17.へっぽこ召喚士、憧れに近づく


 見事な二人の連携に気を取られそうになりつつ、バハムートの背後へと上手く回ったミアは神獣の力が宿る岩の裏へと辿り着く。


 苔むした岩肌に触れて、呼吸を整える。


 巻き起こる風に目を細めながらも、ミアは普段通りに魔法陣を描く。


 お願い……どうか私の声に応えて。


 全身を駆け巡る魔力に願いを込めて、細く長く呼吸を続ける。


 描き終わった魔法陣が眩い光を放つ。今まで描いてきた魔法陣とは比べ物にならない程に、そこに宿る魔力は大きい。


 内なる力が湧き出てくる感覚に召喚術を発動させるが、耳が痛くなるようなバハムートの咆哮に若干術が歪む。



「くっ……!」



 痛みに耐えながら、それでも集中力を欠けぬよう、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。歪みは修正されるものの、させるものかとバハムートは大地を揺らす。



「ミアッ!!」



 リヒトに呼ばれ、ハッと目を開ければ、ゴゴゴ……と低い地響きと共に轟音が真上から迫っていた。


 見上げる先には、崖の上から転がり落ちてくる岩が勢いを止めることなく向かってくる。


 自分よりも遥かに大きな岩に押しつぶされて、ぺしゃんこという可愛らしいもので済まされる訳がない。


 皆のように訓練を積み重ねてきている訳では無いミアには、足は咄嗟に動かない。動こうとした時には、もう間に合う距離ではない。


 今更ながら、召喚術以外にも騎士達と同じように訓練をしておけば良かったと後悔が滲む。


 っ……!まだ私は皆の役に立ててないのに!!


 召喚術を発動させて魔獣を呼ぶにも、時間がない。間に合わないと分かっていても、逃げるの一択しかできないミアは、身を翻そうと動き出す。


 本日二度目の影が落ちてきて辺りが暗くなるのに、衝撃と痛みを覚悟した。



「怪我はない?」



 パラパラと細かい砂埃が落ちてきて、人懐っこい声に振り返ると召喚したペガサスに跨る白馬の王子――ではなく、ユネスがいた。


 土埃に軽く咳き込んで、目を丸くすると良かったとユネスは小さく微笑んだ。


 爽やかな顔でサラリと無事を確かめた彼は、大岩を粉々にした上に、その破片すらも風魔法で宙で纏めている。



「ユ、ユネスさん?!」


「リヒトが突っ走って行くから何事かと思ったけど、ミアちゃんがいるなら無理もないか」


「ユネスさん!団長の援護を!」


「勿論、そのつもりだよ。加勢は僕だけじゃないからさ――」



 風を切る音と共に、頼もしい鳴き声を響かせるその姿が見えた。



「ミーアー!!」


「シュエルくんっ!皆……!」



 飛行部隊が隊列を組みながら崖に沿うように降下してきて、戦うリヒト達の加勢をするべく弓を構えた。


 サンダーバードが雷を落とし、バハムートの注意をこちらに向けさせる。


 グリフォンが一つ鳴くと、それを合図に一斉に矢を放った。



『グァアアアアアアッ!!』



 見事バハムートに突き刺さり、怯んだ一瞬を見逃さないリヒト達は、剣を、牙を光らせる。切り込んでくる彼らに、為す術なくバハムートは攻撃を受けて喚くしかない。


 加勢されたことにより、戦いやすくなった彼らはより一層動きを速めた。


 次々と加勢として加わる第四部隊の騎士と魔獣達が、やって来ては己の命をかけてリヒトを援護する。



「お前ら!他の魔物が残っていたら承知しないぞ!!」


「そんなの、他の部隊が何とかしてくれますよ!」


「そうそう!俺達は団長の剣であり、盾なんですから!」



 普段ならリヒトの怒りに怯むはずの騎士達は、これが第四部隊の戦い方だと有無を言わせない動きで、次々と攻撃を繰り出していく。僅かに傷を負っていていても、それを感じさせない動きは圧巻だった。


 魔獣達もミアにこっちは任せろと、得意げな表情で戦っている。向こうもミアの無事な姿を見て、安心して心置き無く戦えているようだ。



「みんな……!」



 相棒と息を合わせて戦う姿は、神獣に劣らない強さを持っている。


 だが、どれだけバハムートに傷を負わせたとしても、全てを封じることは出来ない。神獣の力なく、それは出来ないのだ。


 私がやらなきゃ……!!


 気を取り直して召喚術に集中すると、力が漲ってくるようだった。もうこの場には頼れる仲間が、リヒトを支えている。その一人に、ミアはなりたい気持ちを強く持つ。


 例え、学校で習わなかった過酷な状況での召喚術発動だとしても、これまで積み重ねてきた経験がミアを大きくさせた。


 失敗に失敗を重ねて掴んだ感覚は、確かなものになったのだから。


 描く魔法陣はこれまで以上に大きく、完璧に。ありったけの魔力を注ぎ込み、瞳を閉じた。


 ここまで私を導いてくれた――貴方とどうか手を取り合いたいの。


 声の主を強く思い浮かべて、願いを想いを術に込める。



「お願い、応えて……!!」



 魔法陣から吹き荒れる風に、髪を乱暴に靡かせられる。


 ――お前には神獣の召喚など無理だ。


 ――どうせ落ちこぼれのくせに、調子に乗るな。


 召喚術そのものがミアに対して、否定するように術を歪ませていく。吹き荒れる風は、針のように痛みつけてくる。


 自分に自信を失い、肩を落とす己の姿が脳裏に浮かんだ。


 だが、ミアはその声に揺らぐことなく魔力を注ぎ続けた。


 過去の自分を否定するわけでもない。


 自分には召喚術が出来ないと思う時もあった。それでもここで出会った、支えてくれる大切な仲間が、家族がいた。


 いつか自分を支えてくれる人を、支えたい。その気持ちに、何ら偽りはない。



「私はミア・スカーレット!召喚士よ!!」



 幼き頃に憧れた召喚士という存在に、ただひたすらに努力してその夢を掴んだ。


 それを否定するものは何も無い。


 自分の不甲斐なさに落ち込むこともあるけれど、皆が居たから胸を張っていれる。だから、迷うことなんか何もない!!


 強く目を開けて、ペリドットの瞳で揺れる影を見つめた。



「バハムート!貴方の幻術にはもう惑わされない!」


『グォオオオオオン!』



 断ち切るようにそう叫んで、見えた一筋の光に想いを込める。


 皆の幸せを、守りたいのっ……!!


 片手を天高く掲げ、指先に全ての魔力を注ぎ込む。描く魔法陣は光を強めていく。


 目の前で静かに息を潜めていた岩が、共鳴するように輝き始めた。



「――そなたを待っていたよ」



 直接聞こえてくるその声を手繰り寄せるように、更に魔力を魔法陣に注ぎ込む。


 そんなミアを取り込むように、光がミアを見えない何かで吸い込んだ。


 一瞬、身体の中で何かが弾ける感覚がしたが、それが何かを考えることなく、目の前にいる大きなドラゴン――浄化の白竜カタルシスドラゴンに釘付けになってしまう。


 柔らかい毛並みは白銀に輝き、背中に生えた大きな翼からは光が溢れている。


 どこまでも続く真っ白な空間の中に、ミアと白竜は宙を漂っていた。何もないはずなのに、川のせせらぎや鳥のさえずり、虫の声に風の音……雄大な自然がそこにあるような感覚に包まれる。



「ようやく会えたね。ミア」



 泳ぐように近づいてくる白竜の翼の柔らかさに、触ってもいないのに顔を緩ませていると、小さく笑われる。



「ふふふ……君はやはりロベルツにどこか似ているね」


「えっ?!賢者様に、ですか?」


「”全ての魔獣”を愛し、寄り添う――それが彼だった。そんな彼と同じ目をしている」



 まさか自分が賢者と似ているなんてことを言われる日が、想像出来ただろうか。第一、この世に賢者を知る者はもう何処にもいない。


 ただ一人ここに残された白竜だというのに、寂しさを感じられない。


 ミアの思うことを察したのか、ゆっくりと頷いた。



「私は彼からたくさんの愛を貰ったからね。そんな彼が愛した世界を、私も”彼”も守りたいと強く思うよ」


「力を、貸してくれる……?」


「その為にミアをここに呼んだんだ。どうか、私を縛り付ける鎖を解いてくれ」


「鎖……?」



 詳しく聞こうと思ったが、空間が大きく揺れる。

亀裂が何処からともなく入り、逃げ惑う生きとし生けるものの悲鳴が響き渡った。



「契約を結ぶよ、ミア。鎖を解き放ったその時、全てを教えよう」



 パラパラと崩れていく空間から逃すように白竜は、光の渦へとミアを押し出した。


 身体の力が抜ける……そう思った途端、足の裏に地面を感じた。我に返り、周囲を見渡せばバハムートが岩を壊そうと攻撃を繰り出していた。


 それを防ぐように騎士と魔獣達が、懸命に戦っている。


 バハムートは影を更に取り込み、先程見た時よりも体を大きくさせ、力を取り込んでいた。



「鎖……鎖……!」



 言われた言葉を頼りに、鎖らしきものを探すが苔むした岩にはそれらしき物は見当たらない。


 バハムートがすぐそこにいる以上、迂闊な行動を取ったら怪我所ではない。


 どうしたものかと慌てふためいていると、ぐいっと腰を抱き上げられ、再び足が地面から浮いた。



「わっ……!!」



 とんっと体を支えられる温もりに目を向ければ、フェンリルの背に乗ったリヒトがミアを抱き上げていた。



「どうやら、互いに苦戦しているようだな。始末書の件はとりあえずなしにして、協力するぞ」


「団長っ、あの岩に近づいて貰えませんか!」


「何かあるのか」



 神獣である白竜の存在があの岩の中にいること、そしてその力を解き放つ鎖があることを手短に話す。


 フェンリルは何か心当たりがあるのか、チラリとミアに視線を送る。



『岩の中で一番、神獣の力を感じる場所を言え』


「力を感じる場所……」



 独りごちりながら、真剣な眼差しで岩を見つめる。


 させるものかと妨害するように、バハムートがこちらに照準を合わせてきた。怒り狂うバハムートの攻撃は、先程に比べて遥かに威力が増している。


 迂闊に近づいたら、攻撃を喰らいかねない。上手く攻撃を交わすが、中々岩の元へとは近づけない。



「っち……本当に厄介なやつだ。切り刻んだ暁に流れる真っ赤な血を、早く拝みたい所だな」



 物騒な一言だったが、ミアの中でピンと来るものがあった。



「……!フェンリル!あの岩に埋まっている、赤い魔石目掛けて飛んで!」


『何をするつもりだ?!』


「いいから!早く!!」



 普段では有り得ないミアの迫力に負け、フェンリルはバハムートの攻撃を避けた反動を利用し、大地を大きく蹴った。


 その身はバハムートの遥か上を飛び越え、グリフォンが起こす風に乗って更に遠くに飛ぶ。


 キラリと輝く赤い石が見え、ミアは腰のベルトに差し込んでいた短剣を手にした。


 体を抱き締めるリヒトの温もりをまだ感じていたかったが、甘えすぎも良くないと喝を入れる。


 ただ気持ちを知った今、お返しだと言わんばかりにミアはリヒトの襟を掴んで、顔を近づけた。


 ――ほんの一瞬、時間が止まった感覚に、ミアは溢れる想いを唇に込めた。



「……!」


「団長!行ってきます!!」



 唇に感じたリヒトの頬の感触に、勝ち誇った笑みを浮かべつつ、彼の腕からするりと抜け出した。


 声にならないリヒトの息を振りほどき、高く飛んだフェンリルの背から落ちるように、岩の魔石目掛けて、短剣を突き刺した。



「いっけぇええー!!」



 欠け零れた短剣が放った鋭い音と共に、粉々に砕けた魔石から眩い光が溢れ出し、バハムートが苦しそうに吼えた。


 光を切り裂こうと翼から風を巻き起こすが、押さえつける光の力には勝てなかった。どんどんと小さくなっていくバハムートを、締め付けていく光の鎖は真っ直ぐに伸びている。


 その光景に釘付けになっていたミアは近づいてくる地面に、目をきつく閉じた。地面に叩きつけられる、そう覚悟したが、柔らかい感覚がミアを掬い上げた。



「さあ、ミア――君はどうする?」



 真っ白な翼に拾い上げられ、乗せられた白竜の背から見えた、弱々しく済まなさそうな瞳を向けるバハムートを見た。


 邪神……そう恐れられるバハムートが、こんな目を向けるなど、誰が想像出来ただろう。

 

 向けられた視線を絡ませながら、ミアは白竜にバハムートに近づくように声を掛ける。もう何も抵抗してこないバハムートは、近づいてくるミアに身を縮こませた。



「……あなたは、ただ怯えているだけなのね」



 近づくだけで分かる。バハムートが感じてきた悲しみや、怒り。それに幸せ。


 それは白竜が教えてくれた記憶、そのものだった。



『我はロベルツに拾われた身。愛を与えてくれた彼と同じ時間を過ごし、ただ平凡な日常を歩みたかった……だが、それは直ぐに壊された』



 白竜の力により徐々に浄化されていくバハムートは、穏やかな声で真実を語り始める。



『召喚した主が思い出したかのように、我に世界を滅ぼすように命じてきた。憎き人間を、この世の全ての理を主に与えられた闇の力で滅せと。ただ我は、彼が愛した世界を壊したくは無かった』



 一粒の涙を零したバハムートの影が、涙によって浄化されるように本来の姿を映し出した。


 蠢く闇は薄れ、そこにいるのは綺麗な瞳を持つ一匹のドラゴン。片翼を失っても尚、空を制する風貌は消えてはいなかった。



『主の命には逆らえない。なら闇魔法を全て取り込んだ、我が身諸共封印すれば事なきを得ると』


「大切な家族を失いたくないと泣き叫んだロベルツだったけど、バハムートの気持ちを組んで封印を選んだ。この世界を、大切な家族宝物を守るために。これが――真実だよ、ミア」



 知っている賢者ロベルツの物語とは全く異なり、本当の物語はバハムートが彼を想うために生まれた悲しい物語。


 そして愛する彼が好きだった、この世界を守るための英雄譚だったのだ。



『再び我が復活する時、万が一闇が残っている場合に備えて、彼と同じように魔獣を愛する召喚士に託すべく、末裔に白竜が力を与えた。それを受け取ったのが、あのフェンリルという事だ』


「……」


『導きを託し、白竜を喚び出したお主に感謝する。まだ闇の力は残っているが、こうしてまた彼が愛した世界を壊さずに済む。さあ、白竜。再び我の封印を――』


「ちょっと待って!!」



 覚悟を決めたバハムートに、真剣な眼差しで見つめる。全ての過去を出来事を知った今、ミアにはある想いが強く芽吹いた。


 彼の想いを、私が受け継いだのなら……やる事は一つ。


 真っ直ぐに見据えるバハムートの瞳に映る自分には、何の迷いもなかった。



「ロベルツは、きっとあなたの封印なんてもう望んでない。彼はあなたの幸せを願っているはずよ」


『……』


「世界を壊してしまう恐怖と、また長い時間独りぼっちにならなきゃいけない寂しさ。その両方の悲しさに包まれて欲しいなんて、彼は思ってないと思う。だって、あなたの事を愛していたんだから」



 バハムートがロベルツを大切に想うように、彼もまたバハムートを想っていた。その気持ちは、今のミアには痛い程分かる。


 大切な仲間を、家族を見つけたミアには、目の前にいるバハムートの幸せを願わずにはいられない。


 だからこそ、この物語を変えなくてはならないのだ。



「白竜、あなたは私と契約した。私は封印という手は選ばない。やるべき事はただ一つ。バハムートを苦しめる闇を浄化しましょう」


『無理だ。それも一度試そうとしたが、我が闇の力は大きい。白竜一匹の力ではもう、この力は抑えきれないのだ』



 力ない声で諦めろと呟くバハムートだったが、喝を入れるかのように、声が響く。

 


『オレ達の存在を忘れては困る』



 ふと、隣を見ればリヒトを安全な場所に置いてきたフェンリルがそこに居た。輝く真っ白な毛並みは、神獣を思わせた。



『オレ達が神獣の末裔である以上、受け継いだ力がある』


「きゅー!」


「ふぎゅっ!」



 いつの間にか魔獣達がミアの元へと集まり、その身に光を纏っていた。燃ゆる炎のように揺らめいては、白竜に向かって光を放つ。


 温かくて優しい光は、この子達の想い。みんな、想うことは一緒なのね。


 誇り高き神獣の末裔だと、威を張るわけでもなく、同じような悲しみを抱く仲間を救いたいという彼らの気持ちがひしひしと伝わってくる。


 白銀の大きな翼を広げ、集まった力を前に白竜はミアを見つめた。



「素晴らしい仲間だ」


「私の大切な家族だもの。それじゃあ白竜、この物語を変えよう」



 誇らしげに笑って見せると、白竜は集まった光の力を使って大きく羽ばたいた。巨大な一本の槍のように変化した光は、バハムートの闇目掛けて矛先を向ける。


 人間の邪悪な感情や、怨念が光の槍に抗おうとバハムートの前に結界を張り巡らせた。



『我ガ復讐ハ、マダ終ワッテイナイッ!邪魔ヲスルナアァア!!』



 再び闇に取り込まれたバハムートが、操られるようにして我が身を守ろうと最後の力を振り絞った。


 矛と盾のせめぎ合いが続く中、地中から現れた蔦がバハムートの足元に絡みつくと、闇の力を増幅させていく。



「させるかっ!」



 異変に気づいたリヒト達が後ろに回り、地中で蠢く蔦を切り刻んでは力の増大を阻む。暴れ狂うバハムートは、ありったけの力を込めて、槍を跳ね返そうと吠えた。


 力の大きさに白竜が一瞬険しい表情を浮かべ、矛先の照準が若干ずれていく。


 最後の力が足りない……神様、どうかお願い!私に力を貸して!


 白竜に力を込めるように祈ると、胸元が熱く輝くのが分かる。その熱を確かめるように制服の内側から、それを取り出した。


 初めて野生のコカトリスと出会い、お守り代わりに持ち歩いていた一枚の赤い羽根。その羽根が、何かを喚び起こした。



「クォォオオオオッ」



 透き通る鳴き声は、空耳などではなかった。綺麗な淡い赤い羽から、魔法陣が浮かび上がるや否や、風を切るように羽ばたく音が森全体にこだました。



不死鳥フェニックス……」



 眩い炎の光は沈む太陽のように赤く、息を飲む程に美しかった。伝説上の不死鳥が、今目の前でミアに何かを感謝するように目を細めた。


 不死鳥の持つ魔力の光が加わった今、矛先眩しい光を宿し勢いを、皆の想いを乗せ、闇を葬るために鋭さを増した。ピシリと鈍い音が聞こえるや否や、盾に亀裂が入るのをミアは見逃さなかった。



「みんなを……私は守ってみせる!!」



 魔力を白竜に注ぎ込むと、光の槍は闇を打ち砕くように一瞬にして貫いた。


 槍として形を保てなくなり弾けた光の粒が、バハムートを蝕んでいた闇を浄化させていく。



「もう悲しい想いなんて、絶対にさせない」



 白竜の背から飛び降りて、もがき苦しむバハムートを包み込むように抱き寄せた。力を失ったバハムートは、みるみるうちに胸に収まりきる程の小さな子供ドラゴンへと姿を変えていく。


 解き放たれた闇の力は全て浄化され、枯れ果てた森は再び命を吹き返し、青々とした緑が視界いっぱいに広がった。


 着地する間際で、グリフォンの風魔法により無事綺麗に着地したミアは、抱き締めるバハムートの澄んだ瞳を覗いた。



「おかえり、バハムート。ロベルツが愛した世界に帰ってこれたね」


『ああ……ただいま』


 


 バハムートは照れくさそうにそう呟くと、遠慮がちにミアの頬に鼻を擦り付けて小さく甘えた。


 遠巻きに様子を伺っていた魔獣達だったが、あまりの羨ましさに、我も我もと甘えた声でミアの元に一目散に集まり始めた。



「わっ、ちょっと!みんな、そんなに押さないで!」



 一度に集結した魔獣達を前に目を丸くするが、甘えて飛びかかって顔を舐めてくる魔獣達に白旗を上げる。擽ったい気持ちと、皆を守れた安心感で心が満たされていく。


 そんなミアを見て嬉しそうに微笑むバハムートを祝福するように、不死鳥が羽ばたく翼から光を零しながら去っていく。


 魔獣達と手と手を取り合う召喚士に、明日という未来に希望を託すように、昇る太陽に向かって姿を消した。


 










 森に穏やかな活気が戻ってくる頃、ミアは我慢しきれなくなった欠伸を零した。


 森のその他の異常、及び魔物の残存が居ないかの確認が終わるまで、くれぐれも大人しくしているようにとリヒトに命じられたミアは、切り株に腰を下ろして様子を伺っていた。


 魔獣達も相棒の騎士と一緒に仕事をこなしているというのに、自分だけすることがないとなると徹夜明けの疲労がのしかかって来る。



「随分と気が緩んでるな」



 眠気覚ましには丁度いい鋭い声に肩を震わし、後ろを振り返れば部下達に指示を出し終わったリヒトが、ミアを見下ろしていた。



「なっ、何かお手伝いすることありますか?」


「これ以上首突っ込まれて、振り回されるのはもう御免だ」


「ここに来たこと……もしかして怒ってたりします?」



 明らかに普段よりも一弾と強い怒りの空気に、震える体を抑えるので必死になる。



「ああ。とてつもなくな。今回の報告書は全て、お前に書かせてやってもいい」


「そっ、それは始末書と反省文でどうか許して貰えませんか……?」


「始末書はなしにすると言っただろ。それとも何だ?どうしても書きたいというのなら話は別だ」



 低く唸るリヒトは、今にもミアに噛みつきそうな程機嫌が悪い。


 ただいつもの機嫌の悪さとは何かが違うと、首を傾げる。

 


「……ミアが居なかったら、俺達はあのバハムートをただ始末することだけに拘っていた。ただ平和的解決をもたらしたのは、紛れもなくミアのお陰だ。礼を言う」



 ぶっきらぼうに呟くと、くしゃりと苛立ちを含めて前髪を掻き分けた。


 褒められて嬉しいはずなのに、まだリヒトの本当に言いたい事を見抜けないミアは、切り株から立ち上がり彼を見つめた。



「まだ、何か怒ってます……よね?」


「……はあ。守りたいものが自ら危険に首を突っ込んでいく、こっちの気持ちを考えてもいないだろ」


「え?」


「怪我をしてないか、隅から隅まで確認させろ」


「えっ、えっ?!」



 突然腕を取られたかと思えば、吸い込まれるアイオライトの瞳を前に身動きは取れなくなった。



「まだミアが入隊したての頃も、自ら突っ込んで行ってコカトリスを自分の力だけで帰したこともあったな」



 囁く声は優しく、でも何処か鋭い。


 少しでも油断したら一気に喰われる、そう本能が訴えかけてくる。


 過去の危なっかしい記憶を持って来られて、怯みそうになるのを何とか耐える。


 あの一件が無ければ、不死鳥を呼ぶ為の羽根は手元になかったのだ。先の戦いの一手は、過去の自分があってこそ。


 首を突っ込んだことは全力で頭を下げるつもりではいるが、過去の出来事に後悔は微塵もない。



「俺を支えろと確かに言った。ただ、その言葉はこうして現場で身体を張れという意味じゃない」



 全てを制されるようなそんな感覚に、ミアは身体に力を入れて、真っ直ぐにリヒトを見つめ直した。


 自分がとった今回の行動がリヒトの言葉にそぐわないとしても、この気持ちだけは伝えたかった。



「私、団長の役に立ちたくて……!」


「知っている。ミアがどれだけ俺の為に動いているかなんて、好いている女を目で追っていれば、いとも簡単に分かる」


「……え」



 ゆっくりと撫でて確かめる手が髪を、頬を、首を撫でる。感覚を嗜むように、彼の手は何度もミアを撫でた。



「俺はミアが傍に居てくれるだけで、不思議と強くなれるんだ。逆にミアを失えば、俺はきっと弱くなるだろう。俺にとってミアは、無くてはならない存在なんだ。もう無茶はしないと約束しろ」


「だって私なんかへっぽこだし、団長のこと召喚しちゃうし、まだまだ召喚士としての腕も浅いし……!現場の経験積まないと、団長の、皆の足を引っ張っちゃいますからっ」


「それでもだ。現場に出たいというのなら、俺を納得させられるようになったらだ」


「うぅ……」



 獲物を捕らえた獣は、もう逃がさないとでもいうようにミアの腰を強く抱き寄せた。



「なんなら、俺に命じればいい。ミアを守る盾と剣になれと」


「それだと、私はただのお荷物になるじゃないですかっ!それに団長、この主従関係嫌いでしょう?」


「好きな女になら悪くない」


「っ……!」



 傲慢な獣は、ミアの反応を楽しむように小さく笑う。



「懸命に努力する姿も、魔獣と戯れる姿も、俺を前にすると赤くなるのも……全部好きだ、ミア」



 囁く声に身体が痺れて言うことが聞かなくなる感覚に、何とか抗おうとリヒトを潤む瞳で見つめた。


 逃げ場を失ったミアは、黙って食われるものかと頬を赤らめながらか細く呟く。



「私も……団長が好きです。これから先も、団長の傍に居させてください」



 精一杯の告白に脳が酸欠になりかけそうな時、ふと影が落ちた。



「愛してる」



 短く触れた唇の感触の後、囁かれた言葉に目眩がする。


 リヒトの触れる全てが熱を帯びて、熱い。


 嬉しいという感情に浸りたいミアに、まだ足りないと獣は唇を求めた。


 待てを言わせぬ早さで、リヒトはミアの唇を食らった。呼気を乱され、長く長く奪われた唇が解放されたのは、ユネスがニヤニヤしながら態とらしくリヒトの名前を呼ぶまで続いたのだった。




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