Vtuber――絶望の底なし沼へようこそ

令和の凡夫

Vtuber――絶望の底なし沼へようこそ

 俺はVtuberブイチューバーにハマった。


 VtuberとはバーチャルYouTuberの略語で、2Dや3DCGのキャラクターをアバターとし、インターネット上のメディアで動画投稿や生放送などの配信活動をする人のことである。


 元々、アイドルへの興味などまったくなかったのだが、このVtuberはなかなかどうして、俺の心を鉤爪かぎづめでガッシリつかんで離さなくなってしまった。


 その魅力を語ればキリがないし、ついつい評論やエッセイのようになってしまう。

 例えばこういう感じで、列挙が止まらなくなる。


 ・YouTube上で毎日会うことができる。

 ・Live放送でコメントとコミュニケーションを取るので距離感がすごく近い。

 ・容姿が絵であるため、個性が豊富で、容姿が美麗で、表現も応用の幅が広い。

 ・ゲームの実況配信が多く、ゲーム好きに刺さる。

 ・その人の地が出やすく、建前に縛られない俗っぽい話もできる。

 ・歌がうまい人が多いし、歌枠は友達とのカラオケ感覚で視聴できる。


 いかん、いかん。これくらいでよそう。これは論評ではないのだ。


 そういうわけで、この俺も見事にVtuberにハマったわけだ。

 そして、その中でも最推しなる存在ができた。

 

 《鈴音ミーア》


 猫をモチーフとしたVtuberだ。鈴音でスズネと読む。

 おそらく名前のミーアはミーアキャットから取ったのだろう。

 ミーアキャットはネコもくではあるけれども、マングースだよ……。


 それはともかく、俺は鈴音ミーアにハマった。その魅力を語りだすと止まらなくなる。


 ・配信頻度が高く、ゲームがうまいので見ていて飽きない。

 ・コメントを頻繁ひんぱんに拾ってくれる。

 ・とにかく猫のガワがかわいい。

 ・声が良いし、歌もうまい。

 ・ユーモアがあるし、とても人柄がいい。

 ・歌手としてメジャーデビューする夢があり、ひたむきに努力している。


 いかん、いかん。これくらいでよそう。これは論評ではないのだ。


 毎日同じ時間に鈴音ミーアを視聴する日々。

 仕事でヘトヘトになっても、彼女を見ることでいやされ、また明日も頑張ろうと思える。


 そして、俺は鈴音ミーアにガチ恋というやつをしてしまった。

 恋に落ちたのだ。


 俺の本格的な推し活が始まったのはそこからだ。

 最初にスーパーチャット、いわゆるスパチャを送ったのは誕生日配信だった。スパチャはお金を送ることでコメントを目立たせる機能。景気良く1万円をポンと送って「おめでとう」の言葉を贈った。


 そこからタガが外れたように通常配信でもスパチャを送りまくった。おそらく合計で100万円には達しているだろう。

 すべては彼女の夢を応援するためだ。

 彼女が念願のメジャーデビューを果たしたあかつきには、「彼女は俺が支援した」と後方腕組みプロデューサー気取りでのたまうのだ。


 生活費の余剰分と仕事終わりの余暇よかをすべて鈴音ミーアにささげる日々が続くこと一年。

 界隈にも詳しくなった俺は、あることがふと頭をよぎった。

 ミーアちゃんにも前世ってあるのだろうか。中の人の顔とか年齢とか知りたいな。


 俺は調べてしまった。

 それは禁断の扉だった。


 ミーアちゃんにも前世なるものがあった。

 日本の動画サイトでけっこう有名だった歌い手で、スズランというらしい。

 推定30歳。俺より年下だ。

 顔も出ていた。かなり可愛い。もちろん、どんなにブサイクでも冷めない自信があったが、良い方向に予想を裏切られた。

 そこまでは良かった。


 スズラン、彼氏バレ問題!

 Twitter上での公開ラブラブ・チャット。

 お相手は同サイトで人気な踊り手さん。


 その記事は俺を絶望のどん底に突き落とした。

 たとえ彼氏がいても推し続けると決めていたのに、現実を突きつけられると、こうも打ちのめされてしまうとは。

 正直な話、何かの拍子に結婚でもできないかなぁ、などとも考えていた。これだけお金をつぎ込んでいることだし、まったくない話ではないのではないか、と思っていた。


 その後、ネットの掲示板であれやこれや調べていると、転生後の鈴音ミーアとなっても、その彼氏とはずっと関係をたもち続けていることが分かった。それどころか、現在は同棲までしているらしい。

 いわゆる匂わせ写真なるものが次々と出てくる。

 おそろいのマグカップ、同じ床の模様、同じ日の旅行ツイート。


 ああ……。


 大きなため息を一つ吐き出すと、俺は両手で頭を抱えてしまった。

 そしてツルツルの脳みそで、あれやこれやと考えを巡らせる。


 推し活を始める前に前世を調べるべきだったのではないか。

 いや、夢に向かってひたむきに努力する姿にかれたのだから、間違ってはいなかったはずだ。

 だが、この精神ダメージは何だ? 自覚していなかっただけで、これが本心ではないのか。

 分からない……。

 いや、そうじゃない。本当は分かっているが、認めたくないだけだ。


 くそう……。

 くそおおおう!


 応援し続けたいが、俺には無理だ。

 いまでも夢は叶えてほしいと思っている。だが、もう俺には支援できない。

 がたい。ああ、度し難い。


 アイドルヲタクのことを豚とはよく言ったものだ。

 目の前に出されたら何でも食べる雑食の豚のように、俺は新たなるVtuberの発掘にいそしむのであった。

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