二刀流果実オレップル
結騎 了
#365日ショートショート 060
「君は、二刀流という単語を知っているかね。私は昔からこの響きが好きでね」
こぢんまりとした研究室。ホルンとホルンが合体したような珍妙な装置を操作しながら、博士は助手に尋ねた。
「ええと。二本の刀を振るう流派、ですよね。転じて、異なるふたつの性質を持ち合わせることを指します。エースピッチャーなのに四番打者、とか……」
「その通り。だから私は、今から作るオレップルを、二刀流果実と名付けることにした」
装置の設定が終わったのか、博士は満足気である。額の汗を拭きながら、机に置いてあるふたつの果実を手に取る。
「こっちがみかん、オレンジだ。こっちがりんご、アップルだ。組み合わせることで、オレップルができあがる」
「し、しかし……。我々が研究しているのは、果実ではありません。思考を新元素に変換し実在化させる装置のはずです」
「さよう。だからこそ、オレップルを作るのだ。いいか、よく聞きなさい」
ぽちっ。ういいいいいん。スイッチが入れられ、装置が鈍い唸り声を上げた。ふたつのホルンのラッパ部分は、ちょうど成人男性の頭が入るサイズである。ヘルメットのように、内側に緩衝材が取り付けられている。
「思考実在化装置は、ここに頭を入れた者の思考を読み取る。その者がなにを念じているか。なにを考えているか。正確に汲みとっていく。続いて内部で新元素を生成し、無から有を生み出すのだ。そう、これが実用化されれば、世界のバランスがひっくり返る。思い浮かべたモノが手に入るのだからな。しかし、まだまだ出力に乏しい。例えば私がここに頭を入れて、オレンジを思い浮かべたとする。オレンジ、オレンジ、オレンジ……。念じ続けて、3日はかかるだろうか。こっちの排出口からオレンジが転がり落ちてくる。速度もサイズも、それが限界なのだ。この程度なら八百屋でオレンジを買った方が早い」
確かに、と助手は頷く。博士は続けた。
「だからこそ、私はこの思考実在化装置を最も活用できる方法を考えた。それは、世の中にない新しい存在を作ることだ。オレンジひとつに3日を要すると笑い話だが、オレップルならたちまち大発見。そのために、こうしてふたつの装置を接続させたのだ」
「おおっ、だから同じ装置をもうひとつ作っていたのですね」
「そうだ。複数台を繋げられると実証できれば、装置の可能性は無限に広がる。この実験はその第一歩だ。世の中にないモノを思考するのは困難だが、ふたりがそれぞれ、実在するモノを念じればいい。いいかい。これに、君と私がそれぞれ頭を入れる。そして、君はオレンジを、私はアップルを念じ続けるのだ。オレンジ、アップル、オレンジ、アップル。ふたりの思考は混ざり合い、程なくしてオレップルが生成されるだろう」
助手は拍手をしながら立ち上がった。博士、すごいじゃないですか。世紀の大発見までもう一歩ですよ。
「来週の今頃、世界中が大騒ぎになっているだろう。ああ、映像が鮮明に浮かぶぞ。二刀流果実、オレップル。ううん、いい響きだ。ニュースのテロップにその文字が躍るのだ。そして、みかんのようにジューシーで、りんごのようにシャキシャキした、新感覚の果実の味を私が伝える。カメラのフラッシュが眩しくてたまらないだろう」
「うわあ、私もわくわくしてきました。興奮のあまり、頭がくらくらします。さあ博士、早速作りましょう。頭をここへ。私はこちらを使います。二刀流果実オレップルは、もう目の前です!」
……ういいいいいん。引き続き、装置は唸った。
3日後、排出口から二本の刀が転がり落ちた。
二刀流果実オレップル 結騎 了 @slinky_dog_s11
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます