もしもクラスで陰キャの男女が文化祭で漫才をやるコトになったら

嵯峨野広秋

第1話 はじまりは邪馬台国

 波風なみかぜたてず。

 それがおれの高校生活におけるモットーだった。

 しかし、まことに人生はままならない。


「おっめでと~~~う‼」


 なれなれしく、イスにすわったおれと肩を組んできたこいつ。

 このクラスの学級委員長で、文武両道、コミュ力MAX、おまけに美人の彼女ありの男。

 おれはこいつのことが、だいっきらいだ。

 

「あれあれ~、顔つきがキビしいぞ~? これはもしかして、静かな闘志が燃えているってヤツかぁ~⁉」


 どっ、と教室が男くさい笑いでわいた。

 くだらない。まったくくだらない。

 くそっ。さっさと終われ、放課後の半強制ホームルームめ。


「ヒョーイ」


 と、女子の級長が、おれとゼロ距離のこいつ――佐野さの彪偉ひょういに声をかける。


「あっちもよろ。でもぉ、い・ち・お・う、あっちは女の子だからタッチはダメよ?」


 鼻にかけたようなねっとりした〈一応〉。

 そのフレーズで、こんどは女子たちがクスクス笑う。


「キミもおめでとう。いぇい!」


 おれの斜め後ろの席に向かってピースする。

 反応はない。

 グッジョブ。

 シカトっていうのはいい判断だ。すこしだけ胸がスッとしたよ。


(女子で選ばれたのは、雨井あめいさんか……。おれと負けず劣らずの陰キャだな……)


 そう思ったと同時、佐野の「これにて終~~~了~~~!」のかけ声で解散になった。


(ふう……)


 クラスメイトのニヤニヤした視線を受けつつ、教室をでていく。

 おれは帰宅部。

 まわりも、三年のこの時期だから、あんまり部活に行くっていう雰囲気はない。



「ねえ!」



 廊下でふりかえると、両手を腰に当てたお団子頭の女子がそこにいた。


「あんた、くやしくないの?」


 耳のあたりでイヤホンのコードのような細い髪がゆれている。おくれ毛ってやつか。サイドの髪を上にぎゅーっとあげて、ツムジのあたりで大きなお団子という髪型なんだが、不思議なことにこの〈イヤホン〉の長さはいつも一定。中学生のときから、ずっと。


「ねえってば!」

「あいつらが裏で示し合わせてるんだから、おれが何か言ったってムダだよ。従うしかない」

「でも……」

「じゃ、また明日」

「もう!」


 腕をとられて、ひっぱられた。

 女の子の腕力なのに、これだけで足元がよろめく。帰宅部の悲しいフィジカルだな。


「やめとけ。おまえもグループからハブられるぞ?」


 この場合のグループっていうのは、集団っていう意味のグループと、アプリ内の名称の〈グループ〉の両方。

 つまりラインのアレ。 

 クラスのやつは二つある。

 片方のグループ名は【全力!3年7組!】。もう一つは【真・3‐7www】。先生も参加してるよそいきが前者で、いらない人間をハブった集まりが後者ってわけ。当然、おれが入っているのは前者オンリー。


「いいのっ! 今日だけはガマンできない! 先に、あそこ行っててよ。ほら。駅前のマック。あとで合流するから席とっといて。四人がけの席ねっ!」


 早口でまくしたてて、彼女は背中を向けて行ってしまった。

 おれはだまってフリフリうごくお団子をみつめる。

 あいつの名前は住友すみとも澄花すみか

 中一から腐れ縁で同級生になりつづけている、ちょっとおせっかいな女子だ。



「どしたどした? うかない顔してー」



 今でも記憶にあざやかな、そんなファーストコンタクト。

 一学期の四月のどっかの日の昼休み、おれはいきなり声をかけられた。住友に。後にも先にも――先のほうはどうだかわからないけど――おれが名字を呼び捨てする女子は彼女だけしかいない。

 ぼっちだったおれに声をかけてくれて、そこから二言三言ふたことみこと、なにかしゃべったと思う。

 これだけでもうれしかったんだが、


「おいおまえ。さっき住友さんとしゃべってた?」

「いいなー。うらやましぃーーーっ!」

「まじかわいいよな。で、なんの話だったんだよ。教えろって」


 そんな感じで近くの男子がおれに接触してきて、流れでそいつらと友だちになれた。

 もし住友がいなかったら……と今でも考える。


(もっと人生ハードモードだっただろうな)


 ずず、とおれはコーラを飲み干した。

 そろそろか、と思っていたら、


「おまたせー!」


 さわがしい店内にひびく明るい声。

 住友の手には、ぶあついプリントの束。

 座席に座るなり、ライトグレーのブレザーのボタンをあけて、スカートのしめつけを直し始めた。こいつ――食う気マンマンかよ。目の前のトレイにはビッグサイズのハンバーガーとポテトのLとLサイズの飲みもの。


「私が食べてる間、あんたはこれ読んでてっ」


 と、束をおれにわたす。

 どれどれ……これは……


「漫才コンクールの詳細か?」

「ん」と、住友はハミングでこたえる。

「どういうことだよ」

「ん」

「……こうなったからには、マジでやってみろって?」

「ん」

「おれなんかダメだって。陰キャだし、そもそもが面白くないんだから」

「んーん!」と住友が首をふる。ぱんぱんにほっぺをふくらませたまま。「ん? んんんーん、んーん?」


 それで伝わるわけないだろ。 

 おれは頬杖をついた。

 こっちはポテトとコーラをたのんだだけで、とっくに食べ終えてしまっている。


「ん?」


 と、おれの横に視線を流して言う。

 なに言ってるかわからないって、と苦情を言おうとしたら、



「解読不能」

「……うわっ!」



 おどろいてケツが浮いた。

 いつのまに、おれのとなりに座ってたんだ?

 小柄な女子が。

 なんて存在感のなさだ。ステルスにもほどがある。


「ふーっ」食べ終えた住友が口をあける。ついでに二重まぶたの大きな目もぱっちりあける。「ナーーーイスリアクション! 大きな声と大袈裟おおげさな身ぶり。いいねー」

「いやいや……」

「あれ? ヒナタちゃん、そんだけ? ずいぶん小食じゃない」


 となりのトレイの上にはSサイズのポテトのみ。


大口おおぐちをあけれないのである」


 そう言って、住友の食べかけのハンバーガーを指さす。


「うらやま案件」

「そうなの? もしかしてヒナタちゃんって……あのほら、あごの関節のよくない人がなるっていう――なんて言ったっけなー」と、またハンバーガーに口をつける。

「ガブ関節症」

「いやがくな。が・く。ガブでも微妙に意味合ってっけど。もの食うときの音が『ガブ』だから」


 あれ?

 自分で自分におどろいた。

 こんなにスラスラとボケにつっこめたコトに。

 そんなに親しくない雨井あめいさんに対して、なれなれしい口調になってしまったことにも。


 つかのまの静寂があって、



「ぷっ」



 なにか口元にとんできた。

 それはハンバーガーのバンズの、微小なかけら。住友発、おれ着の。


「あはははは!」


 おなかをおさえて笑っている。

 まわりの人がこっちを見てくるけど、住友はおかまいなし。

 少し前かがみになって、ぷるぷるぷるとつむじのお団子がふるえている。


 視線。

 おれの右方向から。


「ウケたな。エミタくん」

「なっ⁉ どうしておれの下の名前を?」

「知りたいかね」

「友だちしか……っていうか、今のクラスじゃ友だちすらいないから、おれの下の名前なんて誰も知らないと思ってたけど……。どこで知ったの?」

「ひ・み・こ」

「いやそれ邪馬台国の女王!」


 また住友がLOLしてしまった。ラッフィング・アウト・ラウド。英語で爆笑って意味。いやいやなんで英語やねん、とおれの頭の中でつっこみが渋滞する。


(ん……? おれ、けっこうお笑いできるのか……?) 


〈笑う〉の字を名に持つおれが。

 エミタ。

 おれは日向ひゅうが笑太えみた


「ひじょうにがよい。センスを認めるぞ、エミタ」


 にゅっと手が伸びてきて、紙ナプキンでおれの口元についたヤツをぬぐう。

 住友から飛んできたハンバーガーで間接キスしたかった、というつもりはない。ただ残念な気持ちは少しあった。



 おれは住友のことが好きだからだ。

 この思いは変わらない。中一のときから、ずっと。



「よろしく相方」

「えっ? あ、ああ……」



 だんじて現時点では、彼女のほうには一ミリも興味がない。

 長いんだか短いんだかのボサついた髪に、姿勢はつねに猫背ぎみで、目の下にはうすくクマがあって、おまけに目の上にも暗いカゲがかかっているような、あからさまにダークオーラ全開のこの女の子には。


「あーあ、笑った笑った」


 住友が顔をあげる。昔からかわらない長さのイヤホンが耳元でゆれた。

 ぐっ、と雨井あめいさんがテーブルの下でおれに向かって親指をたててみせた。

 おれは細くながーく、息をはきだした。


 まことに人生はままならない。


 陰キャが陰キャの相方だなんて、ほんと、タチのわるい冗談だよ……。

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もしもクラスで陰キャの男女が文化祭で漫才をやるコトになったら 嵯峨野広秋 @sagano_hiroaki

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