五魔 婚約者

 はっ? いや、どういうこと? なんで両親がそれを知っている?


「ちょっと、いるの? いないの?」


「えっ、ああ、いるけど……」


「そう、ならよかったわ。その子、あなたの婚約者だから。その子が大学卒業したら結婚式あげる予定だから、よろしく」


「いや、ちょっと待って。どういうこと? てか、なんで俺の気持ちを無視してんの?」


「どうせ禄に彼女とかいないんだし、このまま一人暮らしして死ぬんだったら、あんたも誰かと結婚したほうがいいでしょ? それに、芦之湯未空あしのゆみくちゃん、スタイルもよくてかわいいこじゃない」


「いや、そうだけどさ」


「それに行儀のいい優しい子よ? どこが嫌っていうのよ。まあ、そういうわけだから」


 電話の向こうの母親は、今にでも電話を切ろうとする。

 てか、ちょいちょい。頭が整理できない。てか、痛い。

 えっ、なに? 昨日、俺の家に居たこいつは、新手の空き巣とか、そういう変な類のそれじゃなくて、ガチで俺の貞操を狙い、俺の未来のお嫁さんとなるやつだったということか?

 いや、無理。全然理解できない。


「てか、だいたいそれでいいのかよ。ここ、同居だめだったはずだけど?」


「オーナーに許可もらったわよ、それぐらい」


「その子の両親は? 会ってもないだろ」


「えっ? もしかして、あんた覚えてないの? 芦之湯未空あしのゆみくちゃんとは幼馴染みでしょ。両親と会ってないどころか、何度もお会いしてるでしょ」


「はっ? 幼馴染み?」


 そう言われて、ぼんやりとした記憶を思い出す。

 たしかに、いた。いや、でも、なんでそんなことを忘れてたんだ?

 忘れるようなことでもない。それどころか、大学進学するまでは、毎日のように遊んでいた。


「それに、あんたなら間違いないって、普通にOKでたし、未空みくちゃんもあんたのことが──」


 母親がなにかを言いかけたところで、急に後ろから抱きつかれる。

 無防備なパジャマから見えるおっぱい……。そして、そのとろけるような柔らかさ。最高。

 って、そうじゃない。


「まあ、そういうわけだから。じゃあね」


 そうして電話は切られてしまう。

 いや、まじかよ。全然聞きたいこと聞けてないし。


「ね、ねぇ、朝ごはん。まだ、だよね?」


 なんだか顔を凄く真赤にさせた彼女はそう言う。

 朝ごはんか。今日は会社休みだし、これから二度寝しようとか思ってたところではあるのだが、朝ごはんを作ってくれるというのならそれでもいいか。


「まだだが、作ってくれるのか?」


「うん。そ、それで、昨晩のことだけど……」


「一線を越えるつもりはない」


「う、うん。そうだよね。あと、やっぱり昨晩のことは忘れて!」


「? なんでだ?」


 確かに、あれが酔っ払っての行動で、それを覚えてたのなら、そういう反応になるのもわかるが、未成年、というか高校生となれば、お酒なんてものを飲んでるわけがない。


「その、私、てっきり、昨日のそれは夢かと思って。それで、そういうことをしちゃったから……。私、そういう子だと思われたくないし」


 無理だろ。それを言ってる時点で不可能だろ。

 というか、夢だったらなにしてもいいというか、そういうことをしようと思ってる時点で、そういう子だろう。

 まあ、あまりにもそういった欲が強いともなれば、俺も困りものだが、人並み程度であるなら、割と好きだ。気持ちいいし。


「別に、そういう子でもいいだろ。俺は嫌いじゃない」


「ほんと?」


「それに、これから俺のお嫁さんになるんだったら、これから一生涯のパートナーになるかもしれないということだろ。それだったら、お互いのことをもっと知ったほうがいいだろ。我慢するとかじゃなくてさ」


「そっ、そっか。そうだよね」


 て、俺、今なんて言った? 流れで余計なことも言わなかったか? 俺、今彼女のことを嫁として認知してなかったか?

 えっ? ちょっとまって、ちょっとまって。ついさっきまであんなに言ってたのに、数分とかからず彼女に篭絡されてない? まさか、彼女はこれを計算して……なわけないか。


「そ、それじゃ、改めて。婚約者の、未来のお嫁さんの、芦之湯未空あしのゆみくです。不束者ですが、末永くよろしくお願いします」


「こ、こちらこそ」


 だめだ。これは、ズルいわ。

 彼女がお辞儀すると、パジャマの隙間からそこそこの谷間が見えた。

 そして、昨日の夜、そのぽよよんぷるるんが、俺の腕を挟んでいたのだと思うと、こう血流がある一点に集中するのがよくわかる。

 そして、あの他の何とも例え難い柔らかさ。あれはもう最高としか言い表せない。もう一度してほしいとか、口が裂けても言えない。

 人に我慢するなとか言っておきながらあれだけど。

 それから、朝ごはんを食べ終えると、自体は一気に加速した。

 あれよこれよと言う間に話が纏まっていき、気づいたときには、彼女と同居することが決まっていた。

 なんでや! なんでそないなことなっとんねん! おかしいやろ! と、言いたい気持ちがなくはないが、なっとるやろがい、というわけだ。仕方ない。

 けど俺、悪くないよな? どこかに致命的なミスとかないよな?

 水着を着た胸の大きな女子高生がいて、なにもしないから谷間に挟んでる鍵を取っていいとか言われたら、男なら誰だって同じようにその鍵を取ろうとしただろ? なにもしないとかいいながら、なにかを期待しながら鍵を取ろうとしただろう?

 実際、その鍵を取ろうとしたら、その胸で挟まれたわけだけどさ。

 てか、今思えば、そこで鍵を落とさなかったのが愚行だった気がする。

 だって、そこで鍵さえ落としていれば、水着の中をスル~と滑っていって、最終的には女の子のいわゆる秘部に……って、なに考えてんだ、俺。

 いや、キモすぎる。俺キモすぎる。

 でも、そんなこんながあって、俺は今日に至ったわけだ。


「ねぇ、かおる。そろそろ、私とその、そういうことしない? 初めて会ったときも思ったんだけど、私ってそんなに魅力ないかな?」


「いや、魅力がないわけじゃないが、法律的にだめだろ」


 というか、魅力という点で考えたら、その大きなお胸は最高の魅力だろう。


「もう、法律とか、愛さえあればそんなの乗り越えられるって!」


 いや、無理だろう。普通に捕まって終わるだろ。


「……っ! 私に捕まって!」


 そう言われ、俺は彼女に咄嗟に捕まる。

 すると、世界が一変した。

 時間が止まったのだ。

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