異世界令嬢の禁断の推し活

紫風

異世界令嬢の禁断の推し活

 私は、公爵令嬢 ラミーナ・ベルルイユ・ド・シェイワ。

 というのは、生まれながらの名前ではない。

 夜道でトラックに轢かれるが、轢かれた時の記憶はなく、気が付いたら小説世界に転生していた。というアレである。

 誰からも愛される健気な下級貴族出身の少女がヒロイン。王子をはじめとする、様々な身分も財力も能力もある顔面偏差値の高い男性たちを魅了して、王子とゴールイン。ヒロインを苛めていた、王子の婚約者は処刑。

 といった、ヒロインには高笑いしか出てこない内容ではあったのだが。


 私がラミーナに憑依したからには、そうはさせないと、私は頑張った。

 中に入ってみると、ヒロインは実はとても腹黒い性格をしていて、低い身分にコンプレックスを持っていた。そのため、高い身分のラミーナに目を付け、彼女の社会的地位を失墜させた上に王子を横取りしようと画策していたのだ。

 ヒロインのウソを暴き。浮気者の王子とは婚約解消。もちろん、元凶と切れたわけだから、処刑もなし。

 有り余る財力と、才覚。ヒロインの取り巻きだった男性たちも、今はこちらを向いてる。


 しかし。しかしだ。


 こちらの世界に来てから色々あったが、何不自由なくだらだらと優雅に過ごせている生活に、ちょっとした不満があった。

 それは、文明社会じゃないってことだ。


 もちろん、他にも気になることはある。元の家族のこととか。

 それもそうなんだが。


「あの日、なんで轢かれたかっていうと、推しのライブチケット取り連打してて、周りなんか見てなかったからなのよね~」

 歩きスマホはやめましょう。

 被害者は確かに被害者なんだけど、加害者になってしまったひとのことも考えようね。

 ともあれ、そこまでして行きたかった推しのライブ。

 ただのライブではない。何故なら推しは、実在の人間ではないからだ。

 『アイドル・クリップ ~キラキラのステージをあなたに~』という、スマホゲーム。私は、その主人公でありアイドルチームのセンターでもある、りっくんを推していた。

 ゲームが人気になり、近年声優さんたちがキャラクターの代わりにライブを行うこともある。もちろん、実在のアーティストほど頻繁に行うわけではなく(それが主活動じゃないんだから、当然だよね)数年に一度、あるかないか。

 前回のライブからすると、今回の出来もかなり期待できる。

「りっくん~~~、会いたかったよ~~~~」

 (正確には、声優さんが成りきったり素だったりするのではあるが)

 ゲームの新章もそろそろ公開と予告が来ていたし。


 見たかった、新章。

 見たかった、ライブ。

 しかしここには、スマホもなければパソコンもない。

「は~~~~~~~~~~~………………」

 今だったら。

 今だったら、有り余る公爵令嬢の財力で、グッズからDVDから、それこそ『端から全部いただくわ』なのにな………………。


□▲〇


 ある日、暇を持て余していた私の前に、驚愕するものが現れた。

 なんと、パソコンが現れたのだ!

「え、………………なんで……?」

 生前の私が使っていたパソコン。なんと電源が入る!!!

 エンジニアでYouTuberでもないので、インターネットくらいにしか使ったことがない私のパソコン。

 早速インターネットに繋いでみる。

「夢かな?」

 インターネットが使えた。いったいどこのWi-fi に繋がっているのか皆目見当がつかなかったけど。


 インターネットに繋がったとはいえ、どこでもが見られるわけではなかった。

 見られるのは、『アイドル・クリップ』の公式サイトだけ。

「ま、それでもいいわ」

 公式サイトでは、最近の動きが記されていた。新章が公開されたこと、CDが出たこと、グッズの新作が出たこと……。

「新作か~……いーなー…………」

 今の自分では買えない。まずもって、通貨が違う。お届け先が異世界では、宅配業者さんも困ってしまう。

「え?」

 目を疑った。



 ダメもとで開いてみた、グッズの販売ページ。そこに書いてある値段は、こちらの世界の通貨で記されてあった。



「え~~~~~~~~~~~~~!!!!!???」

 公爵令嬢としては、はしたないレベルの声を上げてしまった。控えているメイドたちが、怪訝な顔をしている。

 落ち着け、落ち着こう。まさか、買えるわけない。買えるわけがないのだ。



□▲〇


 結局、買ってしまった。

 おそるおそる通販をしてみると、翌日には、こちらの世界でよく見た『令嬢へのプレゼント』然としたプレゼントボックスが部屋に届けられていた。

 開けてみると、注文通りのアクキー(アクリルキーホルダー)が入っていた。

 いったいどうやって?

 調べてみたところ、『飛脚』を名乗る配達業者が、私が買った物のお届けと言ったそうだ。まあ、間違ってはいない。中身も注文した通りだったし。

 公爵令嬢には日々プレゼントが届き、なおかつ自分で注文したもののお届けもある。誰も不審に思わず、令嬢の部屋に届けたようだ。


「……………………」

 買える。グッズが買えるっ!!!


 ほどなくして、私の『公爵令嬢の私室』に、グッズがずらりと並べられることとなった。

 メイドたちが見慣れないものに怪訝な顔をしていたので、専用の戸棚を作り、私しか見られないようにした。扱いが解らなくて壊されちゃってもなんだしね。メイドたちが委縮しちゃわないように、分けておくべきよね。


 赤い髪の、元気な笑顔のりっくん。

 また会えたね。



□▲〇


 そうこうしているうちに、私の推し活がバレた。

 その日届いたぬいぐるみの余りの愛らしさに、ずっと持ち歩いていたところ、友人たちが遊びに来たのだ。隠し損ねて、ぬいぐるみが彼女たちの目に触れてしまった。

 さいわい、親友とも呼べる彼女たちだったから、多少奇異の目には見られはしたが、馬鹿にされることもなく好意的に受け入れてくれた。


 公爵令嬢も、遊んでいるばかりではいられない。

 舞踏会やお茶会も、立派な仕事だ。

 と。



 今日はスペシャルなお客様がいた。

 近隣の国から来た、王子様。

 初めて見る顔。それもそのはず、この国には初めて来たそうだ。

 しかし私は、その顔に、正確にはその姿に、目が離せなくなった。


―― りっくん


 赤い髪の、人懐っこい笑顔。ゲームのりっくんとはやや違う顔だが、印象が近い。

 さすがここも小説世界だけあって、色んな髪や目の色の人が存在していたが、赤は初めてだった。


□▲〇


 他国の王族の接待も、公爵令嬢の仕事の一つ。王族やほかの公爵たちと交代で、舞踏会やお茶会の相手、街の案内などをする。

 王子は、リカルドといった。

 そんなところまで、『りっくん』なんだ。

 私は、りっくん、と呼びかけそうになるのを堪えるのが大変だった。呼びかけたら身の破滅。相手は他国の王子様なのだ。

 返事を返してくれない、二次元のキャラではないのであった。


 王子は感じのいい子で、好感が持てた。向こうも、こちらで滞在中の友人の一人に、私を入れていた。

 王子の国とこちらの国は、今のところ友好的のようだった。




□▲〇


 ある日、王子の国とこちらの国が、決裂した。

 もともとやや不穏なところのある両国で、今は小康状態なだけなのであった。

 王子は国に帰った。派手に喧嘩をして。


「いい子だったのになぁ……」

 声には出せない。


 それから、情勢はどんどん悪化して、戦争になるかという不穏な空気が流れ始めた。こんな空気の中、推し活なんて落ち着いてできない。

 こちらの国に、王子の国のスパイがいる、という話になっていった。

 王子と親しかったものがいるはず、と。

 ややあって、私を見る目がところどころで疑いの空気をまとうようになるのを感じた。



「は………………?」

 いや、待って。ちょっと待って。

 私は王子に会う前から、推し活してたから。あれはリカルド王子じゃなくて、『りっくん』だからっ………………!!!


 いや待った。通じるとは思えない。

 私、もしかして……………………………………ヤバくない……?


 せっかく処刑エンドを回避して、優雅に公爵令嬢ライフを満喫してたのに。

 私の背筋に、冷たいものが走った。


END.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界令嬢の禁断の推し活 紫風 @sifu_m

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説