18.へっぽこ召喚士は今日も忙しい。



 邪神バハムートが国を騒がせた、あの出来事から数日経ったある日。


 ミアの元に一通の手紙が届き、逆らえない内容に渋々辿り着いたその先でゴクリと喉を鳴らす。豪華絢爛な空間の中で、彼女は背中に流れる冷や汗のせいで背筋が凍る想いでいた。


 眩い煌びやかなシャンデリアが照らし出すこの場に、自分がいつか足を踏み入れるだろうなどと想像したことは一度もない。


 玉座に座る威厳あるこの国の王を前に、震える身体を誤魔化しきれずに、頭を垂らすしかなかった。



「顔を上げよ。召喚士、ミア・スカーレットよ」


「はっ、はい!」



 言われるがまま顔を上げると、尚のこと国王の顔がまじまじと見えるせいで緊張の汗は止まらない。



「此度のバハムート討伐の件、実に見事であった。ここにそなたを彗星の召喚士の称号を与えよう」



 彗星の召喚士、それは国の中でも最も優れた召喚士に与えられる称号。


 名の知れた有名な召喚士でも、この称号を得られるものはそう居ない。そんな一生手が届かないはずの称号を、ほとんど経験がないというのに貰っていいものなのかと、言葉が詰まる。


 だからと言って、国王を前に無礼な言動は出来るわけないと、授けられた称号を受け取るしか選択肢はなかった。



「心より感謝致します、国王陛下」


「今後のそなたの活躍、期待しておるぞ」



 新米の召喚士でありながら、王国軍魔獣騎士団に入り、切磋琢磨しているのを認めてもらえたことに誇るべきだろうが……実際の所、今朝も召喚に失敗してフェンリルに小言を言われてきたのである。


 受け取って胸元に付けた称号がやけに肩に負担を掛けるように、重たい。


 神獣を喚び出した”賢者様の末裔”などと、変な異名までも王都では付けられているだとか、何だとか。


 愛想笑いを浮かべて、なんとかその場を切り抜けるために余計なことは口を開かないように徹底していると、無事に授与式は幕を閉じた。


 国王に最後の礼を述べ、踵を返すように騎士舎に帰ってくれば、そこはいつも通りの時間が流れていた。



「あ!おかえり、ミアちゃん」


「おお〜それが彗星の召喚士の証ってやつ?かっこいいな!」



 出迎えたユネスとシュエルがミアの姿を見つけて声を掛けると、次から次へと騎士達が集まり取り囲んだ。


 温かく出迎えてくれた彼らの安心感を前に、自然と本音を零す。



「もう二度と王様との謁見とかしたくない……」



 肩を落とすと、どっと笑いが巻き起こり、緊張感が一気に緩む。


 称号はミアにとっては誇るべきものでもなんでもない。この仲間が居たからこそ、自分を見失わずに前へ突き進んでこれたのだ。


 私はここでみんなに並べるように、少しずつ成長していければそれでいい。


 魔獣達の世話係として。


 そして、召喚士として。



「リヒトにも報告してきなよ」


「でも、団長って……今大量の書類仕事に追われてピリピリしてません?」


「まあ、魔獣騎士団長の座に座っている人だからね。やるべき事は山積みなのはいつもの事だよ。リヒトにちゃんと仕事してって言ってきてくれない?」


「はあ……」



 ユネスの提案に、部下として上司に報告する義務があるのは重々承知だ。


 だからといって怒りをぶつけられる道理もない。


 周りに急かされるように、彼の執務室へと向かうが、その足取りは見事に重たい。


 怒りをぶつけられるかもしれない、ただそれだけではないのだ。


 扉を前に一呼吸置いてからと思っていたが、その獣の耳は誤魔化せない。



「わっ!」



 扉を叩く前に自動的に扉が開き、不機嫌そうなリヒトがミアを迎え入れるように強引に引っ張った。


 そのままの勢いに身を預けると、すっぽりとリヒトの腕の中に捕われてしまう。



「団長……お仕事中では?」


「暫しの休息も、俺には必要だ」



 人目がないことをいい事に、ミアに甘える姿は獣そのもの。獣の聴覚を利用し、彼女の足音すらも聞き分けて、こうして待ち構えていることも増えてきた。


 獣耳にふさふさの尻尾を顕にして、重たい溜め息を零しながら、彼女を抱き締める腕に力を込める。


 懐古の月の力の影響がまだ出てしまう事もあり、感情のままに動いてしまうのだ。これまで理性で保っていた、ミアに甘えるという行動を我慢出来なくなったリヒトは、こうして二人きりになると獣になる。


 困ったことに、彼の仕事はこうして中断されて益々増えてしまう。



「はあ……ミアに世話される魔獣達が羨ましくて仕方ない」


「あはは。世話係を選んだのは団長じゃないですか」


「なるほど……俺専属の秘書を任せればいいのか」


「私は召喚士です!!!!」



 本来であれば甘えてくる言動を抑えるリヒトが、ここまで言うのだ。


 よっぽど仕事の疲れが溜まっているか、若しくは……獣の血がより濃く出てきてしまっているのか。


 フェンリルを寝盗られたと嘆く、本部にいるエルザからの地味な嫌がらせにより、書類仕事が次々と増えているのは、この前愚痴を零しているのは聞いていた。


 体を張って戦った後に、今度は頭を使うお仕事なんて、確かに大変よね……。


 だからと言って、甘やかす気は更々ないミアは何とかリヒトの腕から抜け出して、授かったばかりの称号を見せる。



「本日より彗星の召喚士、そう呼ばれるようになりました、という報告に参りました」


「これでグレモート卿も大人しくなるか。少しは円卓会議もしやすかろう」


「私のこの称号が役に立つことがあれば、何でも言ってくださいね」



 まだまだ成長しなければならないと思うが、リヒトの役に立ちたいという思いだけは人一倍強いと、自覚がある。


 変な所で胸を張っている自分に照れ臭くなっていると、顎をくいと持ち上げられる。



「今現在、俺の役に立っているだろ」


「え?」



 考える暇を与えることも無く、唐突に唇を塞がれ一気に体温が上がる。抱き寄せられる力は徐々に強くなり、ミアを求める力も強くなるのが分かる。


 このままではいけないと、僅かに与えられた唇の自由に、すかさず言葉を吐き出した。



「今日の仕事が終わるまで、私に触るの禁止!これは命令です!」


「くっ……!!!!」



 出された命令に逆らうことが出来ないリヒトは、分かりやすく尻尾を下げて机に向かう。



「……まったく、団長ったら」



 しゅんとした姿さえも愛おしいと思ってしまうのは、リヒトに獣耳と尻尾があって魔獣と照らし合わせてしまうからなのだろうか。それとも、好きな人相手に求められたことが嬉しいからか。


 どちらにせよ、リヒトを甘やかしては第四部隊にも影響が出てしまう。心を鬼にして、部屋から出ようとするが、我慢出来なくなって自らリヒトの元へと向かった。



「これから頑張るご褒美、ですからね」



 小さく呟きながら軽く触れた唇の感覚に、顔を赤く染める。



「ずるいぞ」


「私は団長の主、ですから」


「懐古の月が終わったら、この立場を逆転させてやるからな」



 本気の目に思わず怯むと、部屋の窓が軽く叩かれる。


 ふと窓の外を見れば、屋根の上で寝そべるフェンリルの姿がそこにあった。


 一連のやり取りを邪魔しないようにしていたのか、それともこれ以上は見ていられないと動いたのか。


 獣舎の方を見て、鼻を鳴らして屋根の上から飛び降りた。彼に続くように、光り輝く神獣と寄り添う片翼のドラゴンが空を舞う。



「どうやら、みんなが呼んでるみたいなので私も仕事に戻りますね!」



 今度こそ踵を返して部屋を出ようと扉を開けたその時、名前を呼ばれた。振り返ったミアに、ふっと笑ったリヒトは自信満々にこう言った。



「好きだ」


「ちょっと団長……!反則です!」


「命令には逆らっていない。俺はミアに触れてないだろ?」


「〜〜もうっ!私も大好きですっ!!」



 ミアの愛の告白は扉が開いていた事により、今日も今日とて騎士達の耳にも届いていく。


 魔獣達も負けじと、ミアを愛していると言うように甘えた鳴き声が、平和な王都に響いていった。





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へっぽこ召喚士は、もふもふ達に好かれやすい 〜失敗したら、冷酷騎士団長様を召喚しちゃいました〜 翠玉 結 @yui__reon

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