ふたりの推し活【KAC20222・推し活】

カイ.智水

ふたりの推し活

 僕の彼女は地下アイドル。僕はただの相撲取り。

 一見なんの接点もなさそうだが、実は中学時代の同級生なのだ。

 今日も彼女が所属しているアイドルグループ・ホワイトナイトのライブにやって来た。もちろん部屋には内緒である。

「きらりちゃ〜ん!」

 ホワイトナイトのセンターである山岡きらりは、そこらのアイドルよりも人気があった。おそらくグッズ売上はメジャーアイドルにも匹敵するだろう。

 まさにきらりのためのアイドルグループなのだ。

 ステージに現れたホワイトナイトは七人組ユニットで、さっそく代表曲『今日も晴れるや』のイントロが流れる。

 歌いながらフォーメーションを変え、彼女が僕の前にやってきた。青空みくるはつねに全身を駆使して精いっぱいのダンスで聴衆にアピールする。いつでも必死な姿を見ていると、僕も毎日の稽古を頑張らなければと力が湧いてくる。

「みくるちゃ〜ん!」

 彼女への掛け声も大きいものだ。きらりには負けているが。だからといって僕は声をあげられなかった。声が大きすぎて掛け声をしたら出入り禁止にされかねないからだ。初めのうちは会場スタッフと揉め事になったこともある。

 僕は声をかけられないけど、この人並み外れた体格で、彼女は僕がライブに来ていることを知っているのだ。



 ライブが終了し、僕たちはその後握手会の会場へと移動する。

 新型コロナウイルス感染症がようやく終息し、久しぶりに握手会が開催されることとなったのだ。まだ衝立とマスクと消毒液は欠かせないが、それでも久しぶりに彼女と握手できることを心待ちにしていたのだ。

 並んでいるファンたちが僕に気づいた。

「板場山さん。今日も目立ってますね」

「まあこの体ですから」

「稽古って朝早いって聞きますけど、この時間まで起きててだいじょうぶですか?」

 まあ一般にはそう思われているよね。

「朝稽古は確かに早いんですけど、そのあとちゃんこを食べて寝ますから。少しくらい徹夜しても問題ありませんよ」

「でも先場所は負け越しでしたよね。もっと稽古を積んだらどうですか?」

「まあ稽古だけをして勝てるものでもありませんし。少しは気分転換もしないと」

 そうこうしているうちに僕の周りに人が集まってきた。握手会の開始はもうじきだけど。

「やっぱり突き押し一本で戦うのって、不利じゃないですか?」

「僕も組めるなら四つに組みたいんだけど、力士の中じゃ僕は体が小さいほうなんです」

「それなら組んだ瞬間に相手の横か後ろにまわって、そこから押し込めばいいんじゃないですか?」

「それ、親方にも言われてます。真正面からの押し相撲向きの体じゃないからって」

「お前、相撲の親方をやったらどうなんだ、コウジ」

「無理無理、俺、朝弱いもん。稽古の立ち会いなんて向かないって」

 皆とこうやって話すのも久しぶりだ。前回の握手会は3年前で、僕はまだ駆け出しの序二段だった。でも今は十両まで来ている。幕内だってもうじきだ。

「板場山さん、私たち応援していますからね。なんたってホワイトナイト・ファンの顔なんですから」

 笑い声があちらこちらから湧き上がる。

 場内アナウンスが流れてきた。

〈ただいまより握手会を開催致します。皆様整理券の順番にお並びくださいませ。握手の前にアルコール消毒を行なっていただきます。新型コロナ対策にご協力くださいませ〉

「それじゃあ板場山さん、時間があったらまたあとでお話聞かせてくださいね」



「板場くん、久しぶりだね。握手会に来てくれてありがとう」

 僕は青空みくると握手していた。彼女の本名は山本みくる。以前聞いた話だと名前がありきたりだからと「青空」を芸名にしたらしい。

「山本さん、今日のパフォーマンスとってもよかったです。あの動きを見ていると、僕もあのくらい軽快に立ち向かわなくちゃって思います」

「板場くん、そこツッコんでいいのかな?」

 三年前と変わらずキュートな笑顔だ。

「山本さんはアイドルをやっていてツライな、とか感じたことはあるのかな」

「あるに決まっているじゃない。でも私だっていちおうプロよ。必死にもがいていてもそれをおもてに出そうとは思わないわね」

 なるほどプロとはそういうものか。

 そんなとき小さなブザーが鳴った。

「板場くんごめんね、もう時間だよ。よければ終了後に家まで送ってほしいんだけど」



 会場から外へ出ると係員がやってきて、一時間後まで待っていて欲しいと伝えられた。

 それまで退屈はしなかった。僕の周りにはまた人集りが出来たからだ。

 十両に上がってこれなのだから、幕内、三役になったらどうなるんだろうか。

 今までのように気楽にライブへ来るなんてできないのだろうか。

「板場山さん、ちょっと立ち会いを見せてくださいよ」

 プロレスラーの武田くんがやってきた。プロスポーツを選んだ彼も、今やホープと呼ばれるほどに人気を集めていた。

「いえ、しかしこの場所では……」

「いいんですよ。私も一度は板場山さんの突き押しを体験したくてね」

「おお! 板場山と武田の真剣勝負だ!」

「ははは、立ち会いだけですよ、立ち会いだけ」

 武田くんはきらりファンの筆頭で、よく武田対板場山できらりとみくるの代理戦争だ、なんて持て囃されたものだ。それすら三年前の出来事である。

 ジャンパーを友人に預けた武田くんは、足をどんと構えて胸を貸すように手を広げた。 

「立ち会いの突き押しは受け止められたりかわされたりしたら、そこで打つ手がなくなってしまうぞ。だから俺は君の立ち会いをどうにかしてかわすよ。そうしたら俺のベルトを横か後ろから取るんだ」

「ですが、立ち会いは全力でぶつかるので急に向きを変えるなんて──」

「そうじゃない。立ち会いでかわされたらまず手先だけでいいから相手のまわしを取りに行くんだ。相手は君の突き押しを警戒している。だから相手も避けようと思ったら全力で回避するしかない」

 武田くんのその言葉で気づいた。

「そうか。僕が立ち会いに全力をかけるように、相手も僕から逃れようと全力で避けている」

「そのとおりだ。であれば勝敗を分けるのは二の矢三の矢をいかに早く撃てるかにかかっている」

 よし一時間体を温めるつもりで挑戦してみよう。そして早く幕内へ入れるだけの戦い方が身につくかもしれない。

「わかりました。武田くん、胸をお借りします!」

 そうして一時間、彼を相手にベルトを掴む特訓に励んだ。



「板場くん、お待たせ」

 暗い中、山本さんが小走りにやって来た。

「ずいぶんとにぎやかにやっていたみたいだけど、なにかあったの?」

「あ、山本さん。実はプロレスラーの武田くんと鬼ごっこをしていて」

「実はきらりちゃんにお願いしていたの。武田さんに板場くんの弱点を克服させてくれないかって」

 それで武田くんのほうから近寄ってくれたのか。同じ地下アイドルグループのファンであっても、推しが違うと接点なんてあるようで意外とないんだよな。

「どうだった?」

 興味津々な目つきで顔を覗き込まれる。

「大きなヒントをもらいました。これが活かせたら、僕の相撲ももっとバランスがよくなるんじゃないかって。それで武田くんから次の試合のチケットをもらったんです。僕くらいの体格だと、相撲取りの戦い方より、プロレスラーの戦い方のほうが合っているはずだって」

「でも板場くんは横綱を目指しているのよね?」

「そうですね。角界に入ったからには頂点である横綱まで極めてみたいです。山本さんも、芸能関係に入ったってことは、目指すはメジャーアイドルなんですよね?」

 山本さんの表情が若干曇った。

「最初はそう思っていたんだけど、メジャーでせわしなく活動するより、地下のほうが気楽でいいのよね」

「それは違うと思います。僕が角界で横綱を目指すように、山本さんも芸能界でメジャーを目指すべきです」

「板場くん……」

「僕は武田くんからやる気をもらいました。次は山本さんがきらりさんからやる気をもらわないと。彼女、メジャー移籍が決まったって聞きましたよ」

「でもそうなると、今までのように気楽に握手会に来てもらうわけにもいかなくなるし」

 僕はにんまりとした顔を浮かべた。

「かまいませんよ。僕は山本さんがアイドル活動しているのを見るのが好きなんです。最高のステージで輝いている姿が見てみたい」

 山本さんは俯いた。

「それじゃあ、勝負しない?」

「勝負、ですか?」

 彼女はひたむきな目つきだ。

「そう。私がメジャー移籍するのが先か、板場くんが幕内に入るのが先か」

「で、勝ったらなにかいいことがあるんですか?」

「そうね。お互い、相手のファンクラブ会員第一号になるっていうのはどうかしら?」

 なるほど。そういう目標もありかもしれない。

「わかりました。それじゃあその勝負受けて立ちます。絶対に山本さんをファンクラブ会員第一号にしてやる」

「私も負けないわよ」


 互いの推し活がふたりを高みに連れていき、そして一気に押し勝つ相撲で横綱まで上りつめるんだ。



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