第4話「レコードを聴いてみよう」

次々ぺらぺらとシングルレコードをめくって、13,14枚目辺りだったろうか。あるシングルレコードのジャケットが目に飛び込んできた。つば広帽子を被りシックなドレスに身を包んだ、やや華やかな綺麗系の若い女性。中山美穂や、河合その子、山本理沙系統と言えば良いかな。髪は黒のストレートロングでコーデは黒で統一されており、同じく黒いサテングローブをはめた両手で帽子のつばを掴んで微笑んでいる。文字のフォントやジャケットの雰囲気からしてバブル、もしくはそれより少し前の85,6年辺りに発売されたレコードだろうか。A面は「踊り続けて (Keep On Dancin' )」という曲で、外国人作詞作曲に日本語訳の日本人の作詞家の名前が加わっていることから洋楽カバーと思われる。「ヨントリー メロンソーダ スマッシュ CMソング」とも書いて有る。


ジャケットに表示されている名前は、滝沢百合。初めて聞いた名前だ。英語の筆記体で書かれた「Yuri」という表記もちょっとオシャレで、「Y」の部分はハートにも見える。思わずジャケットの彼女と目が合う。言葉で言い表わすのは難しいが、何かが自分の感性にじわじわと訴えてくる。確かに割と好きなタイプだからかもしれないけど、自分が買わないと、聴かないといけないような必然性という名の縄が、キリキリと僕を縛り付けてくる感覚が有る。ペットショップの動物にじっと眺められて購買意欲をそそられている客の気分が少し分かった気がした。数分後、この曲含むレコードは、僕の両手が抱えるレコードプレイヤーの箱の上に乗せられた「石川レコード店」と書かれた袋の中で揺れていた。




家に帰り、部屋を掃除するついでにスペースを確保すると、早速先程買ったスピーカーやアンプ等が一体になった、初心者向けのレコードプレイヤーを説明書と戦いながらセットする。うん、部屋を彩ってくれるというか、オブジェとしても映える。とりあえず、一緒に買ってきたシングルレコードを聴いてみよう。最初に手に取るのはジャケットのインパクトが強烈だった、郷ひろみ「裸のビーナス」。作詞作曲を手掛けたのはそれぞれ岩谷時子・筒美京平で、初期ひろみを支えた名コンビ。手に取って驚いたのは、ジャケットが長く、上半身だけでなく全身が写っているピンナップ仕様だという事。ゆっくりレコードを取り出し、プレイヤーにセット・・するはずが上手くいかない。そうだ、シングルを聴くにはEPアダプターが必要なんだった。


気を取り直して、アダプターを真ん中の部分に取り付け、電源を入れ、フックを外す。バーが滑らかにレコードまで滑り、少しだけ無音の状態が続く。CDには無い、この緊張感は独特だ。そして、待ち望んでいた印象的なギターとストリングスのユニゾンのイントロが流れ、「あ~」という爽やかな声が所々に挟まれる。それからホーンが合流し、歌が入る。しかし、声が妙に低く野太い。郷ひろみってもうちょっと高い独特の声じゃなかったっけ?ちょっとピーターっぽいぞ。


この違和感はなんだ。買ったレコードの質が悪かったのかな。それとも、別の人がいたずらで録音したレコードだったり?買うレコードを間違えた・・と思い一瞬後悔したが、調べてみると回転数を33回転にして再生していただけだった。そう、このようなシングル盤、所謂ドーナツ盤を聴く時は45回転の速度が正しく、アルバムを聴く時は33回転が正しいんだ。


回転数を変え、改めて聴いてみる。前述のイントロが終わると、あの紛れもない郷ひろみの唯一無二の声が聴こえてきた。よし!やっと上手く聴けたぞ!思わずガッツポーズをしてしまう。歌と演奏にちゃんと心を傾け聴いてみると、CDにはない音の厚み、太さがなんとなく素人の耳でも伝わってくる気がした。CDのはっきりした音質も良かったけど、レコードには独特の温かさが有るような。そんな事を考えながら、僕は心地よい音が満ちた部屋で眠りに落ちていった。

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