第6話「B面曲を広めよう」

「クワイエット・ララバイ」を聴いて以来、僕はこの曲を狂ったように何度も聴き続け、そしてそれを歌った滝沢百合にも興味を持ち始めていた。この曲この歌手はどれ位一般的に知られているのだろう?当時どれ位売れたのだろう?テレビ番組にはどれ位出ていて、今も活動しているのだろうか?そういったあらゆる疑問や好奇心が、僕に行動を急かしていた。


まず一番にネットで滝沢百合を検索してみる。Wikipediaが存在しなければ、公式サイトもブログも、ファンサイトも見つからない。ヒットしたページを一つ一つ見てみると、レコードの通販のページだったり、楽曲のデータベースのページで、それらをとりあえず参照してみると、このシングル盤はおニャン子が席巻していた辺りの1986年11月発売で、他にシングルやアルバムを発売したという情報はない。1枚だけのシングルを発売して消えたアイドルか。他にも「踊り続けて」「クワイエット・ララバイ」で検索したり、名前を画像検索しても前者は何もヒットしないし、後者ではシングル盤のジャケットがずらっと並ぶだけ。当然の如く動画も無し。謎の多さと、それに伴う彼女の知名度の低さにやや辟易しつつ、「なんでこれだけの良い曲を世間は知らないのか」という、悔しさや勿体なさも湧く。


同姓同名の別の方のホームページやSNSもヒットするので、今度は「滝沢百合 80年代アイドル」で検索する。やはり先程のページがヒットする。しかしそんな中、「80sアイドル歌謡ナイト」と書かれたページがヒットしたので早速クリックすると、数年前新宿二丁目のクラブで行われたイベントで流れた曲のリストが公開されており、聖子&明菜は勿論、河合奈保子やら松本伊代やら本田美奈子やら少年隊やらに混じって滝沢百合の「踊り続けて」が流れていたらしい。掲載されている写真には一見ヒゲを生やした強面だったり雄々しいビジュアルの男性だけど、振りや表情に絶妙に艶めかしさやたおやかさが浮き出ている人達が、楽しそうに踊っている姿が写し出されている。セクシャルマイノリティの人達はこの頃のアイドル好きが多いと聴いたことが有ったけど、やはり本当だったんだ。


続いて掲示板で話題にしている人はいないかと「滝沢百合 80年代アイドル 掲示板」で検索。唯一、80年代アイドルを語るというそのまんまなトピックの掲示板がヒットし、書き込みを見る。


<滝沢百合って知ってる人いるかしら?結構綺麗で歌もそこそこだったんだけど、1枚のシングルだけ出して消えた子。A面はイギリスのステファニー・マイルスのカバーで、それも盛り上がるんだけど、B面「クワイエット・ララバイ」が凄く良い曲なの。知られてないのが勿体ないわ>


この書き込みが、僕にとっては嬉しかった。何かについての魅力を自分しか知らない、というのもそれはそれで良いかもしれないが、本当にその状態では寂しすぎる。書き込んだ人は誰だか分からないけど、自分と同じことを思っている人がこの世界にもう一人居る事実が、心に微風を通らせた。おまけに、A面の原曲を歌っているのが誰なのか判明したという収穫まで得られた。


そうだ、この曲をもっと世間に広めよう。今この曲の良さを知っているのはネットの海においては僕とこの人だけだけど、自分が何らかの形でこの曲を発信出来たら、同じように良いと思ってくれる人達も増えて、滝沢百合という歌手にもスポットライトがちゃんと当たるだろう。そう思った僕は早速、レコードの音源を動画サイトに投稿してみることにした。一応A面「踊り続けて」も一緒に。


本当はレコードとプレイヤーをパソコンに繋げ、取り込んだ曲を投稿するのが一番スマートな方法なんだろうが、そのやり方を調べるのも実践するのもやや面倒くさかった僕は、とりあえずデジカメと三脚を用意。そしてそれで曲をレコードで再生している所を撮影、それを動画としてサイトに投稿した。サイトのアカウント名はmasato0812。自分の名前に誕生日の4桁を加えたものだ。動画にはレコードを再生しているプレイヤーと、その脇に添えられたレコードジャケットが映っている。これでよし、と。

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