右にスマホ。左にPC。今、母に求められるゲームスキル。

祥之るう子

 どうしてこうなったんだ。


 私は今、左手でマウスを操作し左耳にPCに繋がったイヤホンをつけて、右手でスマホの画面をリズミカルにタップし、スワップし、五本の指をフル稼働中だ。右耳には、スマホとリンクしたブートゥースイヤホンが刺さっている。


 在宅勤務に対応するために整備した仕事部屋は、なかなか快適だ。

 ZOOM会議の際に、壁だけ映るように壁を背にして配置しなおした作業机。愛用のノートPCを広げて、コーヒーを置いて、多少の資料なんかを広げても余裕な大きさの机。

 この広さのおかげで、私の両隣に、自分の学習机の椅子をわざわざ隣の子供部屋から持ち込んできた子供たちが両側に座って、三人並ぶことができてしまっている。


 私の左にゲーム機を片手にオンラインカードゲームをプレイしている長男の遊斗ゆうと・小六。

 右に、机の上にタブレット端末を置いてオンラインで音ゲーのチーム戦に挑んでいる次男の界斗かいと・小三。

 そして中央の私は、左手で遊斗とオンラインカードゲームの対戦相手を。右手で、界斗の音ゲーのオンラインチーム戦のチームメンバーとして参戦している。


 どうしてこんなことになった。

 そう思った瞬間、音ゲーのタップをミスり、コンボが途切れた。


「ママ。フルコンしてくんなきゃ勝てないって言ったじゃん」


「す、すま……」


 謝る余裕すらない。


 音ゲーに気を取られた隙に、カードゲームの方でマウス操作を誤り、見事に遊斗がはっていた罠カードにハマった。ライフがガスッと減る。


「ママよわっ!」


「ごめ……」


 指が吊りそうだ……!

 脳が限界を訴えている。



 子供たちの小学校が、感染症の影響で休校になったのは先週のことだ。

 幸い、在宅勤務ができない職種の夫とは違い、パート事務員の私は去年からずっとテレワークだったので、息子たちの休校にもある程度対応ができると思っていた。

 そんな私に届いた、一斉送信の学校からのお知らせメール。


「先日、本校の生徒同士で、オンラインのゲームでクラスメイトと遊んだ際、金銭トラブルに発展してしまった事例が発生しました。

 ご家族の皆様におかれましては、在宅勤務等、大変な状況とは思いますが、ご家庭でのルールや見守りの徹底をお願いしたく存じます」


 金銭トラブルってなんだ? となった世情に疎い私は、慌てて日ごろ放置していた同じ保育園からの付き合いの、いわゆるママ友という人々とのLINEグループに質問してみた。

 するとまあ、予想以上にたくさんの情報が出てきた。


 五年生の子が、父親のタブレット端末で、父親がクレジットカードを使用した直後でパスワード入力不要の状態にあるタイミングで操作し、高額の課金をしてしまったとか。

 四年生の子が、親からもらっていたオンラインギフトカードを使って一万円程度課金しなくては手に入らないというレアアイテムを、ゲーム内で友人にプレゼントし、受け取った子が同額のプレゼントを返さなくてはならないと親に駄々をこねたとか。

 三年生の子が、ゲーム中、知らない男の人と通話し、デートに誘われたとか。


 出てくる出てくる空恐ろしいトラブルの数々。

 これを予防するためには、ネットで知らない人と遊ばない! 親が見ていないところではオンラインゲームをやらない! というルールを作ることしか、私には思いつかなかった。


 そして私は、休校が決定した夜に、息子たちを呼び出してこのルールをしっかり話した。


「じゃあママが相手してよ」

「じゃあママがチームに入ってよ」


 息子二人の声が、見事に重なった。


「は?」


 私はこう見えてなかなかゲーマーだ。ゲーム大好き。スマホには今もRPGゲームのアプリも、パズルゲームのアプリも入っている。

 だが、いかんせん昭和生まれなせいか、根は暗い性格のせいか、オンラインで誰かとチームを組むだの、通話しながらゲームするだのは、どうしても苦手意識があって敬遠してきた。

 (だって、外で精いっぱい気を使って生きてるのに、どうして家で一人でゲームする時まで他人とかかわらなきゃいけないの?! ゲームくらい、ひとりでゆっくりやらせてくれよ!)


 音ゲーはまだいい。やったことがある。と思って早速インストール。

 泣くかと思った。

 むっず。

 いや、イージーやノーマルレベルなら余裕なんですよ。

 オンラインのイベントでのチーム戦だかなんだか……ここタップして、と言われ、試しに入ってみたところ、誰一人としてイージーでプレイする者などいなかった。

 いやイージーどころか。ハードすらいない。

 イージー、ノーマル、ハードの三段階だと思っていた時代遅れの自分を呪った。

 エキスパートレベルと、一番上のマスターレベルなるものが存在していた。

 ランダムで結成されたチームは、アカウント名と自分が選んだキャラクターアイコン。それから、選んだ難易度が表示されている。

 マスター/マスター/エキスパート/マスター/ノーマル←私。

 いやいやいやいやいやいやいやいやいや。

 しかもコンボ数が多ければ多いほどポイントが高いわけで、つまり、流れてくるノーツの数が少ないハード以下ではもう最初から勝負にならないわけだ。


「今回のイベント、俺の推しキャラのイベントなの。絶対報酬全部ほしいから、ママエキスパートでフルコンしてね」


 息子よ。君の推しキャラ……かわいいじゃないか。母もこのキャラのことは応援します。解りました、フルコンボしてみせましょう。

 ……って無理! ナニコレ、普通にピアノ弾くより難しいんじゃないの?!

 君たち、もうその気になったらすごいピアニストとかになれるんじゃないの?!


 半べそになりながらも、持ち前のゲーマー精神で一晩で一曲だけ、エキスパートレベルでフルコンボ出来るようになった私は、本日仕事終わりから早速、界斗とフレンドになり、一緒にチーム戦に臨んでいた。

 そこに殴り込んできたのが、遊斗だ。


「ねえ、こっちもイベント始まったから。いっぱいデュエルしないとポイント稼げないから、ママ相手して」


 このカードゲームがまた……! 文字が小さい!!

 ルーペ、ルーペをくれ……! 

 私はカードゲームだけはだめなんだ。どうしてもルールを理解しきれた気がしない。

 特にトレーディングカードゲームというヤツはダメだ。

 せっかく各種カードについての情報を覚えたと思っても、すぐに新しいパックが発売されるでしょ? みんなそのウン百枚くらいありそうなカードの効果とお互いの関係性と、スキル発動条件とか、全部覚えてるの? みんな天才なんじゃないの?

 君たち、もうその気になったら暗記の世界大会みたいのでチョロく優勝できちゃうんじゃないの?

 その、逃げ続けてきたカードゲームと、まさかこんな形で対峙させられるとは思っても見なかった。


 RPGばかりやってきた私としては、まあ、青いカードなら水とか氷属性で、赤いカードなら炎じゃろ、とかそんな感覚だった。

 だが、属性なんぞ想像もできない複雑かつ、個性的なイラストの数々。名前も難しいし、なにこれ、競馬の馬の名前じゃないんですか? っていう名前が出て来たり……! ファイヤードラゴンとかじゃだめなんですか…?涙

 しょうがない、一枚ずつスキルを確認しようと思ったら、文字が小さくて読めやしないし、読んだところで、何が何だかさっぱりわからない!!


 と、音ゲーの曲が終わった! よし!

 左手が休める…!

 と言っても一瞬だ。界斗は即座に「続ける」をタップしている。

 私もリザルトをまともに確認する間もなく、後に続き、曲と難易度を選択しなくてはならない。

 とはいえ、もうずっと同じ曲でやっている。この曲しかフルコンボできていないからね!


 チームのマッチングが終わったタイミングで、今度はカードゲームの方で、遊斗が悩み始める。

 兄の遊斗はさすがに、母である私に自分を満足させることなどできはしないと理解しているようで、早々にハイレベルなバトルはあきらめてくれたようだ。

 そして、前から試してみたかった手をやりたい放題やる、練習の場と考えてくれたらしかった。

 本当に有難いことに、結構な割合でこうやってじっくり考えてくれたうえ、一体何をしているのか解らないが、ずうっとカードが動いて、光って、消えて、新しいカードが出てきて……を繰り返し、私のターンに戻ってこないということが多々ある。

 いいぞ、ずっと遊斗のターンだ!


 その隙に楽曲がスタート。さっきは何とか勝てたが、連勝すると連勝ボーナスが出るので、界斗は次こそ勝利したいにちがいない。

 さあやるぞ! っと左手をスマホの画面に移動しようとしたところで、私の右耳に「私のターン」になった効果音がキラキラしく響く。


「ぐうっ」


 この地獄はいつまで続くんだ……!


 ああ、涙でノーツが見えない……!

 ドライアイだもの……!



「ただいま~」


 玄関が開く音と、夫の声がした。

 返事をする間もない。

 夫が上着を玄関でぬいで、まっすぐに洗面所に向かっている音がする。丁寧に手洗いうがいをしているのだろう。


 ようやく音ゲーの曲と私のターンが終わったところで、夫が部屋のドアを開けた。


「わっお前たち、何してんだ!」


 真っ赤に充血した目をした私を見て、夫がびっくりした声を上げた。

 さすがに夫には叱られると思ったのか、息子たちが姿勢を正して、それぞれの手の中のゲームを隠した。


「お夕飯にしよう! じゃーん!」


 夫が満面の笑みで持ち上げたのは、右手がカレー屋の袋で、左手がファミレスのテイクアウトの袋だった。


「チーズカレー!」

「山盛りポテト!」


 左右の息子たちが声を上げて、立ち上がった。

 私は、両耳のイヤホンを外して、救いの神「夫」に手を合わせて拝んだ。

 早くこの感染症の終息宣言が出ますように……と、祈りながら。

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右にスマホ。左にPC。今、母に求められるゲームスキル。 祥之るう子 @sho-no-roo

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