六魔 あなた、一度死んでみる?

 時間停止。

 漫画やアニメ、ドラマなんかでは定番であり、おなじみの現象。

 けど、それは現実ではまずありえない出来事であり、起きるわけがない。

 そんな時間停止が、今目の前で起きていた。

 それに気づけた理由なんて簡単で、動いてたものすべてが止まったから。

 たった一人を除いて。


「お、おい。これは一体どういうことだ? 時間が止まった?」


「これは、時間停止、だね。完全に止まってる。ねぇ、かおる


「なんだよ」


「もし、私が…………いや、やっぱりなんでもない。私はちょっと外行ってくるから、かおるはここにいて」


「おい、ちょっとまて……」


 そう言い終わる前にどっか行ってしまった。

 一体どうなってるのだろうか。

 ふと、窓から景色を見て、俺は自分の目を疑った。

 そこには、まるで芸術家が絵の具を使ってぐちゃぐちゃに絵を描いたような、パット見凡人には理解もできない絵のように町は変わっていた。

 色々な色が重なり合って、もはやそこに意味を感じない。

 余計に頭が混乱してきた。

 この世界は一体、どうなってるんだ?

 さっきまでの空間を思い浮かべ、余計に理解ができなくなる。

 世界の時が止まったのか、この地域の時が止まっただけなのかもわからない。

 ただ、たった一つだけわかったのは、これが現実だということ。

 夢や幻なんかじゃない、本当の現実なんだということ。

 一旦、俺はそのまま、外を眺めることにする。

 相変わらずそこには不気味でいて楽しい色が広がっている。


「あら? あらららららら? どうして魔法少女でもなんでもない一般人の方が動いているの? どうして? ねぇ、どうして?」


「誰だ」


 唐突に現れたのは、ファンシーなピンク色のフリフリの付いた服を着た女の子だった。

 パット見は、まだ小学生ぐらいといったところだろうか。


「あら、驚かない。あなた面白いのね。ところで、あなたはなにもの? 殺していいからしら?」


「ちょっとまて。俺を簡単に殺そうとするな。だいたい、そんなことできるわけ──」


「できるわけがない? ほんとに、そう思う?」


 そう言った彼女がいるのは、俺の真後ろ、まさに背後だった。

 さっきまで窓の外にいたはずだ。

 なのに、一瞬で、気づいたときにはもう背後にいた。

 人間じゃない。

 窓だって閉じられてるのに、人間じゃ入ってこれるわけない。


「あら、つまらない。驚くなんて。あなた、もしかしてただの人間? でも、そうね、そうなのね。あなた、一度死んでみる?」


「はっ? 何言ってるんだ?」


「あららららら? まだ、そんなに喋る元気があるなんて。やっぱりあなたっておもしろい。すごく、素敵」


「そうかよ。おあいにくさま、俺にはもう婚約者がいてな」


「あら、そうなの。それは余計に……燃えるわね」


 そして次の瞬間、今度は押し倒されていた。彼女に。パット見小学生の、彼女に。

 少し動こうと力を入れようとしてみても、まるで力が入らない。それどころか、どこかに力が吸われていくような感覚さえある。


「あららら、あなたって弱いのね。かわいい。このまま殺しちゃおうかしらね」


 そう言うと、彼女は俺の頭を両手で掴み、床に打ち付けた。

 それはもう思いっきり。

 ゴンッという深く鈍い音ともに、閃きにもまさる速度で痛みが体中に走る。


「まだ意識があるのね。おもしろい。おもしろいわ、あなた。最高ね。コレクションに加えてしまいたいほどに、最高ね」


「……なあ、なんで俺にそんなことをする? 理由は? 俺はお前からこんなことをされるようなことをしたか?」


「なにそれ? なにそれなにそれなにそれなにそれなにそれ!? ふざけんな。そんなことを聞くな。笑わせんな。そんなんだから、イヤなんだ。ほんとに興醒めだよ。つまらない。せっかくがつまんない。いらないいらないいらない。……ああもう、消えて?」


 そう言った途端、玄関の方からドアを開け放つようなバタンという音が聞こえる。

 けど、そんな音なんて関係ないかのように、目の前の彼女は俺の首を掴んだ。

 ちょっとずつ力が籠もり始め、なんとも言えない息苦しさが俺を少しずつ襲う。

 そして、もうダメだと思った瞬間、彼女は吹き飛んだ。


「……はぁ、はぁ。もう、なにしてるの?」


 そんな声が耳に届く。

 酸素不足からか、意識が朦朧もうろうとしてはっきりしない。


「大丈夫、かおる? やっぱり、一緒に行動するべきだった。かおるを一人にするなんて、私が間違ってた。これからは、一生一緒にいようね」


 なんだかヤバいことを言い始めてるような気がするのだが、それは俺の気のせいだと思いたい。

 というか、一種の気の迷い、そう、自分の愛する人を危険な目に晒してしまったがゆえの動転であって、それ以上でもそれ以下でもないものなのだ。たぶん。


「あら? あららららら? もしかして、先輩じゃないですか? この、歯ごたえと愛情の籠もった強烈な一撃、先輩以外ありえません。先輩ですね。先輩、愛しの後輩の宮ノ下みやのしたももですよ」


「はあ。さっさとどっかいって。私はあなたのことを好きでもなんでもないの。わかったら私とかおるのラブラブ空間から立ち去って」


「えっ? もしかして、こいつが先輩のお相手なんですか? ふーん、そういうことですね。確かにその人はおもしろいですが、興醒めしました。そこの人、命拾いしましたね。先輩のお相手さんじゃなければ、今ここで消し炭にしてるところでした。先輩にちゃんと感謝してくださいね」


 とりあえず、この状況に俺がついていくことはできないと理解した。

 理解できないことを理解した。

 それにしても、宮ノ下みやのしたももという人物。明らかに人間でないだろう。

 さっき、彼女は吹き飛んだ。それなのに、無傷なのは、さすがに疑いようがあるまい。

 彼女は人間ではない、なにかだ。


「それでは、私は先輩の言うとおり外に行ってきますね」


 そう言うと、気づいたときにはもう、彼女は窓の外で、そしてそのまま落ちていった。

 本来、相手が人間であるならば、そこは心配すべきところなのだろうが、相手は吹き飛んで壁にぶつかったであろうときも無傷だった。

 それなら、アパートのベランダから落ちたところで、心配する必要もない。


「なあ、頼む。説明してくれないか、未空みく。一体、何が起こってるんだ」


 俺にとって重要なのは、そっちだった。

 一体この状況はなんなのか? そっちのが知りたかった。

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