調和のアイスコーヒー
二日後。「星降りの祈祷」当日。
昼食の片付け中、俺は副料理長を厨房の奥に呼び出し、深々と頭を下げた。
「先日は貴重な話をありがとう。俺は心を入れ替え、謙虚に生きることにした……俺は一人では何もできない」
俺は、コンロに置いていた銅の小鍋を掲げた。
「国王陛下と御客人にお出しする珈琲だ。淹れた後、粉が沈むまでしばらく置く必要がある……だが俺は菓子の準備がある」
机に並べたカップへ黒い汁を回し入れ、俺は副料理長の目を真正面から見つめた。
「客人にお出しするまでの間、見ていてほしい。……あんたを信じてる」
再び深々と頭を下げる。
顔を上げれば、副料理長はやはり嫌らしく笑っていた。
日が沈み、追ってすぐに赤炎星が沈む。
赤い星が西の山に消えたのを見届け、俺は祭殿の門をくぐった。レナートが手配してくれたメイドが二人ついてくる。彼女らの盆には、カップと菓子の皿が六つずつ乗っている。
そして俺の手中の盆には、大きなポットと小さな壺、鉄のトングがある。
広間の扉を開けると、白絹の豪奢な法衣を身に着けた国王陛下と司祭たちが円卓を囲んでいた。国王陛下の傍らには毒見役のレナートもいる。
目配せすると、メイドたちはカップと菓子を手早く貴人たちの前に並べた。メイドの仕事が終わると同時に、俺は入口最寄の席へ近寄る。手元の壺の中身――氷のかけらを、トングでカップに入れていく。
最後に氷の上に、ポットから黒い液体を注ぐ。
「珈琲でございます。東方に伝わる眠気覚ましの秘薬……こちら苦味が強いですので」
俺は目と手で机上の菓子を示した。三角に切られた淡黄色の生地に、褐色の焦げ目がついている。
「こちらの菓子……カスタードクリームとチーズを合わせた『チーズケーキ』と共にお召し上がりください」
元々はレナートの提案だった。
今の時季、王宮地下の氷室は常に警備されている。なら菓子と珈琲をそこで守ればよいのでは――レナートの言葉に俺は、昔食べた菓子を思い出した。
遠方の郷土菓子で、カスタードクリームとカッテージチーズを合わせて焼いたケーキだった。あれなら混ぜて焼くだけだ、そして冷やせば、珈琲の苦味に負けない濃厚な甘さが得られる。
珈琲自体も、氷室で「水出し」すればいい。それなら誰に妨害されることもない。
暑い夏の祭殿で、冷たいものは間違いなく喜ばれる。
全員に注ぎ終えたところで、毒見役のレナートが珈琲に口をつけた。間を置かずチーズケーキにも。
しばし口の中で転がし、問題ない旨の頷きを周りへ送る。
見届けた貴人たちが、一斉にフォークを取った。
「……おお」
口々に、感嘆の声が上がった。
「苦味と甘味が合わさると、このような美味になるのですな」
「まろやかなクリームが、珈琲の香で引き立っております」
褒めそやす貴人たちに一礼し、俺は祭殿を後にした。
今頃、副料理長に見せた「カップ入り黒ソース」はめちゃくちゃにされているだろう。レナートに手配してもらった監視人が、密かに見守る前で。
そこですべては明るみに出る。偽珈琲の存在を知るのは、俺と副料理長だけなのだから。
信じてたぜ。すべてはあんたの仕業なんだってな。
氷室に戻り、俺はあらためて奥の棚を確かめた。
残るもてなしはあと二回。六人に向けた十三切れのチーズケーキが、静かに鎮座している。
……一つ多い皿は、謝礼だ。
なんだかんだヒントを出し、人を手配し、俺に勝負の舞台を整えてくれたあいつへの。
ま、返ってくるのはいつもの小言なんだろうがな。微妙な味のブレ、詰めの甘さ、全部あいつには見通される。
それが楽しくて、俺はここにいる。おまえがいなきゃ、俺はここにいねえ。
さあ、まだまだ夜は長い。
俺も一杯珈琲を飲んで外に出れば、空から幾筋もの光が降ってくる。
祝福めいた星の下で、俺は大きく伸びをした。
【終】
星に祈りを、人に珈琲を 五色ひいらぎ @hiiragi_goshiki
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