二魔 私のこと、好きにしていいですよ?

 元来、襲った方というのは、怯えることなんてないと思っていた。怯えるのは基本、襲われた方であって、襲った方ではないと。

 けど、それは全くの誤解だったのかもしれない。

 いや、全くの誤解というのは言い過ぎかもしれないけど。

 俺は彼女が嫁だと言ったことを鵜呑み、もとい信じきるという形で襲うことにした。

 というか、こんなにも無防備な女の子、それも花の女子高生が目の前にいて、襲うな、犯すなという方が無理な相談なわけである。

 そして、彼女が俺の嫁であるのであれば、なにをしても犯罪にはならない。きっと。知らんけど。

 けど、そんな俺の思いも、跡形もなく消えることになった。


「えっ? あー、もう。いいですよ。思う存分好きにしちゃってください」


 俺が彼女の手を抑え、たわわに実った豊満な果実に触れようとしたとき、そう言ったのだ。

 思う存分好きにしていいと。なにをしてもいいですよと。そう言われたのだ。

 女の子が、一切抵抗しないこの状況に、俺は恐怖を感じた。

 おかしい。いや、絶対おかしい。この状況はあり得ない。

 大体、なんで嫁を名乗る女の子が制服なんてものを着ているのか? というか、制服を着てるということは、九割は女子高生であると明言してるはず。

 未成年相手になにをしようとしてるんだ俺。

 相手はまだ子供である。ガキである。

 そんなの、嫁だろうとなんだろうと、襲っていいわけがない。

 そして、襲われたはずの彼女はなにをしてもいいなんて言い出してるしまつ。

 きっと、これは金だ。金をとられるやつだ。

 ここで好き放題やりたい放題してみろ。十中八九金をたんまりむしり取られることになる。示談金として。

 それどころか、時々脅しに来ては継続的に金を取られることになるんだ。

 あんとき楽しんだでしょ?

 それを黙ってて欲しければ、わかるよね?

 と、まるで野生に帰った猿、いや、その辺にたくさんいるゴミ虫なんかを見る目で見ながら。

 死ぬまで脅され続けることになるんだ。

 俺は急に冷静、というか被害妄想を膨らませ、襲うのをやめた。というか、そんな気分じゃなくなった。

 きっと、このままでは、俺は彼女の奴隷になり上がってしまうから。

 そんなの、神が赦しても、俺が許さない。

 この天使は、俺が守る。


「あ、あれれ? なんか予定と違う。おかしい。どうして。男の人はこういうのに弱い、というかイチコロって、お母さんから教えてもらったのに。全然通用してない」


 へっへっへっ。俺を甘くみたな。

 俺は自分のことを正確に把握しているんだ。それ故に、自分と釣り合わないと判断したら、絶対に手を出さない。知らんけど。

 つまりは、美少女であったが故の落ち度ということだ。

 決して、怖気づいたとかではない。

 そんなわけで、とりあえず彼女の上からどくことにする。もちろん、手もはなした。


「ちょっとまって。ちょっと待って下さい。お願いします」


「? なにか?」


「なにか? じゃないよ、もう。襲わないの? 犯さないの? これから、夫婦の営み的なことするんじゃないの? 私としても、既成事実をとっとと作って、お母さんには早く孫の顔を見せたいと思ってるのに」


「一体なにを言ってらっしゃる?」


 えっ? どうした、この子。もしかして、頭ハピってる? ハピハピにハピって、バグってる?

 俺、彼女と意思疎通どころか、今まであった被害妄想の全てが無駄になろうとしてる気配をビンビン感じてるんだが?

 えっ? えっ? どういうこと? 頭が全然追いつかない。追いついていかない。わけわかんないし、わかりたくない。

 そんな、俺の現実逃避も虚しく、時間は進み、事態は悪化する。


「もしかして、私に魅力なかったですか? そんな。私、クラスでもそこそこ胸とか大きい方なんですよ? あっ、おっぱいって言った方が萌えたりしますか? 私、そういうのはまだ勉強中で。すいません」


 まって。無理。情報過多過ぎ。処理しきれない。頭がパンクする。

 あまりの事態に、俺の脳は完全に悲鳴を上げて、オーバーヒート。なにが起こってるんだ?

 ある意味、眠気が再来、というか、深夜テンションでバグった脳が、俺に幻覚を魅せてるとしか思えない。

 だって、最初から考えてみても、おかし過ぎる。というか、まず夢を疑うべきだった。

 だって、家に帰ってきて女子高生がいるとか、どんだけを徳を積んだら訪れるんだよ。

 社会人で、俺が若いと言っても、俺も26歳だし、女子高生からしたら、もうおっさん不可避の年齢。

 そんな俺の家まで来てる時点で怪しいんだ。

 だから、その、つまり? この状況は幻覚、もしくは夢。以上。

 そういうわけで、俺はとっとと風呂に入り寝ることにする。


「あのっ! こんなにアピってるのに、なにもしないんですか? おかしいですよ。だって、私は花の女子高生ですよ? 今が食べ時、食べざかりなんですから、一生の最盛期なんですから、今のうちやっちゃいましょうよ」


「いや、俺は夢精むせいとかしたくないんで、ごめん」


「えっ? こんなにもリアルなのに、ここ、夢の中だと思ってらっしゃいます? 現実ですよ、列記とした。頬とかつねってみてください」


 つねろとかいう、彼女の指示に従い、俺は『ひじ』をつねってみる。

 いた……くない。まあ、知ってた。痛いわけがない。夢じゃないんだから。


「痛くないぞ。やっぱりここは夢のようだな」


「今、肘をつねってましたよね? 私、ちゃんと見てましたし、知ってるんでしょ? 肘はつねってもんですよ! わざとでしょ! わざとですよね! ここは現実です、認めてください」


「ねぇ、最初とだいぶキャラチェンしてない?」


「してないです。そして、私を襲え! 犯せ! 既成事実を作らせろーー!」


「チョップ」


「あっいた」


 とりあえずこの天使、いや、ただの女子高生、いや、変態をまずは追い出すことにする。

 正直、見た目は好みだし、好きだし、というか、普通に愛せるが、中身は問題大有なのだ。

 そして、彼女が示談金目当ての、新手の空き巣の可能性を俺はまだ諦めてない。

 もし、新手の空き巣なら、かなり悪質である上に、とっとと追い出す必要がある。

 兎にも角にも追い出したいのだ。


「あー、待って下さい。追い出さないでください。今日はここに泊めてください」


「イヤだ。なんで泊めなくちゃならない。なんの得が俺にある」


「それじゃ、これはどうですか?」


 そう言って、彼女は俺の手を取ると、自らのそのたわわに押し当て、追撃のようにこう言った。


「好きにしちゃって、いいですよ」

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