第一章
「私がどういう風に死にたいか分かる?」
クラスメイトの瀬良美月が突然質問してきたため、桜の下で本を読んでいた僕は、
少しだけ文章から視線を外した。
無視することも考えたけど、それはそれで可哀想だし、やけに澄んだ声で言うもの
だから、結局反応してしまった。
「どういうこと?」
「だからー。私が二年後どういう風に死にたいか分かる?」
分かるはずがない。
そもそも彼女が大病持ちであることを知ったのはつい最近のことで、追加でどう死にたいかなんて聞かれても、答えようがない。
「ごめん、分からない」
「じゃあ教えてあげるね!」
別に知りたいとは思っていない。
ただ気になっていることは確かで、彼女も僕に聞いてほしいのだろうから、聞いてあげる。
「私はね。桜みたいに死にたいの」
「桜?」
「うん」
彼女は桜を見上げながら、淡々と言う。
「例えばこの桜みたいに」
彼女が言う桜とは、今僕らの頭上に咲いている一本の桜の木のことだ。
今年の桜は遅咲きで、四月の入学式と同時に咲き始めた。
散るのもしばらく後らしく、この春が彼女との出会いと重なったとなると、さまざまな想いが胸を埋め尽くす。
それは、季節の主演を象徴するように咲いていた。
それと共に、彼女の寿命が少しずつ削られているのをちゃんと教えてくれていた。
「というと?」
僕は彼女を見ないまま、本に集中する。
「桜は咲いてからすぐに散っちゃうでしょ?」
「そうだね」
「でも、儚くて可愛らしくて、いろんな人から愛されるでしょ?」
「そうだね」
春の温もりに誘われ、だんだんと眠くなってくる。
「ちょっと。ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ。続けて」
彼女は一枚の桜を手で確かめるように触りながら、嬉しそうに続ける。
「そして私も、二年後には死ぬ。でも死ぬ時くらいは、桜みたいに自分らしい姿で死にたいの」
「……」
返す言葉が見つからないが、言いたいことは分かった。
余命二年と宣告された少女が、大人になれずに死んでしまう代わりに、せめて死ぬ時くらいは、桜のようにありのままの姿で死にたい。ということだろう。
「分かった?さすが獅子原くんだねぇ」
「やめて、その呼び方」
「じゃあなんて呼べばいい?」
確か昨日も言ったはずなのだが。忘れてしまったのか。
「【底辺くん】…でいいよ」
「もー、その言い方好きじゃないの!」
まったくー、といった様子でくすくすと笑う彼女は、やはり二年後に死ぬとは思えないほど、はつらつとしていた。
何度見ても、僕の頭がおかしいのではと考えてしまうほど、病気で死ぬようにはどうしても見えなかった。
「まぁ、分かってもらえればそれでいいかなー」
流石に分かる。
彼女の秘密を知っているのは僕と彼女だけで、周りのクラスメイトだってこの秘密を知らない。
それに、僕だけでも分かってあげないと可哀想だし、彼女もきっとそれを望んでいるはずだ。
だけど突然、僕はある疑問を作り出してしまった。
「桜は散ってもまた咲くじゃん。でも君は、死んだら終わりでしょ?」
「確かにそうだねー」
ようやくしっかり彼女のほうを見る。
桜の淡さと彼女の背中が重なって、一枚の景色が出来上がっているみたいだった。
「確かに人は死んだら生き返れないね。桜を羨ましいとも思うよ。でも、余命宣告されたらそれはそれで仕方ないし、死ぬとなっても、憧れてるものとか大好きなものと似た死に方が出来たら、幸せじゃない?それらに死があるのかは知らないけどね」
なるほど、と思ってしまった。
余命宣告を受けた彼女だから言えるのか、今みたいな深い意味を持つ言葉はよく彼女から放たれる。
こういうところが、彼女と僕がまるで違う世界を生きていると言える証拠の一つだろう。
「怖くないんだ」
僕はまた、本に視線を戻して聞く。
「何が?」
「死ぬことを…君は怖いと思わないのかって」
僕だったら怖い。
本なんか読んでる場合じゃないし、二年後に死ぬと分かっていたら尚更、これほどクラスメイトと話すこともない。
「うーん、怖くないわけじゃないよ。でも、もう明るく生きるって決めちゃってるから!」
桜が風の流れで舞い、彼女と僕の間を包む。
「そういえば、お昼食べないの?」
「ん…食べるよ今から」
僕が弁当を膝に置くと、彼女は変わらぬ口調で言った。
「うち、そろそろ行くね!話聞いてくれてありがと!」
「いや…大丈夫」
僕は何もしていない。本当に。
例えこれが、彼女の励みに繋がるとしても、彼女の寿命を延ばせる訳ではないから。
「また…話聞くよ?」
「本当?君にはいつも助かってるね」
それは逆だ。むしろ僕のほうが…。
「じゃあね!寂しくなったら声かけていいから!いつでも!」
「うん…」
ありえない。絶対にないし、それをクラス内でやったとして、被害を受けるのは正真正銘僕なのだ。余計なお世話である。
でも…歩いていく彼女の後姿は、今日も儚い。
それは、日に日に寿命が奪われていくのを物語っているようで、気分が悪くなった。
それでもその先には、彼女を探していた友達がいて、出番は終わったと僕は弁当を食べる。
「美味しい…」
僕は忘れていない。
彼女と出会った日のこと。
彼女は覚えているだろうか。所々天然な部分がある彼女だから分からないけど、聞く気はない。
それでも、少しずつ日常が変化しつつあることを、僕はちゃんと実感出来ている。
これはすべて、彼女と彼女が患う病のおかげだ。
それが分かっているから、どうしても彼女との日々を断ち切れないのだろう。
これは春の神様がくれた小さなお守りだと、僕も彼女も…信じている。
君との春は桜淡に溶ける 高月里桜 @rihori_1021
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