第4話 開かれてしまったパンドラの箱




「どういうことなんだろ?」


「それは娘の私が一番知りたいよ」


 本当に真相は何だったのだろう。お母さんは転校をしたんだろうか。お父さんに何らかの事情があったのか?


 ページをさらに細かく見ていくと、授業風景として撮影された教室のシーンでは、お父さんもお母さんも写真がある。


 つまり、3年生の途中までは何事もなかったはずなんだ。


 お母さんがお家の都合で転校したというなら話は通じる。謙太君のお母さんが寂しがっているというのも説明できる。


 でも、先生たちの転勤であったとしたら、年度の中途半端はおかしい……。


 もしそれならそれで構わないけれど、私の心の中にはある一つの可能性が湧き出てしまっていた。





 家に帰って、先日の家捜しの中で見つけていた二つの箱を押し入れの奥から取り出す。


 よく書類などを入れてあるプラスチック製の平たい収納ケースだ。


 お母さんの字で「陽人さん」と書いた紙が貼りつけてある。そして、もうひとつには同じ字で「結花」という表示もある。


 この箱を開けていいのか……。





 正直、こんな思いをするなら……と後悔した。


 私にとって、それは開けてはならない、パンドラの箱だったから……。






 先に開けたお母さんの方には書類が詰まっていた。成績証明書、退学の証明、最後に渡された高校2年生の3学期までの通知表など。


「退学……」


 震える手でそれを少しずつそっと取り出す。一身上の都合により、高校を退学と書かれている。何があったのか……。


 処分ではない自己都合の退学だ。成績表を見ると、確かに2学期の後半と3学期はほとんど出席が出来ていない。


 そして、確かにその年の担任はお父さんの名前である小島陽人先生となっている。



 お母さんがお父さんを「先生」と呼ぶのは、今の仕事で講師をやっているからだと思っていた。


 それだけじゃない。この当時からの名残でもあるんだ。


 でも一身上の都合って、一体何だったのだろうか。


 書類にあるお母さんの退学の日付は5月の頭。ゴールデンウィークの直後だ。


 焦る気持ちでもう一つの箱を開けて、私は今度こそ見てはいけないものを見てしまったと思った。


 最初にあったのは、見せてもらった卒業アルバムにあった修学旅行の集合写真。これはまだ分かる。


 でも、紙の封筒から出てきたのは、お父さんとお母さんのツーショットだ。お母さんなんて今の私よりずっと幼い顔をしている。


 結婚式も沖縄だと聞いていたから、後の物か思ったけれど違う。お父さんが修学旅行の資料を持っているからだ。どうやって二人きりで撮れたのか……。


 最後は手垢で多少汚れてしまっている、淡い桜色の手紙。大切に保管されてきたのだろう。


 それを開いたとき、私は体から血の気が退いていくのを感じた。




『………先生が好きです。




 本当に1年間、先生のクラス、先生の生徒になれてよかった。


 私は幸せな女の子です。


…………


2年2組 出席番号31番 原田結花』




 文面を見た限り、さっきの欠席日数は入院か何かで学校に行けなかったわけだ。それは問題じゃない。


 これが他の生徒の名前だったらまだよかった。


 原田結花……。これは当時のお母さんがお父さんに渡したもので間違いない。


 問題は中身。『先生が好きです』って書いてある。これは間違いなく恋文ラブレターじゃない……。


 私だって分かる。


 いくら学校の先生を好きになったとしても、それは心の中で納めておくべき感情だってことぐらい。


 それを表に出してしまうこと自体、もしやっていいとしたら、私たちの年齢向けの恋愛小説の中。叶うことはないと分かっていながらの夢想ストーリーだから。


 そして、お父さんである小島先生が、それを大事に保管してあるという意味。


 一身上の都合というのは、理由を公表したくないときの常套句……。




 整理してみると、高校2年生のお母さんは、病気で長期間学校を休む必要があった。同時に担任の先生だったお父さんに恋をしてしまった。


 そして、3年生の5月にお母さんが。何時いつかはまだ分からないけれど、お父さんもこの年の卒業アルバムを作る前に学校を去った……。


「なんて……、こと……。こんなの誰にも言えないよ……」


 私は誰もいない家の中で、体の震えが止まらなくなってしまった。

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