第17話
俺の部屋には、様々な絵画や写真が飾られ、イーゼルが壁に立てかけられ、雑然としているもいいところだ。客が施術のために部屋に通ってきてくれる期間は清潔に保つのだが、そうでないと、すぐに油断して、画材などが散らかってしまう。
その中に、仲間が一体加わった。そう、それは一体と呼ぶにふさわしかった。
偽の背中と磨き上げられたガラスに閉じ込められた鳳凰。顔を近づけると、ガラスの隙間から漏れる新しい防腐剤のにおいが、なんだか愛しく感じられるようになってきた。
作業を終えて満足したらしい吉持は、彼女の舌と手を切り取って売り飛ばすと言っていたが、俺は早々に退散させてもらったので、本当にそうしたかどうかはわからない。案外、幼なじみと同志としての情にほだされて、彼女を解放したかもしれない。そうしてくれたことを祈る。あんな恐ろしい男をとめる力は俺にはない。逃げたことを許してくれ、弓野。
彼女が通報して、逮捕されても構わない。俺は、これ以上罪を犯したくない。アカネの声を聞いて、そう思った。弓野への憎しみが増すかと思ったが、そうではなかった。そんなことはもうどうでもいい。吉持が剥がしたかと思った時は激高したが、気持ちが完全に変わった。
そして、罪は救い上げられた。それだけが大事なことで、社会的に俺が犯罪者として認められるかどうかは、どうでもいい。
俺は、俺の思う「美」そのものをアカネに贈りたかった。それは、ある程度成功したのに。なんと役立たずな美だ。
純粋な気持ちでつくり上げた、本物の刺青。そんなもの、見たくもない。目の前にあるのは、罪を犯さずに済んだ、偽物の刺青。
弓野にも、吉持にも話さなかった。通常の刺青の上から、特殊な針とインクを使い、初めての方法を用いて、美しい鳳凰を彫った。時間がかかっていることは指摘されたが、弓野はその出来に満足し、異常には気づかなかった。しかし、もしそのまま十年も経てば、鏡か背中を見た誰かに教えてもらえたことだろう。気づかなければ、それはそれでいい。俺の憎しみを俺自身に向けて表現できれば、それでいいと思った。
鳳凰は儚くなり、その下から、無数の毛虫が現れる。今までの俺のスタイルではないが、リアルの極致を目指した、俺の最高傑作だ。くだらない。そう、そもそも芸術なんて、役立たずで、くだらないものだ。有意義ですべての人にとって価値のある芸術なんて、あってたまるか。
俺の憎しみは俺にとって価値がある。それは過去のもの。死んだ皮膚からは、二度と現れることはない。
よかった。罪を犯さずに済んで。
俺は満ち足りた気持ちで、その美しい皮膚を眺めていた。了
ハダバナハギ 諸根いつみ @morone77
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