【KAC20222】年の離れた妹に底辺ニートと間違えられないように奮闘するのがまあまあ楽しい件について【推し活】
なみかわ
年の離れた妹に底辺ニートと間違えられないように奮闘するのがまあまあ楽しい件について
「
「サンキュー。さすが万年ニートの主夫兄貴
「誰がニートじゃ」
リビングに置いた、Amaz○n の箱を、大事そうに抱えて部屋に入る、仕事帰りのスーツ女子。だいぶ着こなせてきたな、とほっとする。
社会人になってから、給料のほとんどを、「また」推しにつぎこむんじゃないかとも心配していたが、さすがに周りをみて……バランスよく貯金もしているようだ。
まあ我が家にとっては、おまえはみんなに愛される存在に間違いない。……苦笑いして俺はエプロンを外した。よし、今日の煮込みハンバーグもうまくできた。
リビングのテーブルは、6人がけ。俺が物心ついた時からずっとある。まだじいちゃんとばあちゃんがいた頃は、6つめの椅子を物置においていた。
「は?!」
改まった両親から、このリビングのテーブルで聞いた言葉。
「いやその……弟か妹ができることになった」
あのときは本当にびっくりした。なんだか落ち着かなくて、床につかない足をブラブラさせて、ひざを打ってばんそうこうを貼った。
そこからは、あっという間。……生まれた妹は、一番新しい椅子に座った。
親父が奮発して買ったビデオカメラやデジタルカメラは、だいたい俺が使いこなして……妹の節目節目の笑顔を撮り続けた。
悩み事も結構聞いてやったと思う。親にはわかりづらい、アニメやまんがのことなら、俺の方が話しやすかっただろう。中学の頃は、『ドラゴン☆バトラー』というヒーローものにほんとはまってて、コンサートにも、着いて行ってやった。好きなキャラクターのグッズを、ためたお年玉でいっぱい買ってたな。
高校になるとやっぱり、大人びてきて、あまり二人で遊びに行ったとかはなかった。頭数あわせで、なにかのイベントに付き添ったくらいか。それでもターミナル駅で「じゃあここで、友達とカラオケに寄るから」、といきなり解散ということもあった。
祖父母が亡くなって、俺も美英も、座る人のなくなったそこに上着をひっかけるようになった。これは両親に怒られなかったが、食卓に携帯電話を置いて飯を食うのは細々言われるから、座布団にこっそり置いたりした。
たまにリビングのテーブルに、大学受験の参考書とかが散らばっているのを見たけど、なんとなく普通のシャープペンシルやら、ゲルインクボールペン、……ロフトや無印で買えるようなやつ、で……とくに、大型缶バッジやら縫いぐるみのついた鞄も見なかった。好き好みもどんどんかわって行くのだろう。俺も順調に学士をとって、興味のある情報系の大学院に脛かじりで通わせてもらった。まあこの段階まで妹を気にしていたらブラコンもはなはだしい。俺はふつうに趣味のパソコンやプログラミングにのめりこみ、バイトもインターンもITの会社を選んで、なんとか論文まで書き上げた。
就職して3年ほど経って、今度は俺がかしこまってこのテーブルで両親にいまの仕事を辞めたい、と伝えた。通りがかった美英には、「辞めたい」しか聞こえてなかったのだろう、それからことあるごとにニートニートとからかわれるようになった。
家に居る時間が長いならそれなりにと、仕事で出勤も帰りも不定期な両親から、家事をやれと交換条件を出されて、俺は退職願いを出して、大学院の恩師にお詫びをしに行った。
「私は英介兄貴みたいにならない」
「いや、俺はニートじゃねえ、在宅勤務で」
「若いうちは働いてなんぼよ、朝にスタバー行って! 昼に松○屋行って! 夜にステーキ○松、社会人たるものこのくらいたしなみが必要よ」
「いやおまえ、どこの松屋○ーズマニアに知識汚染されてるんだ……」
それでも美英はひじをついてスマホをいじりながら、イソスタグラムの投稿をシュッと探して俺に見せてくる。
「ビストロエースケのデリシャスロールキャベツ、よろ」
俺の作った晩飯をあれこれ苦労して撮って、自分のイソスタグラムにアップするとフォロワーが増える、らしい。おいおい、俺が作ったやつを。それに、写真に家を特定するものとか写ってないだろうな……。
「美英お嬢様、ミンチはいつも冷蔵庫にあるわけじゃないんですよ?」
その日はスーパーの見切り品セールが始まる前に、昼間久しぶりにビックリカメラで店員をひやかした。ついでに家のみんなが好きなリク○ーおじさんのチーズケーキでも一箱買って帰るかな、と足を向けたとき、とても久しぶりに、スマホにアラートメールが飛んできた。差出人は……俺?
「あぁ」
思わず声が出た。俺自身仕込んだことすら忘れかけていた、まだプログラミングとかよくわからない頃に見よう見まねで作ったRSSリーダー。ウェブの情報をスクレイピング(収集)して、気になる単語を含む情報をとりだすやつだ。
キャベツの外側の葉を大鍋でやわらかくしながら、そいつを作った頃を思い返していた。今日のミンチはあんまりべたつかないから、少し小麦粉を足すか。……ふわふわできたてのチーズケーキの箱は、冷めるまではテーブルの真ん中に置く、これも我が家のなんとなくのしきたりで。
手早く丸めた8つの俵型のロールキャベツは、底1センチちょっとのコンソメスープにひたして、トマトケチャップをたっぷり加える。水加減は毎回慎重になる。……ガス火を調節した。
いまはもうこんなRSSなんぞ流行らない。公式SNSが速く正確に新情報を教えてくれるし、ましてやハッシュタグ、俺の世界ではただのコメント行の先頭であるシャープなんとか、あいつで引っかければ、スマホの画面をタップすれば、一瞬で欲しい情報が手に入る。皆が使えばそれは『トレンドワード』となり、さらに興味を持つ人の指を呼ぶ。……フェイクかどうかを見極める労力は多少増えたが。
「ただいまー」
公共放送の19時からのニュースが明日の天気を予想する頃、妹は帰って来た、予想通りの表情で。
「英介兄貴!」
「お帰り、リク○ーのケーキも買ってきてやったぞ」
「みたみたみた?! イソスタグラムのトレンドタグ!!」
それはまるで中学生のはしゃぎようだった。
「『ドラゴン☆バトラー』リメイク!!!」
そう、俺がRSSリーダーでセットしていたのは、このタイトルだった。
「ほんとやばすぎて語彙をなくしたわー」
「いやほんと声優総入れ替えっぽいけどアニメ版の会社は同じで安心」
「ちょっと押し入れ漁ってくるわ」
喋りまくって美英は部屋に向かう。相当なテンションの高さだ。
野菜ソテーを作り始めてしばらくして、美英はイケヤのエコバッグいっぱいにそのグッズを詰めて現れた。
「兄貴見てよ、メルをカリするとこで売らなかった自分を誉めてやりたい」
「はいはい」
フライパンから炒め物を皿に分けてから、懐かしいコレクションを見せてもらう。ああ、この『SOFT SKILLS』の邦訳初版もここにあったのか。キンドールで読んでたからすっかり忘れていて……美英が「なんか色が良さげだから貸して」と持っていってたこともようやく思い出した。意外なものだ、自分の人生のターニングポイント、マイルストンになったひとつなのに。
妹が良さげというその深めの緑色こそ。
かつて彼女がはまりこんだヒーローの一人のメインカラーだった。
「おいおいおまえのイソスタグラム、タグが狂ってるぞ」
もちろんそれは単に頓狂というわけではない。美英なりの今日の日記よろしく、ハッシュタグはこう並んでいた。
#ビストロエースケ
#絶品ロールキャベツ
#たまらない美味しさ
#嫁に欲しい
#今日は #ドラゴン☆バトラー #リメイク #記念日
#深緑の聖騎士
#なんでも緑集め
深夜。昼間から気になっていたうち、いくつかのバグ再現と、βバージョンの動作テスト、それにドキュメント文書の日本語訳のコミット。
デュアルモニターの片方は、デイリービルドと呼ばれる超最新版のソースコードをコンパイルする画面が流れ続ける。
俺の今の仕事は、世界的に有名なオープンソースソフトウェアのコミッターである。げんみつには前職の関連会社の契約社員になり、前職や現職のソフトウェア製品の、内部で利用されているそれを開発することをメインに活動している。
俺が具体的に何をやっているのかというのは、両親や妹には伝わっていない。ただ在宅でパソコンを使う仕事のようである、それくらいで。
ただあの時、母はこう言った。
「英介、あんたがそれほどまで言うってことは、私たちは細かいことはわからないけど、
……それが『好き』なんだよね?」
俺は迷いなくうなづいた。
目立たなくて地味かもしれないが……映画やゲームのスタッフロールのように、俺のプログラマーとしてのハンドル(ネット上の渾名)は、このソフトウェアを使う人なら、誰でも知っている。
それは嬉しくも面白くもあるけれど、それだけを目指しているのではないとはっきり言える。
このソフトウェアが好きで、自分なりのちからで、魅力を伝えたい、何か力になりたい。……俺のある意味『推し活』も、全然妹には負けていない。
プログラマーのハンドルで登録しているSNS のトレンドワードにも、『ドラゴン☆バトラー』の文字が見え始める。再リメイク、再ゲーム化……対応ハードウェア(ゲーム機)によっては、今コミットしているこれも内部で使われる。でもたぶん、美英に伝えたとしても、「それを言い訳にして忙しいとかで、晩御飯を手抜きにしないでよね」、と応えられそうだ。
【KAC20222】年の離れた妹に底辺ニートと間違えられないように奮闘するのがまあまあ楽しい件について【推し活】 なみかわ @mediakisslab
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