朧月橋の戦い

fujimiya(藤宮彩貴)

二刀と戦う草鞋は

「おい、草鞋わらじ! そなたは草鞋の分際で、刀であるわれにたて突くつもりか! 刀と草鞋ではまるで勝負にならぬわ。しかし我は寛大だ、今すぐに頭を下げれば数々の無礼、許してやってもよいぞ」

「そうだそうだ、許してやってもよいぞ!」


 二本の刀は呼応するかのように、わははと盛大に笑った。さすがは二刀流に使われる刀だけある。自信たっぷりだった。勝利を確信している、そんな感じさえ受ける。

 しかし、草鞋は怯まない。地に這って刀どもを見上げているとはいえ、その目には一条の鋭い光が宿っている。


「ご忠告、ありがとうございます。この草鞋、しかと心に留めておきます。しかし、刀殿に謝るようなことはなにひとつありませぬ」


 屈服するような、しないような答えを、草鞋は口にした。


「これは意外。謝らないとは如何に」

「如何に!」


 息を荒くした二刀は草鞋に詰め寄った。じりじりと、痛いまでの緊迫感が流れたが、草鞋は淡々と、乱れることなく涼しい顔をしている。


 深更。月は雲に隠れており、なかなか顔を出さない。

 確か、最初は行き合った橋の上で、どちらが道を譲るのか譲らないのか、些細なことだったような気がする。


「二刀流というものは、得意なものをふたつ、並べているという意味です」

「だからどうした。そなたの目には分からないかもしぬが、この二刀、左右で微妙に長さが違う。一度にふたつの刀を操るには高度な技術が必要だ」

「必要だ!」


 どうだとばかりに二刀は草鞋を見下した。


「おっしゃるとおりにございます。二刀流、やろうと思っても万人にできるものではございません。天賦の才に恵まれ、鍛錬の結果の賜物」

「ほう、草鞋のくせに知ったことを申したな。我に斬られる覚悟を決めたようだ」


 刀は、草鞋を相手にならないと確信しているが、草鞋は一瞬の隙を見逃さなかった。刀の余裕は、油断に変わった。


「二足の草鞋を侮ることなかれ。『二足の草鞋を履く』とは、とても両立できそうにないことを同時にやってのけるという意味。僧侶と偸盗ちゅうとうを兼ねている、そんなときに使われてきた。二刀流は究極型、二足の草鞋は器用型とでも言うべきか。まあ、どちらも面白いが」


 刀は反論する隙もなく、草鞋の主が振るった薙刀なぎなたで地に落ちた。夜更けでいるせいか、からんからんと、辺りに鈍い音がやけに大きく響いた。一撃だった。


 月にかかっていた雲が切れてきた。次第に明るくなる。

 ここは橋の上。僧侶と武士が立っている。


 二刀の主――武士は、薙刀を受け止められなかった。

 草鞋の主――僧侶が繰り出した薙刀の威力があまりにも重かった。重すぎた。見た目に惑わされた、と武士はぎりりと唇を噛んだ。


「お前! 僧のくせに武士に挑むなんてなにごとだ。俺は北面の武士ぞ!」


 武士は吠えた。落とされてしまった刀を取り戻したいが、仁王立ちした僧侶の迫力に押されて動けないでいる。体格も良いが、僧侶から強い圧を感じた。


「今どきの僧侶は、武装するのが当然。己の身は己が守る。さてこの刀、いただいてゆくぞ。ほう、なかなかの代物。せっかくだ、鞘も置いて行けよ」


 僧侶は二本の刀を拾い上げ、月明かりに照らして吟味してにやりと笑った。馬鹿にされていると思った武士は一歩前に出た。


「俺を怒らせたらどうなると思っている? わ、分かってんのか!」

「徒党を組んで来い、大歓迎する。平家につながる者ならば尚可だ。雨でない限り、明日もあさってもこの橋の上にて待つ。儂は大願成就のために刀を千本、集めている。明日も、刀が容易く手に入りそうで嬉しいぞ」


 あろうことか、僧侶は笑っていた。心底喜んでいる。


「なんだと、この!」

「命までは奪わない。儂は僧ゆえ」

「人の刀を取っておいて、なにが僧だ。ふざけるな」


 なおも噛みつく武士に、僧侶は薙刀の先を向ける。僧侶が少し力を入れると、武士の鼻先をさっと掠めた。恐怖を覚えた武士は腰を抜かして座り込んだ。


「よく吠える犬だ。そなたを斬り刻み、橋から落として魚の餌にしてやろうか。そのほうがよっぽど役に立ちそうだ、心配するな、経を唱えてやるからの。往生間違いなし」


 ひいっ、とうとう武士は悲鳴を上げ、這うようにして逃げ去った。その情けない後ろ姿を僧侶は見送った。



 二本の刀は、僧侶の手の中に収まっているが不服そうだった。僧侶の履物である草鞋に向かって尋ねる。


「おい、草鞋。お前の主の正体は僧侶ではなく盗っ人か。刀専門の偸盗なんて聞いたことがない。千本も集めてどうする」

「千というのは、ものの譬えだ。千本桜、千手観音、千言、千金、千苦……たくさんあるだろうが」


 謙虚だった草鞋はどこへ、今夜も主である僧侶の勝利を見届けたせいか声が生き生きとしている。


「で、だからどうした? 刀は何に使う」


 己がどうなるのか不安になった二本の刀は、再び問うた。身を溶かされた末、鉄塊に戻りたくはなかった。


「刀の使い道が分からぬのか。そなたは今まで何を見てきた? 戦で使うに決まっているだろう。主は打倒平家を目指している。これ以上、平家の横暴には耐えられない。いくらあっても刀は足りぬ」

「戦うのか? 僧侶が武士と」

「そういう世の中だ。己の身は己で守れ。ああ、そなたは二刀流か。しかし、二足の草鞋を履くのもお勧めだ。平家だったものが、明日は源氏になっているかもしれぬ」



(了)


参考資料 goo辞書(デジタル大辞泉)

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