二刀流
ぱんのみみ
二刀流
蝉が鳴いている。
袴も、胴あても、手拭いも、全てが汗にぬれてぐちょぐちょだった。体育館には五台以上の扇風機が回っていたが、それでも広い面積と人口密集をしたそこを冷やすにはあまりに無力だった。
日に焼けた腕で汗を拭いながら、先輩は少し困ったような笑みを浮かべる。
「すまんな。俺達がきめられてたらお前にこんな荷を背負わせるような事にはならなかったのに……」
「……いえ」
涙ぐみそうになる声を必死に抑え、笑顔を浮かべる。
「大丈夫です。自分の全力を尽くします」
「竹中……本当にすまんな……」
そう謝る先輩の向こうで二勝二敗の文字がちらついているような気がした。
三年生の先輩達はこの県大会で優勝をすれば関東大会までは部活に所属することになる。でも負ければ引退だ。
正直、うちの高校の剣道部はさほど強くない。相手は強豪校で去年も全国大会にまで出たあの各読高校だ。むしろ引き分けに持ち込む程度にはうちも善戦をしている。
ただ、それではダメなのだ。
思わず竹刀を持つ手に力が入る。
相手だって同じだろう。それでも、ずっと負け続けだった先輩達に花を持たせて見送りたいと思うのは二年生の自分の傲慢だろうか……。
休憩の終わりを告げるホイッスルが響く。
「……相手は各読高校の主将。なんでも『各読高の暗黒卿』と呼ばれてるらしい。気を付けろ……だが勝つことは考えなくていい。肩の力を抜いて、楽しんでこい」
「……! はい!」
先輩の言葉に力強く返し、対戦相手の前に立つ。怖じ気づいてはいけない。勝つと言う気概と、そして強かさこそが勝負を切り開くのだ。質実剛健に。
顔を上げる。
勝てないなどと思ってはいけない。まずは相手の目を見るべき。そう思った。そう思っていた。
相手は両手に竹刀を持って構えていた。
「………………?」
竹刀を持っている。
両手に竹刀。
つまり、二本の竹刀がこっちを向いていた。
……え? なんで??
どうして二本? なにがあったら二本?
どうしてそれでいけると思ってるんだ? て言うかなんで審判それをスルーしてるの?
挨拶が始まる。
いや、おかしいだろ。なんで二本持って蹲踞してるんだよ。よくバランス取れてるな。なんかちょっと不気味な蟹みたいだよ。て言うか審判とめろよ。おかしいだろ。なにしてんだよ。
「あれは……!」
審判がはっと息を飲んだ。そうだよ。おかしいだろ。二刀流って。なにがあったら剣道の大会で二刀流するんだよ。
「不動明王の構え……!」
「不動明王の構えってなんだよ!」
確かにちょっと似てるけど!!
不動明王っぽいけど!!
「もっと他に言うことあるだろ!! 二刀流なところとか!!」
「あ、この大会のルールブックで二刀流禁止というルールはないのでオッケーということになりました」
「おかしいだろ!! 剣道自由形とかなのか!? 水泳じゃねえんだそ!」
「でも禁止じゃないので……」
「禁止じゃなかったらなにしてもいいのかよ! て言うかそれ以前の問題だろ! スポーツマンシップとかないのかよ!」
「……自分……」
うお、びびった。
地を這うような低い声で相手の主将が言葉を紡ぐ。
「ここで負けたら、卒業なんで……」
「こっちもさほど変わらないからね!?」
「なりふり構ってられないんですよ」
「構ってくんない!?」
「……」
「黙んな!」
て言うか無理だろ。無理。
先輩にあんなこと言ってきた手前こんなこと言いたくないけど、こんな不動明王紛いと誰が戦いたいんだよ。俺なら戦いたくない。今すぐ帰って推しのイベント走るわ。
……あれ? でもなんか。
二刀流のせいだから……か?
胴がら空きじゃね?
なんかもうそこに叩き込むしかないレベルでがら空きじゃね?
両腕が丁度いい感じに開いてる分がら空きの胴。もう胴決めるしかないじゃん。小手先のトリックとか使ってる暇ないよ。相手二刀流なんだぜ。突きで突き飛ばしても許されるレベルのハンデ。
「胴ッッ!!」
一気に踏み込むと同時に竹刀がクロスして受け止められた。逆に感心したよ。そういう感じで受け止めるのか。
て言うか二刀流の利点ねえな!?!!?
一本で防いでもう一本で攻撃とかやらないのな!
そこだけスポーツマンシップにのっとってるのな!
俺にとっては嬉しいけど!
嬉しいけど、じゃあその竹刀イズ何!?
いや、まあいい。とりあえずこの調子で打ち続けていればいつか……。
「シュゥウウウウ……シュコォオオオオ……」
面の針金の隙間から白い水蒸気がこぼれる。明らかに常人の呼吸ではない。それこそ暗黒卿みたいな……。
……。
…………。
………………イヤ・息・荒クナイ・デスカ?
こいつ、ドーピングもしてるわ!
そりゃ暗黒卿とか呼ばれるよ!
俺だって呼ぶもん!
ていうかこれも取り締まってねえのかよ!
場末の大会か!? ルール無用のデスマッチのがまだお行儀いいんですけどぉ!?
無理じゃん! 勝てないじゃん!
なにがあったらこうなるんだよ! ていうか強豪校の意味合いがもう全体的に変わってくるじゃん! ていうか!
先輩達!!
どう勝ったんですかマジで!!
その迷いの最中で踏み込まれる。
竹刀が一撃で砕け散る。
そりゃそうだ。シュコォオオオオとか息の音聞こえるレベルのドーピングされて二刀流で、そんなのに高校剣道で太刀打ちできるわけないじゃん。
「………………審査員」
「はい。ドーピングの材料は揃ってますよ」
「…………………………棄権します」
「あ、はい」
二刀流 ぱんのみみ @saitou-hight777
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