第7話 真実の話の迫力




「彩花ちゃん。結花はね、誰にでも優しくて、そして本当の意味で強い子だったんだよ。あたしが本当に惚れ惚れしちゃうくらいの理想の女の子だったんだ。でも、他のクラスメイトはそれに気づいていなかった」


 初めて会った頃、教室で味方がいなかった当時のお母さんに「お友だちになっていい?」と聞いた千佳さんに、ポロポロ泣きながらありがとうって手を握ってくれたこと。


 小学校だけでなく中学校の話もしてくれた。授業中でも千佳さんを守るために自分が怪我することも覚悟で飛び込んでくれて、一緒に救急車に乗ったこと。部活で捻挫をした千佳さんに付き添うため、自分のスケジュールを全部キャンセルして病院まで一緒に来てくれたこと。


「結花は……、いつも一生懸命に生きてきたの」


 それなのに、普段は目立たなくて、クラス委員とか厄介ごとばかり押しつけられていたことも。


「そんな頑張り屋の結花に、神さまはなんて試練を与えたんだろうね」


 お母さんは16歳で卵巣がんを患ってしまったという。その治療のために学校を休んだ。それがあの欠席日数だったんだ。


 そんなお母さんを支えたのは、家族の他は千佳さんと小島先生だけだったという。その二人の間に芽生えた恋心のことは、二人とも感じ取っていた。


「結花も先生も、ちゃんと解っていたんだよ。でも、抑えきれなかったのもあたしには理解できた」


 あの手紙は、お母さんも決してやってはいけないこと、悪いことだとは十分に知っていたし、お父さんもその手紙の返事には気持ちに応えられないと明確に断っていたというんだ。


「え、じゃぁ、お父さんとお母さんが学校を辞めたのは……」


「結花が辞めたのは、クラスのいじめ的な事件と、病気をきちんと治して元気な体になるため。どちらかと言えば先生の方だよ。結花がいなくなった後、本当に元気をなくしちゃって。結花を卒業させられなかったのは自分の力不足だ、ゼロからやり直すんだって自分から辞めたの。生徒との交際の責任を取らされて辞めさせられたなんてのは真っ赤な嘘。その方が話題としては面白いもんね。酷い話だよ。あたしとうちの旦那以外は真相を知る人はほとんどいない。あの二人はお互いに迷惑をかけないように、その時はちゃんとけじめをつけたんだよ」


「そんな……」


 酷すぎる……。お母さんの卵巣の病気が、まして近付いただけで誰かに感染するなんてことは絶対にない。それなのに、変な噂を流されて。


「彩花ちゃん。結花があたしをちぃちゃんて呼ぶでしょ? あの呼び方をしてくれるのは後にも先にも結花だけなんだよ」


 そんな特別な関係になった千佳さんに飛び火しそうになった噂で迷惑をかけないように、たった一人の親友という関係すら手放そうとしていたことも。



「先生も今の仕事に就いて再スタートをしていた。結花も病院に通ったり、今もお仕事をしている園で体力とか対人恐怖を乗り越えるリハビリを必死にしたんだよ。そうやって、少しずつ笑えるようになった。あたし、結花が久しぶりに笑ってくれたのを見て、本当に泣けちゃったんだ。横須賀の海沿いに、ユーフォリアってお店があるの覚えてる?」


「はい」


「あそこは、もともと結花のお母さんの友達がやっていたの。今は息子さんが継いだけどね。あのお店で結花はリハビリを兼ねてアルバイトをしていたんだ。そこに、神さまは先生を連れてきたんだよ」



 最初はやはり生徒と先生という元々の関係で悩んでいたそうだ。でもお母さんのお母さん、つまり私のお婆ちゃんは言い切ったんだって。あの病気の時に支えてくれた先生となら、お母さんとの交際を許すって。


「結花はね、離れて暮らす先生に会いたくて、自分でお金も貯めて一人でニューヨークまで会いに行ったの。ご両親にも努力を認めて貰ってね。ほんと、そのときの結花と先生はカッコ良かったんだぁ」


「何があったんですか……?」


「先生ね、海外転勤の話があってすぐ、結花のご両親に直談判に行ってるんだよ。海外で安心して暮らせるように最初の半年で準備をして、必ず幸せにする。自分を立ち直らせてくれたのはお嬢さんだと。二十歳前で早すぎるのを承知で結婚させてくださいって。ご両親の前で何度も土下座してお願いしたそうよ。結花も最終学歴が中卒のままじゃ先生の奥さんになったときに先生に迷惑をかけるって、進学もしないのに、高卒認定資格とったりして。だからみんな『この二人の間なら』って認めてくれた。半端な覚悟じゃできないよ」


 そのニューヨークでのクリスマスイブ。お父さんは生活で不安な要素を取り除く準備を終えて、お母さんに正式に結婚を申し込んだ。お母さんは嬉し泣きしながら指輪を左手薬指に受け取ったって。


 何もかも違ったんだ……。


 私は千佳さんのお話に返す言葉を見つけられなかった。

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