君は俺の推し!

飯田太朗

こんばんは。篠生しのです。

「皆さんこんばんは。篠生しのうしのです。今週もお疲れ様でした。今夜はゆっくりしていってくださいね」


 さて、そういうわけで。

 朗読を開始する。二千円で買ったヘッドセットに、鼻息がかからないよう注意しながら声を入れる。


 私は朗読や歌といった声の活動をしていた。活動場所は動画配信サイト。自分の声の録音を編集して、フリー素材を使ってそれっぽいスライドを作って放送する。たまにLIVE配信することもある。人気は……それなり。いつも聴きに来てくれる人が十人くらいいる。その中にイラストレーターをやっている人がいて、私のアイコン画像にはその人が描いてくれた女の子が使われている。著作権フリーとのことで、私はこっそり、キーホルダーとか、スマホケースとか缶バッチとか、グッズを作っている。売るわけじゃないけど、自分用に。アイコンの女の子は「しののん」と名付けている。


 そんなネットでの姿がある私だったが、リアルでもネットでも、どっちかというと大人しい印象、だと思う。声が細くて高いから、きゃぴきゃぴしたキャラクターには向いてない。それにそういう人になりたいとも思わない。私は例えば、教室の端っこでひたすら本を読んでいるような、そんな「景色の一部」になりたい。でもね、ほら、景色の中にも音ってあるでしょ。風の音、川の音、虫の音。私はそういう音になりたい。だから声の活動をしている。


「篠生しの」は私が私らしくいられる唯一の場所。土日の夜。家族も寝静まった時間を見計らって、朗読をする、あるいは、平日学校帰りにカラオケボックスに一人で行って、リクエストのあった曲を数曲選んで、歌う。録音した音声を編集して、金曜日の夜八時にアップする。


 そういう活動をしていること以外、私は本当にクラスの中でも目立たない子というか、いわゆる陰キャというやつだと思う。女子のグループにもちゃんと入れてないし、しゃべってくれる人はいるけど特別仲のいい人もいない……はずだった。


 ある日の昼休み。私のスマホに連絡が来た。クラスの連絡網だろうな、と思ってみてみると、なんと私個人宛のメッセージだった。しかも、送り主が。


 柳楽裕くん……。


 クラスで一番の人気者だ。男子のグループでも女子のグループでも大人気の、まさにクラスの中心。いや、クラスどころか、学年に彼のファンクラブがあるくらいとてつもない「モテ男」。そんな柳楽くんが私に個人メッセージ。何事だろう、と思っていると……。


〈いきなりごめん。でも話したくて。放課後、多目的教室来れる?〉


 放課後、恐る恐る多目的教室に行くと柳楽くんが一人いた。私は彼を変に刺激しないよう、息を止めながら近寄った。と、いきなり言われた。


「実は、その……好きなんだ!」

「……は?」

「いや、だからその、好きなんだ!」

「えっ……はっ?」

「俺なんかじゃその……釣り合わないかもだけど、よかったらこれから……」

「いっ、いやいやいや……」


 いたずらだ。

 直感的にそう思った。

 クラスで浮いてる私に嘘の告白をして舞い上がらせる。そうして恥ずかしいことをさせたり言わせたりしてからかう。そんないたずらだと思った。だから私はすぐに、「ごめんなさい!」と告げて多目的教室から飛び出した。ちょっと、泣きそうだった。いくら私だからって、やっていいことと悪いこととあるんだから。そう思いながら、下足室へと駆けていき、自分のロッカーを開けた、その時だった。


 パサっと何かが足元に落ちた。咄嗟に拾い上げる。封筒だ。そして書かれていた名前を見てビビる。


えんじゅ灯麻とうまより〉


「えっ、えんじゅ……」

 声に出る。その子は学校でもかなり有名な子だったからだ。


 槐灯麻。通称「鬼カワ王子」。私の一つ下の一年生で、入学当初から大人気だった男子。何でもあるファッション雑誌のモデルもやっているとかで、顔もスタイルもとにかく抜群というか、そもそも放つオーラが違う。


 そんな子から、手紙……。


 おそるおそる開ける。すると、そこには。


〈いきなり手紙を送ってごめんなさい。でも僕、先輩のことが好きなんです。よかったら僕と仲良くしてください!〉


「いっ、いやいやいや……」


 何だこれ。何なんだこれは。悪い夢か。私寝てるのか? 思いっきり頬をつねってみたが痛いだけで……っていうか本当に「頬をつねる」みたいな場面あるんだな。典型的すぎて自分でも笑っちゃ……。


「おう」


 いきなり背後から声をかけられびっくりする。振り返る。


「あっ、拓海お兄ちゃん……」


 私の背後に立っていたのは拓海お兄ちゃんこと東雲拓海だった。小学生の頃からの知り合いで、一つ上の三年生。いや、幼馴染と言ってもいいのだろうけど、小学生の頃登校班が一緒だっただけで中高ではまともに会話もしたことないし、私なんかがバスケ部のキャプテンで人気者である拓海お兄ちゃんの幼馴染を名乗ると色んな方面から攻撃されそうで……。


「なぁ、ちょっといいか」

 ……嫌な予感がする。

「大事な話なんだ」


「あっ、いやっ、そのぉ、私ほら、お腹が……」

「何だ。体調悪いのか」


 拓海お兄ちゃんがぐっと近づいてくる。


「大丈夫か。家まで送るか?」


 身長百八十(推定)の先輩男子がぐっと屈んで私の顔を見る。やばいやばい。色々やばい。この状況がやばいしこの状況を誰かに見られるのもやばいしそもそも柳楽くん槐くんと並んで拓海お兄ちゃんまで来るのもやばいし、っていうか私何でこんな、私何かした? 


「だっ、大丈夫ですっ!」


 うのていで逃げ出す。しかし私の腕をごつごつした手がぐいっと掴んだ。必然的に……っていうか無理矢理? 振り返ることになる。


「俺、気づいてなかった」

「……は?」

「こんなに近くにいたんだな」

「は?」

「俺……」

「いやっ、いやいやいや……」

「なぁ、今夜お前んち行っていいか」

「いいいいい家?」

「だめか」

「こっ、困りますっ」

「そうか」

 目に見えて凹む拓海お兄ちゃん。するとお兄ちゃんの背後から女子の声が飛んできた。

「どうしたんですかぁ、東雲せんぱぁい」

 拓海お兄ちゃんはがっかりしたような顔になった。

「またな」

 ようやく、解放される。

 帰り道。私は混乱する。

 もう、何なの。何。私何かした?



 翌日。

 びくびくしながら登校した。もし、柳楽くんと話しているところを女子の誰かに見られていたら。槐くんから手紙をもらったこと、拓海お兄ちゃんに触れられたこと、誰かにバレたら……女子から向けられる嫉妬を考えただけでゾッとした。私の人権、なくなるんじゃないか。


 対策として、私はいつもより早い時間に登校した。誰よりも早く学校に着いてしまえば、教室に入った途端誰かに連れ出されたり、机にいたずらされたりすることもない。そう思ってできるだけ早く学校に行った。


 しかし教室には柳楽くんがいた。入り口で固まる私。


「えっ、何で……」

 と言いかけた私に、覆いかぶさるように。

 柳楽くんが私の口を手で塞いだ。あまりのことに体が固まる。しかし柳楽くんは、ぐいっと私の手を引っ張って教室に連れ込むと、しゃべりだした。


「ずっと、話したかった……何で気づかなかったんだろう。君の声を聞くと、心がおかしくなる。だから何も言わず聞いてくれ。俺は……」


 と、話の途中でいきなり教室のドアが開いた。

 終わった……誰かに見られた……。

 そう思った時だった。


「先輩!」


 槐くんだった。


「何やってんすか!」

 柳楽くんに食ってかかる槐くん。もう何なのこれ。何が起きてるの。

「この人が誰か知ってるんすか?」

 ほとんど柳楽くんにつかみかかる勢いの槐くん。しかし柳楽くんも負けじと応じる。

「知ってるさ。俺のお……」

「おい、騒がしいぞ。何やってるんだ」

 ひょい、と教室に拓海お兄ちゃん。もうやめて……やめてよぉ。


 しかし混乱する私をよそに、集まった男子三人は何か通じ合うところがあったのだろう。急に目線を交わすと、何やら意味ありげな微笑を浮かべ、それから私のところへ近づいてきた。


 えっ、何。今度は何。三人揃って何。微笑んで何。もう何なの。私どうなるの……。


 じりじりと後退ったがすぐ掃除箱にお尻がぶつかった。逃げられない。そして迫りくる三人の男子。私は震える。


「おっ、お金でしたら出しますからどうか……」


 しかし三人は、私のこの発言に対し顔を見合わせると、何がおかしいのか急に笑い出した。柳楽くんがつぶやいた。


「いや、お金出したいのは俺の方」

「あ、それ自分も思ってたんすよね。自分課金厨っていうか」

「なるほど課金か。課金して特別なコンテンツが聴けるなら俺も課金したいな」


 は? 

 私は顔を上げる。すると三人がにっこり笑ってポケットに手を入れた。


 そして、じゃーん、と見せてくる。

 手にあったのはキーホルダー、スマホケース、缶バッチ。そのどれにもデザインされているのが。


「えっ、嘘。しののん?」

「そう。しののん」


 私のアカウント画像に使われている女の子だった。そしてようやく思い至る。


「もしかして、私の声の活動……」

「そ!」柳楽くんが微笑む。

「先輩、俺の推しなんすよ!」槐くん。

「まさか自分の家の隣に推しがいるとはな」拓海お兄ちゃん。


「え、何で分かったんですか?」

 私が訊くとまず柳楽くんが答えた。

「国語の授業の朗読」

 次に槐くん。

「先輩のスマホケースにしののんが。篠生しのさん、『自分用にグッズ作った』って……」

 そして拓海お兄ちゃん。

「隣の家から聞こえてくる朗読と俺が聴いてる朗読とが完全に一致してて……」


「えっ、じゃあ、『好き』って……」

 そう! と男子三人が微笑む。


「君は俺の推し!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君は俺の推し! 飯田太朗 @taroIda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ