第3話 彩花探偵の推理




 あれから1週間後の金曜日、私は駅前のデパートの屋上にあるベンチに座っていた。


 時刻はもう7時半を回っていた。もうここに来て2時間近くになる。


 眼下には横浜の港とその前に広がる街がクリスマスイルミネーションに飾られて光り輝いている。



 それでも、その光は私の心を躍らせることもなかったし、それ以上に深い闇が私の中に立ちこめていたから。




 この水曜日、謙太君が文芸部の部室にお邪魔していた私のところに訪ねてきてくれた。


 運動部の3年生は夏や秋の最後の大会を持って引退と言うところも多いけれど、文化系部活はそういった期限が設けられていないから、私も勉強の息抜きとして時々生徒会室ではなくこの部室に来ていた。



 この部屋で書いた児童向け小説がコンクールで優勝したりした。どうやら私の場合は同年代の小説を書いたりするよりも、小さな子向けに書いたお話の方が向いているらしい。


 私の両親を見てきたせいもあるだろう。私も進学先としては幼児教育を学べるところにしたくらいだから。



「小島先輩、持ってきました」


「あぁ、ありがとうね」


 謙太君は一応学校では私のことをこう呼んでくれる。それでも私たちの仲がいいことは、正直なところ周りも知っている。



「でも、困ったことがあるんです」


「どうしたの?」



 謙太君は、どう切り出していいか分からなさそうな表情で続けた。


「先輩のお母さん、結花さんて名前ですよね?」


「うん、もともとは原田結花って言うはずだよ?」


「ですよね。居ないんです。この中に。全部のページを探しても……」


「えっ?」


 持ってきてくれた卒業アルバムを広げてみる。クラスの個人写真があるページを見ても、確かにその名前は無い。


 3年1組には、謙太君のお母さんで、旧姓の佐伯千佳さんの名前と写真があるから、年度が間違っている訳じゃない。


「謙太君のお母さん、なんだか寂しそう」


「確かに。他がみんな笑顔なのに、ひとりだけ変だな……。当日休んで、別撮りしたのかもしれないですけど」


「でも、それでここまで落ち込んだ顔するかなぁ」


 私が知っている謙太君のお母さんはいつも豪快に笑っているイメージだ。


 それなのに、この写真ではいまにも泣き出しそうな表情で写っている。拡大してみれば泣いていると判断できてしまうくらいなんだ。


 もう、これは推理小説なみのミステリーだ。


 個人写真が載っていないお父さんとお母さん。


 泣き出しそうな悲しみに溢れて載っている謙太君のお母さん。


 プラスで言えば、恐らくこのアルバムは一度もページをめくられたことがない。パリパリという新品の本を開いたときの糊の音がしたから。


「あ、でもこれそうだよね……」


 2年生で行った沖縄への修学旅行の集合写真のページにそのヒントが載っていた。


 急いでルーペを持ってきて写真を見る。


 お母さんを見つけるのは難しいことじゃなかった。


 今の私と同じ、いやそれ以上に長い髪をリボンでまとめている。特段の美少女ではないけれど、ナチュラルで娘の私から見ても可愛い方だと思う。


 でも何故だろう。修学旅行で楽しい時間のはずなのに、疲れきっているように見える。


 その姿を見つけたのも束の間、私はもっと重要なことに気がついてしまった。


「これ……、お父さん……」


「マジ??」


 謙太君もその写真に食い入るように見入った。



 もう20年近く前の写真だから、それぞれ年を重ねている。


 でも、私が生まれてから一番近くにいてくれた二人の顔を、いくら年代が違うからと言って間違えることはない。


「どう言うことなんだろう……」


「で、でもさ。小島って先生の名前もここにないんだよ」


 生徒写真より前のページにある教職員のページにも、小島陽人というお父さんの名前や写真は確かに載っていない。


 つまり、お父さんとお母さんは確かにこの学校に在籍していたのは間違いない事実で、高校2年生までは普通に学生生活を送っていたことは分かった。


 でも、何らかの理由があって3年のどこかで二人とも学校を去り、卒業アルバムには載っていない。


 この事実だけはハッキリしたんだよね……。

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