終わりなき道
文章が書けない。
文字を打ち込むごとに言葉と心の距離が離れていく。何かが違う。言葉を重ねるごとに自分と目の前の文字が螺旋状にすれ違う。この道を行けば辿り着くはず、という実感も持てず。立ち止まり、前を見ることも、後ろを振り返ることもできぬまま。(リセットしますか?)
そして
白紙に戻る。
頭の中に描いていた風景が目の前にある実際の風景と合致せず戸惑う。何かが違う。(そもそも頭の中にあったと思い込んでいただけかもしれない)思い込みを想像力にする自信はどこかの道中に落としてしまったようで。項垂れたまま、崩れ落ちていく。
思考の渦を持てる者は恵まれている。
目の前の白紙に向き合いながら、呟く。自分にもあったはずだ。思考の色彩に溢れている部屋が、自分にも。棚には使いかけの想像力がいまかと出番を待っていて。床には使い古された記憶が玄人顔をしていて。天井には真新しい命が産まれては弾けていて。自分にもあったはずだ。自分にも、あったはずだ。(積み重ねてきた文章を消したくなる衝動を抑える)違う。何かが違う。
積み重ねていくことで想像していたものに近づいていくはずなのに、遠のき、もとの設計図を見失う。何が書きたかったんだろうか。見失ったのなら、書く必要がないんじゃないか。(消してしまえ)書いたところで意味は無い。(消してしまえ)それでも書くことを止めることもできず。(止めてしまえ)自慰行為にも劣らぬ醜さのまま文章を続けていく。(辞めてしまえ)いっそまた消してしまおうか。(消せないくせに)消えちまえ。(消してしまえ)手を止めろ。(消したくないくせに)ただ闇雲に言葉を投げ捨てる。
(白紙に戻しますか?)
崖が目の前にあった。突風が耳を横切り、走り去る。(落ちてしまえ)声は言った。崖の下は奈落だ。言葉を紡がなくたって誰も気にしないんだ。だから辞めてしまえ。消してしまえ。風に乗り込み、声はやってきた。脳内を飛び越え、声はやってきた。消してしまえ。いままで書いてきたって、そんなことなんだっていうんだ。消してしまえば無かったことと同じだ。さあ、足を一歩前に出すだけで解放される。消してしまえ。風は止むことなく唸っていく。必要のない苦しみから解放される。さあ、消してしまえ。
だが
何かが違った。
消してしまうのは何かが違った。だからこそ消すことができなかった。だからこそ書き続けていた。何かが違う。書かないといけなかった。書かなければならなかった。消しても苦しみは付いてくると知っていた。(書くべきだった)という別の声となって。消すべきではなかった。書き続けるべきだった、と。
顔をあげると、白紙には文章の層が描かれていた。心には、なだら道ができていた。声はそよ風では滑降することができなかった。(書き続けて)時折流れてくる声はそう囁いた。前を歩む足取りは終わりを見据える。道を照らし続けていた日は落ち始め、心は安心して眠りにつく。旅は終わりを迎える。
だが日はまた昇る。声は心に訴える。
目覚めろ。書け、と。
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