? それとも、一度加えた改造を元に戻すのが難しいのだろうか?


 スキルを介して、俺にしか見えないイメージモニターには進捗状況が映し出されている。MPは……足りる。状態も悪くない。ただ、完了までにかかる時間は5分を超える。義体アーティフィシャル構築ボディ・リ・ビルドで数秒、物質移植マテリアル・インプラントや最初の生命合成シンセティック・ライフが10秒足らずだったのを考えれば異常だ。


「大丈夫なの?」


「わからん。けど、待しかない」


 声が振るえないよう、タリアの問いに言葉を返す。術が発動してしまえば、俺の役目はMPタンク程度でしかない。エルダーたちが余剰発光と呼んでいた術行使の残滓を見つめながら、ただひたすらに待つしかないのだ。


 暫く待って発酵が収まる。これで繋がっているのは背中の一部だけ。


「スキルの麻酔が利いている間に、分離します」


 元々は活人剣として作った治癒ヒールを付与した短剣を、こんなことに使う事になるとは思っていなかった。

 刃を立てて肉を切ると同時に治癒ヒールが発動して傷を癒していく。ほとんど出血は無いが、逆に料理をしているようで嫌な気分になる。背中の傷は残ってしまうだろう。完全に癒すには再生治癒が必要だが、それは出来ないだろう。死の痕跡はこれから永遠にこいつの背中に残ることに成る。


「……分離完了です。ハオラン、まだ意識はあるか?」


『……はい。感覚は鈍いですし、口も動きませんが……ですが、不思議ですね。とても眠い』


「……もうすぐ麻酔効果が切れる。いまから眠りの魔術をかけるから、ゆっくり休むといい」


 バーバラさんに目配せをして、二人に眠りの雲スリープ・クラウドを掛けてもらう。ガリレイの方はその辺に転がしておいても良いのだが、一応功労者ではある。せめて柔らかいベッドの上に横たえる、くらいはしておこう。


『それじゃあ、仮初の命リ・ボーン人格再填リ・ロードの順で解除します』


「リー殿……」


「……無事に成功しますように」


 スコットさん、タツロウさんのつぶやきが漏れ聞こえる。二人とも生前は仕事上の付き合いでしかなかったが、亡者となり、共に戦い抜いて、仲間だと語っていた。幸か不幸か、死んでから歩き出したその先で深まった絆もある。それが亡者となった者たちの強さでもある。俺は私情でハオランを最初の被験者に選んだけど、彼らにとってはそれが最良ではないかもしれない。いまさら後には引けない。せめて成功を祈ろう。


 手の震えを押しとどめようと強く拳を握ると、隣に居たタリアの手がそっと重なる。


『……私たちは、共犯だから』


 俺にだけ聞こえる囁きが心にしみる。


『……ありがとう』


 ……仮初の命リ・ボーン……解放リリース


 …………人格再填リ・ロード……解放リリース


 つながりが消えていく。

 ハオランとの間に結ばれていた魔力の糸が、泡となって消える。

 ……中年おっさん相手に感傷に浸っていてはダメだな。頭でサッカーしたいぐらいだってのに。


「……後は自発的に目覚めるのを待つしかありませんね」


 念動力でベッドに横たえさせて、俺の仕事はひと段落。生命力表示バイタル・ビュアーに表示されている情報も問題無い。ステータス表示の名前はハオラン・リーで、状態は分体キメラ・睡眠。職業は武装商人・偵察兵。意図通りと思っていいだろう。


 問題は、何が彼を”ハオラン・リー”たらしめるか、だけだ。魂なんてものが存在するか分からないこの世界では、俺は意識、記憶だと思っている。俺の思惑が成功するか……神は知っているのだろうが、答えてはくれない。死霊術死体を弄ぶ術なんてものを与えておいて、なんて自分勝手な話だろうな。


 時間は過ぎていく。だけどこの場を離れる気にはならない。


 MPが自己の存在に直結するふたりですら、この場を動こうとはしなかった。


 そうして、しばらくの時間が過ぎ。


「ん……む……ぅ……」


 少しやつれたおっさんは、皆が見守る中で目を覚ます。

 眼を開き。


 周囲を眼だけで見渡して。


 身体が思うように動かない事に驚いたような表情を浮かべ。


 掠れた声で問いかけた。


「……私は……ここは一体……どこでしょうか」


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明けましておめでとうございます。

新年全然加速できなかったうえ、こんな話でごめんなさいorz

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