「彼」の正体 ☆KAC20221☆

彩霞

「彼」

「彼」は突然、我が家にやって来た。

 ママンが一目惚れをしたそうなのだ。買い物がてらぶらぶらと歩いていたところ、突然出会ったらしい。前と後ろの生地が違った服をまとい、色もピンクと白というちょっと派手な出で立ちの「彼」は、ママンにとっては魅力的だったようだ。

「この子、どうかしら?」

 と、言うママンに私は素っ気なく言った。

「ふっ。どうせ今までの子と同じ。きっと長続きしないわよ」

 今まで沢山の子たちが私に挑戦してきたけど、ひと月続いたものはいない。「でも」と、ママンは言う。

「試してみたらどう? 案外気に入るかもしれないじゃない」

 ママンの目がうるっと潤む。

 折角スカウトしてきたんだから、使ってやってちょうだい、ということらしい。

「……」

 私はため息をつき、仕方なく「分かった。試してみましょう」と言った。


「彼」は自分の出番が来るまで、キッチンの隅にちょこんと座っていた。今まで我が家に来たものたちの中で、もっとも背も横幅もあるというのに、周りに溶け込むようにして存在感を消している。

 試されるのを恐れているのだろうか。いや、もしかすると自分の出番が来るまで余裕綽綽しゃくしゃくなのかもしれない。

 いい度胸ね。

 それならば、必要になったとき絶対に役に立ってもらおうじゃないの!

 そしてとうとうついに、「彼」が役に立つときが来た。それは夕食後のときである。使い終わったお皿や使ったフライパンなどが、キッチンの流し台に積み重なっている。

「さあ、役に立ってもらいますからね」

 私はそう言って、「彼」に食器用洗剤をし、食器を洗い始める。だけど……だけど……! なんなのこれは……! すごく使いにくいんだけど!

「ママン」

「なぁに?」

「使いにくいんですけど」

「え~? どこが~?」

「私の手がちっちゃいこと知っているでしょう! 『この子』、大きくて使いにくい!」

 私が文句を言うと、ママンは私の手元を覗いた。チビの私は、中学生になった今でも、背の順で並んだら前の方だ。当然手も小さいので、同級生の子と手のひらを合わせ合いっこすると、「小さくてかわいい~」なんて言われてしまう。だけど、正直そんなの嬉しくはないのだ。

 ママンは泡だらけになり、小さな私の手に収まった「彼」を見て擁護するようにこういった。

「でもね、その子二刀流だと思って買ったのよ。ほら、表は柔らかい生地で食器が洗いやすいし、裏はざらざらしているから鍋とか洗いやすいと思ったのよ」

「そうかもしれないけど、食器を主に洗う私が洗いにくいのは問題でしょ」

「それもそうねぇ……」

 ママンは残念そうに呟く。でも、私に手伝いをしてもらえないのも困るようで「今度は小さいものを買ってくるわ」と言ってくれた。


 きっと「彼」とはすぐに別れを告げるだろうと思ったのだが、気づいたら出会ってふた月が経っていた。

 ママンが替えの「スポンジ」を買ってきていない、というのもあるのだけど、この「二刀流のスポンジ」が案外役に立っているのである。

 表のピンク色の生地は柔らかいし、凹凸があるので簡単に汚れが落ちるし、裏の白っぽい方の生地はざらざらしていて、鍋などにこびりついた汚れを落とすのに最適なのだ。しかも白いから汚れが落ちたことがはっきり分かるから気持ちがいいし、「彼」を水で洗い流せば、再びざらざらした生地の白さが戻ってくる。お陰で、今までよりも食器を洗うのが楽しくなってしまった。

 え? 大きさのこと?

 それが、使っているうちに「スポンジ」の弾力がなくなって、お陰で握りやすくなったのよね。

 そんな感じで、今も「彼」とは仲良くやっています。


(完)

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