あなたの瞳に映りたい

@yuki789

第1話

 ベランダから私はふと空を見上げる。

 夜空には何千、何万もの星がきらめき、まぁーるいお月様が雲から飛び出してきて、私の顔を照らす……。なんて、もうそんなこと認識できなくなったのに、毎日空を見上げてしまう。私は何かを感じ取っているのだろうか。


「あ、先生。今日は満月ですよ」

「ええ、そうね」

「……相変わらず不思議ですね。満月が出てきた瞬間に先生は顔を上げた。みえていないのに、見えている」

「ふふ、私が一番驚いているわ」


 横に座る彼女は、私の助手で生活のお世話をしてくれている従妹の鈴木かえ。大学院生で天文学を専攻している、頭の良いかわいい妹。

 そして私は、天文物理学の教授である、志賀ゆな。事故の影響で第一視覚野という脳の一部を損傷したことが原因で、目が見えなくなってしまい、かえに世話を頼んでいる。

 けれど、私の身に何故か物の位置や向きなどがなんとなくわかってしまう、不可思議な現象が起こっている。

 具体例をげると、私の目の前に光源をおいて、「光がありそうな方向に指をさしてください」と言われれば正しい方向に指をさすことができるし、目の前にある棒が横向きか縦向きかも高確率で当てることができる。 

 これはつまり、ただ見えていないだけで、目はちゃんと機能しているという奇妙な状態なのだ。これは目が機能しない「盲目」と明確に違うため「盲視」と呼ばれている。まあ、傍から聞いていると、特殊な能力みたいなものを私は持っている。


「先生、そろそろ中に入りましょう? 最近また寒くなってきたようですし」

「そうね、お月様もどうやら雲に隠れてしまったみたいだし、中に入りましょうか」


 月明かりが消え、私を照らすものがなくなったとなんとなく感じた。


「お月様だなんて、ほんとかわいい言い方しますね、先生」

「なっ、別にいいでしょ何と言おうが!」


 ああ、いけない。私はついかえに対してはムキになってしまう。


「あはは、そう怒らないでくださいよ、とーってもかわいい、ゆな先生」

「あ、あなたねぇ……!」


 にたにたした笑みが頭に浮かぶわ、全く。かえは度々私の言い回しをバカにしてくる。自分ではそんなに子どもぽかったりはしないと思うのだけど……不安になってきたわ。

 笑いながら席を立ったかえは、私の後ろに回り、車いすを押し始める。



 私は以前天文学者として、自前のラボにある天体望遠鏡で新しい星を探していた。それは小さい頃からの夢で、当時はなんとなく月に興味を持ち、天体の勉強にのめり込んだ。小学校、中学校、高等学校を勉強に費やし、うれしいことに、今では教授なんて肩書がある。

 今、思い返せば何をそんなに必死になっていたのかわからないが、その頃はほんとに勉強することが楽しかった。中学二年生の頃なんて、一つ一つの惑星の名前を憶えては、関わりのある神話などを調べて興奮していた。

 まあ、天体の勉強しかしてこなかったから学校の成績は悪かったんだけど。

 そうして勉強をしていた最中に、『新しい彗星を発見!』というニュースが飛び込んできた。

 かじりつくようテレビに注目し、発見者インタビューで、星を見つけたら自分で名前を付けられることを知った。

 もうその時は胸がわくわく、ドキドキで一日中新しい星の発見者になった自分を想像して、にやにやしていた。

 ……こんな経緯で掲げている『新しい星を見つける!』は、以前まで明確に思い浮かぶ大切な私の信念だった。

 だけどそこに『見えない』という障がいが現れ、さすがの私でもこれには落ち込み、夢への熱が冷めていくのがわかった。

 でもちょうどそんな時に、たまたま丁度よく天文学を専攻している従妹が私の世話役としてこっちの家に引っ越してきた。これはチャンス! と思い、私はかえに新しい星を見つけるという夢を叶えてくれと頼み込んだ。必死に頼み込む私の姿にかえはドン引きしていたけど……。

 私の話に興味を持ったかえは、引いてはいたけど快く承諾し、学業の合間に活動をしてくれている。さすがに学業と私のサポートに加えて、夢を叶えるための準備や知識を得るために勉強したりするなんて、かえの負担が大きすぎるので、手伝えるところはきちんと手伝っている。知識は私の方が多いからね。



「んぅ……ふぁあ」


 ちょっとした息苦しさで目が覚めてしまった。んぅう体が重い……はぁ、またかえが私に組み付いているのか。かえは私を抱き枕か何かだと勘違いしていそうだ。

 かえと私は一緒に寝ている。生活のお世話などで負担も多いだろうから、何か私にできることや手伝ってほしいことがあったら遠慮なく言うようにと、家に来た初日に言ったらいきなり一緒のベッドで寝たいなんて、少しフリーズしてしまった。

 まあ朝から世話をしてもらうには効率的だし、かえの負担も減ると思うからいいのだけど、この寝相の悪さには辟易してしまう。

 よいしょ、と……組み付いている足や手をどかして体を起こす。ふう、息苦しさがなくなり、冬に近づいてきている冷え込んだ空気を肺に送る。私は寝る前に暖房を消す派だ。

 んーっと、凝り固まった体を伸ばし右の方に顔を向ける。


「えーと、ここら辺に……あ、あった」


 なんとなく手を伸ばし、目当てのペットボトルを手に取る。冷蔵庫に入れたわけではないのにとても冷たい。蓋を開け、水を飲み乾ききった喉を潤す。水が食道を通って胃に落ちるのが冷たさでわかる。私はこの生きているような感覚が好きだ。

 ふぅ。と一息つくと、チュン、チュンと外から小鳥のさえずりが聞こえるのがわかる。そのままボーっと朝の穏やかな時間をかえが起きるまで過ごす。


「ぅー、ぉ姉ちゃん……」


 かえの寝言が聞こえてきた、もぞもぞと動き出し腰辺りに手を巻きつける。

 ふふ、「お姉ちゃん」だなんて呼ばれるのは、いつぶりかしらね。引っ越してから大体五年はかえに会っていなかったし、こっちに来てからも私が教授という目上の人だからか、「先生」なんて呼び方になっているから懐かしさを覚えてしまう。

 手をそっと伸ばし頭の方を目指す。恐る恐る、なんとなくだけどある程度確信を持ちながら、そして触れる。さらさらで艶やかな、いつまでも触っていたいと思うほどに手入れされた髪。それをゆっくりと撫でながら考える。

 かえはこの家に来た初日以外、私より早く起きたことがない。それはやっぱり私のお世話で疲れているから、だと思う。まだ目が見えないからお世話されるのは、あまり納得はしたくないけれどそこは割り切る。でも勉強の時間とは別に新しい星を見つけるための勉強をするなんて、そうとうな負担になっているはず。それにもとより私の夢を押し付けているのが原因。これはやっぱり、よくないことよね……。

 はあ、あの時は冷静じゃなかったんだわ。今になって考えてみれば、自分の夢を相手に強要して縛り付けるのなんてダメなことに決まっている。

 今日はちょうど私もかえも休日だから、時間をとって話し合わないといけないわね。

 そう髪を撫でながら考えていると。


「ん、んー。お姉ちゃん……?」


 かえは少し寝ぼけたような感じで声を上げる。


「おはよう。かえ」


 柔らかく朝の挨拶をする。恐らく目が合っているのだろう、視線を感じる。


「んー。おはよう……お姉ちゃん」


 いつもは寝起きの良いかえは、珍しくまだ寝ぼけているようだった。

 でも少しすると、ぼそぼそ「いち、に、さん!」とつぶやき、ガバっとを起こし、動き出す。


「んーっ! おはよう先生!」


 のびのびとした元気な挨拶をくれる。先生呼びは……ちょっと寂しかったけど。


「ふふ、相変わらず元気ね」

「元気が私の一番の取り柄ですから!」


 こうして私たちの生活が始まっていく。



 かえが起きだしてから、まず私を車いすに乗せる。


「よいしょっと……!」

「ごめんなさいね、かえ。私、重いからケガしないようにね」

「あはは、大丈夫ですよ! 私これでも結構力持ちなんです。それに先生は超軽いですよ。う~ん、これはもっとご飯を作って、先生をぶくぶくに太らさなければ!」

「ちょっと、かえ! なによぶくぶくって!」

「あはは、冗談ですよ。ほら暴れないでください」


 じゃれ合いながら部屋を出ると、最初に洗面台に連れて行ってもらう。顔を洗ったり、歯を磨いたりして身だしなみを整える。

 私は髪の手入れが出来ないので、かえにやってもらう。最初はなんだかくすぐったかったけど、慣れていくうちになんだか……安心感というか、心地よく感じてくる。


「ほんときれいな髪ですね~、サラサラで艶があって、光をこんなに反射しているの見たことありませんよ?」

「そうかしら? ありがとう。そういうかえも、いつまでも触っていたいぐらい、さらさらな髪だったわよ」

「へぇ~……ねえ先生、私の髪っていつ触ったんですか?」

「え? それは……」

「私、こっちに来てから先生に髪触られた記憶ないんですよね~、でも先生には唯一私に気づかずに髪を触ることが出来る時間がある。それって~つまり~……先生、夜這いしました?」

「ちょっ、夜這い!? そんなことするわけないでしょ!」


 いきなり何を言っているのよこの子は!

 

「朝、かえがまだ寝ている時に、手持ち無沙汰だったからなんとなく撫でていただけよ! 誓って変なことはしていないわよ!」

「あはは、わかっていますって、必死すぎますよ」

「あなたが変なことを言うからでしょ!」


 全く、なにが夜這いよ、そんなことするわけないじゃない!



 そんな一幕があった洗面台の次にはリビングに行き、かえは料理を、私は椅子に座りテーブルの上に用意されたお茶を飲む。そこからしばらく、かえの鼻歌とテレビから発せられる音声のみの空間となった。

 かえはご機嫌な様子で、鼻歌を時折混ぜながら私に友達との出来事などを語ってくれる。私はこんなかえと一緒の、のんびりとした時間を好きになっていった。


「はいっ、できたよ。オムライス」


 目の前に置かれたであろうオムライスは芳醇な香りを部屋いっぱいに行きわたらせ、鼻腔と食欲をくすぐる。味を想像するだけで口内に唾液が分泌され、料理への期待感が高まる。匂いだけで彼女の料理の腕前がわかるというものだ。

 かえも席に着くと、示し合わせたかのように二人の声が重なる。


「いただきます」


 もぐもぐ……全く私の自信を無くすような腕前だよほんと。


「ごちそうさまでした」


 かえが席を立ち食器を片付けてくれる。


「いつもありがとうね」

「いえいえ~、お安い御用だよ~」


 皿洗いもひと段落して一緒にお茶を飲んで落ち着いたころで、私は今朝考えていた話を切り出した。


「ねえ、かえ。あなたがここに引っ越してきたとき、私は『私の夢を叶えてほしい』と言ったでしょ?」

「え? えぇそうですね。私が天文学を専攻していると言ったとたんに、興奮気味に『私の夢を叶えてほしい!』と、それはもうすごい勢いできましたね」

「そ、そのことは忘れて頂戴」


 あの時はついうれしくなって興奮してしまって、暴走していたからあまり思い出したくないのよね。


「コホンッ、それで本題なのだけれど、やっぱり自分の夢を他人に押し付けるのはあまりよくないことだと思うのよ。かえが私の世話や勉強で疲れているのに、さらに負担になることはしたくないわ。だからもう私の夢は叶えなくていい。これからは自分の夢に時間を掛けて取り組みなさい」


 一息に語られたことを飲み込むのに時間が掛かったのか、しばらくしてからかえは口を開いた。


「そ、それじゃあ、先生の夢はどうするんですか……?」


 つっかえながら、恐る恐るといった風に聞いてくる。


「諦めるわ」


 なんともなしに、とても軽そうに言う私に、かえは音を立てながら立ち上がり、怒鳴るように声を荒らげる。


「先生の、小学生の時からの夢だったんじゃないんですか! なんでそんな簡単に諦めるんですか!」

「そうはいってもね、私は目が見えなくなったのよ? いったいどうやって新しい星を見つけろというの?」

「それは……! 今までみたいに私が先生の目の代わりとなって見つければいいじゃないですか」


 少し冷静になったのか椅子に腰を下ろし、かえは息を整える。


「だいたい急になんでですか? しかも負担だなんて。私は全然そんなこと思っていません!」


 ぷりぷりといった感じに怒る、昔のかえの姿を思い出しながら私は説明する。


「ふと、冷静になって思ったのよ。私の夢は私のもの、私が叶えるもの。それに目が見えなくなったあの日から、私から夢を追い求める熱が冷めたの」


 お茶を飲みながら諭すように優しく言う。まさかここまで反発するとは思わなかったわ、かえはとても優しいのね。


「……そうですか、わかりました。そこまで言うのでしたら先生の夢を叶えることはしません」


 あら? 今度はえらくあっさり納得したけれど……


「ですが、私の夢ならば叶えていいのですよね?」


 私の思考に挟み込むように言葉を放つかえ。


「え? それは、もちろん。あなたの夢ならば叶えるように努力しなさい……?」


 なんだろう昨夜思い浮かんだ、にたにたした笑みが頭から離れないのだけど……。


「それを聞いて安心しました! それでは! 私は『新しい星を見つける』という夢を今、決めました!」

「えぇ!?」


 してやったりな顔で言ってそうな、喜色満面なかえの声が響いた。



―――三年後

 かえは見事、新しい星を見つけたそうだ。『シリウス』と命名されたその星は、現在見つかっている星の中でも一番に光輝いているらしい。

 三年前のあの日からいつも以上に積極的に活動し、度々何日も家を空けることがあった。どうやらそれは、知り合いなどを回り設備を整えていたらしい。



 ふふ、こんなに立派になって。

 隣に寝ているかえの頭を撫でながら感慨にふける。


「ん、んー。おはよう、お姉ちゃん」

「ふふ、おはよう、かえ」

「んぅ~、お姉ちゃん~」


 寝ぼけているのか、手や足を私に絡ませてくる。

 ちょっ! かえ、どこ触っているのよ! やめなさいっ、これ絶対寝ぼけてなんかいないわね!


「こらっ、かえ! 離しなさい!」

「ん~、お姉ちゃ~ん」

 ちょっとー! 怒った私は手を振り上げ――ゴチンッ!

「いたいぃ……」


 そんな夢を叶えた従妹との楽しい生活が今日も始まる。



 夜。就寝の少し前に私たちはベランダに出て外の空気を吸う。相も変わらず空には、まぁーるいお月様が存在を主張している。最近は気温の変化が激しく、日中はあんなにポカポカしていたのに、夜はだいぶ冷え込んでいる。


「……やっぱり少し寒いわね」


 ぶるぶると体を震わせながら、ちょっとだけ外に出たことを後悔する。


「だから言ったじゃないですか。この時期はもう寒いからやめましょう、先生。それに今日はプレゼントもあるんですから!」

「プレゼント? 今日は何かの記念日だったかしら?」

「ええ、とても大事な記念日ですよ」


 いつもより優しげな声色でそう返すかえに、私は不思議に思いながらも、わくわくとした気持ちが出てきた。とりあえず今日はもうそのプレゼントを受け取るために、部屋に戻ろうかと思った瞬間、かえが「やっぱりここで渡したいので少し待っていて下さい!」といい、中に入っていってしまった。

 どうしたのかしら? あんなに慌てて、プレゼントなら別に部屋でも渡してもいいのに。

 不思議に思いながら、かえを待っていると。どたどたと騒がしい音が聞こえ、それがだんだんと近づいてくる。ほんと元気なんだから。


「お待たせしました!」


 何がうれしいのか、渡すほうが渡される本人よりわくわくしている。


「ふふ、なんだか私よりわくわくしている感じね。いったい何かしら?」

「きっと楽しいものですよ……いいですか? 私が使いますので、そのままでいてくださいね」


 そう言い、ガチャガチャと何かを動かしている、かえ。

 んー? 私が使うんじゃなくて、かえが使うの? どんなものなのか全然予想がつかないわ。


「はい! どうですか? 何か感じません?」

「うん? 何かしたの? 特に何も感じなかったけど」


 何か、かえがしたようだけど私は何も感じない。頭の中はハテナマークであふれている。


「あはは、そうはいいつつもしっかり視線は、これを捕らえているんですけどね」


 そう言われて気付く。私は正面――正確にはかえの声がする方――を見ていたのに、そこから少し右の方を向いている。

 でも、それは何かが見えているわけではなく、何かを無意識的に感じているだけ。


「ねえ、いったい何をしているの? そろそろ教えてくれない?」

「ふっふっふ。これは恒星の光を再現する装置です! し・か・も! 盲視の人のために改良を加えられた、とても貴重なものなんです!!」


 なにやら変なテンションで話し出したわね。こんなキャラだったかしら? それになにがそんなにうれしいのか、いつもより声が大きいし。


「はいはいわかったから、落ち着きなさい。それで盲視の人のために改良とはどういうことなの?」


 盲視の人、私のような人のための装置。全く聞いたことがないし、かえはどうやってそんなものを手に入れたのかしら?


「この装置は、まあ簡単に言えば盲視の人でも光を感じ取ることができるというものです」


 光を感じ取ることができる? 確かに盲視の人は見えないだけで、目は機能している。でも感じ取れたって、特に意味はないのではないかしら。


「盲視の人は見えないだけで、目はちゃんと機能している。そこで強烈に強い星の光と弱い星の光を当てて、違いを感じさせるというものがこの装置なんです。これにより盲視の人にでもに星を認識させることが出来るようになったんです。まあそれ以外にもいろんな効果がありますが、どれも難しかったので覚えていません」


 おい。まあ、医療の分野は専門外だし、そうなるのも無理ないわよね。


「それじゃあ早速いきますよ! はい、これは『デネブ』です! 覚えましたか? それでは次にこれが『リゲル』!! さらにこれが―――」

「はいはい、落ち着きなさい。そんなに早く光を変えられても全然わからないわよ」

 

 無邪気な子供のみたいに、物凄い速さで様々な星の光を当ててくる。こんなかえはいったい、いつぶりかしらね。こんなかえを見ていると、私もなんだか楽しくなってくるわ。

 この装置の光、初めは全く違いがわからなかったけど、かえが毎日寝る前のこの時間に見せてきたおかげか、日に日になんとなく違いがわかってきた。よっぽど私に星の違いを分かってほしいのね。



 そんなことをやりながら、今日もかえと一緒に星の光を覚えているときに、私はふと空を見上げた。今までいったいどこに隠れていたのだと思わせるほどの、大きな光を私は認識した。

 これは……もしかして。

 空を見上げたまま、私はかえに話しかける。


「見てかえ、まぁーるいお月様よ」

「え? あ、ほんとだ。って、え? 先生見えるんですか!」

「ふふ、ええ、大きな光が見えるわよ」


 そう、かえに返すと、なにやらごそごそと装置を動かし、緊張を多分に含んだような声で問いかけてきた。


「で、では先生。この光はなんですか?」


 あら、さっそく問題? えーと、この光は……ふふ、かえはかわいいわね。


「これは、あなたが最初に発見した星『シリウス』」

「……ぁ」


 かえの口から溜まっていた空気が音にならず漏れ出す。


「ふふ、どうかしら? 毎日毎日あれほど見せられてきたのだから、正解していると思うのだけど?」


 他の星の光も確かに当ててきたけど、シリウスの回数は他とは比べ物にならないくらい多かったのよねー。ふふ、かわいい。


「正解、ですよ、先生……」


 泣き出しそうな声で告げる言葉は、正解だという確信を持っていたとしても安堵してしまう。


「先生、ついに違いがわかるようになったんですね」

「ふふ、まだまだこれからよ」

「あはは、余裕ですね先生。でもこれで、先生も夢叶えてくださいね」

「え? ……かえ、あなたもしかして」

「私は夢を叶えられたんですから、先生も勿論できますよね?」


 挑発するその言葉から、私はかえの確かな信頼を感じた。


「全く、かなわないわね。わかったわ、まだまだ完全には違いがわからないけど、頑張ってみるわ」


 私は乱暴気味にかえの頭を撫でた。



☆☆☆



 ベットに入り、これから寝るというタイミングで、かえが話しかけてきた。


「ところで先生。夢を叶えたかわいくて、愛おしい妹にご褒美はないんですか?」

「かわいくて、愛しいって、そんなこと自分で言うことじゃないでしょう。全く、まあいいわ、それでどんなものが欲しいの?」


 珍しいわね、かえがおねだりなんて、一体なのが欲しいのかしら。


「……あれ? 素直にくれるんですか? 珍しいですね。先生は滅多なことでは人に奢ったり、プレゼントを渡さないケチな人だって聞いたんですけど」

「いったいだれよ! そんなでまかせを言ってるのは! 私はご飯を奢ったり、誕生日とかの記念日には、ちゃんとプレゼントを渡してるわよ!」


 そんなケチくさいこと一回もしたことないわよ! いったい誰がそんな噂を――――


「えへへ、私です」

「なにを言いふらしてるのよ、この子は!」


 かえのほっぺたを引っ張ろうと手を近づけると……むにゅ。


「ひゃっ」

「……ん?」


 んーと……これは、えっと……。


「か、かえ背伸びたわねー。前はここら辺に顔があったのにー」


 あ、あはは。これはやってしまったわ。どうしましょう。


「誤魔化しが下手ですね、先生」

「いや、えっとね、わざとじゃないのよ? ほんとに、たまたまだから。ほら、私って目が見えないし……あはは」

「……先生、責任取ってくださいね」

「責任!? ちょ、ちょっと待って、いきなり何言いだすの、かえ。私たち従妹でしょ? そんな少し触れたくらいで責任だなんて」


 責任って、いったいどこからそんな言葉を覚えてくるのかしら。


「ふ~ん、私のこれには責任を取る価値すらないってことね」

「そんなこと言ってないでしょ! はいはい、もうこの話はおしまい。えーと何の話をしていたのかしら……あぁ、そうそうご褒美が欲しいんでしょ、言ってみなさい」

「……先生のファーストキス」

「………………なんて?」

「だから、キス」


 急に距離を詰めてきたかえの艶めかしい声が耳を打つ。って、え? ちょっとまって、今キスって言ったかしら? しかもファーストキス? なんで未経験だって知ってるのよ? 聞き間違いじゃないわよね? え? え? ほんとにどういうこと?


「……ねえ、先生。キス、しましょ?」


 さらに距離を詰めてきて私とかえは密着状態になる。かえがしゃべるときの息も顔に当たることからも、相当近いことがわかる。


「か、かえ。一旦落ち着きましょ? その……近いわ」

「近づかないと、キスできませんよ?」

「あ、いや、その。そういうことを言いたいんじゃなくて、とにかく離れて頂戴!」


 なんとか距離を置くために、かえを押し返そうと手に力を込める。しかし……


「きゃっ」


 その手をつかまれ、仰向きにされてしまう。さらにかえが私の体に乗ってきて、つかまれている手も頭の位置に押さえつけられ完璧に身動きができなくなってしまった。

 まずい、まずい! どうすれば!


「捕まえた、もう往生際が悪いな~先生は」

「かえ、どうしちゃったの? この手を放して頂戴? ね、お願い」

「ふふ、残念ながら先生のお願いでも聞けないことがあるんですよね~、それにご褒美をくれるって言ったのは先生ですよ?」


 普通はもっと他のものだと思うのよ!


「確かにそういったけど、べ、別のものにしない? 服とか、バッグとか、あとースイーツなんていいかもしれないわ! どう……?」

「そんなもの、先生の大事なファーストキスの足元にも及びませんよ」


 さっきも言ってたけど、なんで私が未経験だって知ってるのよ! 


「さあ、先生。そろそろいただきますね」


 いただきますって私はご飯じゃないのよ! ああ、ああ! このままじゃほんとにキスされてしまう……!


「……あ、先生って他人行儀な呼び方じゃダメだよね。せっかく先生の初めての相手なんですから、コホン。いくよ……ゆな」

「っ……!」


 ただ「ゆな」と名前を呼ばれただけなのに、顔が熱くなり、体に力が入らなくなる。傍から見れば、完全にかえを受け入れている姿が映るだろう。


(な、なんで……力が……!)


 そう混乱している合間にも時間は無情にも過ぎていき、かえの荒い息がどんどんと近づいてきている。


(まずい……! 早く抜け出さないと……!)


 なんとか力を込めようとするも、かえの声が、頭の中をぐるぐる回り、うまく力が入らない。そしてついに、かえの息が……唇に近づき……重なる。



☆☆☆



「……はぁっ」


 夢の世界から現実の世界に帰ってきたことを確かめるかのように、何回も瞬きをする。


(い、今のは……夢?)


 とても強烈な夢だった。今も心臓がバクバクと大きく脈動しているし、心なしか顔が熱い。


(あ、かえは……?)


 少し手を動かせば、すぐ横に暖かい存在を確認できる。珍しく今日はくっついてないみたいだ。

 ふぅー。大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。

 あれは夢。あれは夢、あれは夢…………。


「んぅー、ゅな……」

「ひゅいっ」


 い、今、ゆなって言ったよね ? 絶対言ったよね……?


「か、かえ……起きてるの……?」


 寝ていることも考慮して、かえが起きないぎりぎりの声量。


「んぅ~~」

「寝てるよ、ね? はぁーびっくりしたー」


 そもそも、なんで名前を呼ばれたぐらいでこんな動揺するのよ、小さい頃なんかは友達からも言われていたし、かえからも……


「んふふ、……ゆあ」

「ひゃわー!」


 本当に笑ってるのか、寝言なのかわからない微妙な感じの声、でもさっきよりはっきりとゆあって……!


「か、かえ……ほんとは起きてるんでしょ? 寝たふりなんかやめなさい」


 さっきよりも大きく起きていれば確実に聞こえているだろう声量。ただ少しその声は震えていたけど。


「……」


 反応がない。ほんとに寝てる……? でも、かえは今まで一度も寝言でゆあなんて言わなかったし……もしかしてあれは夢ではなく、現実……?

 いや、でも……と思考の渦に沈んでいると。


「ふふ、ゆーあっ」


 はっきりと聞こえた、からかい交じりの声。


「っ……! かえ! あなた……!」


 そうして今日の始まりは、ゆあが目をカッと開き、顔を真っ赤にして怒るところから始まるのだった。瞳に私を映して。




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