第5話「滝沢百合という名のアイドル」

眠りから覚めると、再び僕は買ったシングルレコードをひらすら聴いた。聴きながらジャケットも眺めていると、石川店長の言った通り、CDよりサイズが大きい分だけ所有している喜びが有る・・というのがなんとなく分かってきた。また、レコードによっては中に写真が入っていたり、裏に歌詞だけでなく曲の譜面が書いてあったり、ファンクラブの案内やシングル発売当時新譜であったであろうアルバムの宣伝も掲載されていて面白い。


一通り買ったレコードは聴いてみたはず。カーペットに散らばったレコードを眺めながらそう思っていると、あるレコードが別のレコードの下から僅かだけ覗かせていることに気付いた。手に取ってみると、それはなんとなく買ってしまった滝沢百合のシングルレコード「踊り続けて(Keep On Dancin')」だった。


「そっか、これまだ聴いてなかったな」


レコードを取り出し、プレイヤーに乗せて再生。勿論45回転だ。しばし無音の後、80年代中盤らしい硬質のドラムの音が鳴り響き、煌びやかなシンセサイザーの音色がカラフルな音世界を作り出していく。サウンドからして、確かリック・アストリーとか、カイリー・ミノーグ辺りのユーロビートが原曲だと伺える。荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」とか、Winkの「愛が止まらない」にも雰囲気が似てるかな。


<何色ものスポットライト 私の体に降り注ぎ


ディスコのビートだけが 退屈しのぎ


揺れるトライアングルのピアス 夜を彩って


ダンスフロアに誘惑の視線


Keep On Dancin' Keep On Dancin'


今はただ踊っていたい


Keep On Dancin' Keep On Dancin'


永遠に思える 一瞬が大事なの>


ジャケットのビジュアルに反し、高めだが艶の有る声。音程が若干不安定だけど、声量はそこそこで、勢いで歌いきる所がそれはそれで魅力的に聴こえる。当時の流行にやや安直に乗った感も拭えないけれど結構良いと思った。親しみ易いメロディーは、外国産といっても日本の歌謡曲と形容しても違和感無さそうで、当時のユーロビートが日本のアイドル中心に数多くカバーされていたのもなんか分かる気がした。<君が微笑めば 暗闇に満ちた世界に光が差すよ>的なありがちJ-POPの歌詞じゃないけれど、こんな感じの曲が流れるとこの冴えない部屋もミラーボール煌めくディスコに様変わりだ。


曲が終わり、今度はレコードを裏返してB面を聴いてみる。曲名は「クワイエット・ララバイ」か。マイナーな歌手のB面だから、割と手抜きな曲なんだろうな。それにしてもララバイなんて単語、今のJ-POPだとなかなか聞かないし、80年代らしい言葉のチョイスだな。


裏返ったレコードに再び針が落ちる。無音が続く数秒に、それなりの諦めとごく小さな期待が入り混じる。それから80年代中盤らしい、今でも聴く電車の発車メロディに近い音色のヤマハDX7らしきキラキラした音色のイントロが始まった。ん?これは意外と・・。


<朝の出口も見えない 眠れぬ丑三つ時は


ささやかな希望さえ 湧かなくて


目が合うような 合わないような


すれ違っただけの昼間のあなた


心荒らしている


窓向こうの夜空 うるむ瞳に流れ星


願いを託して


どうか 壁を超える勇気をください


あの人に想いを 告げる為に


淋しい私に そっと聴かせて


眠りへ誘(いざな)う


真夜中のクワイエット・ララバイ・・>


先程のA面曲と打って変わって、こちらはややスケールが大きめの叙情的なバラードだった。彼女の声質も曲に合ってるし、その丁寧な歌い方も、水を得た魚の如く滑らかにメロディーを汲み取っていく。AメロからBメロへの流れも滑らか且つ自然で、サビにはストリングスも加わることで80年代ならではのロマンチックな世界観が広がっていく。適度にエコーが効いた感じが、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している気もする。こんな良い曲を歌える良い歌手が居たなんて。むしろこちらをA面にしても良かったんじゃないか?


窓には曲とマッチしそうな夜空がいつの間にか写し出されていた。

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