宇宙でお手軽ランチタイム

水涸 木犀

宇宙でお手軽ランチタイム

「オウルさん、お疲れ様です」


 ノックもそこそこに船長室へと入ってきたのは、オペレーター兼ジャーナリスト(本職は後者だ)のミノリだ。俺はといえば、船外作業用の重い服を脱ぎ、ようやくひと息ついたところだった。


「オウルさん、お昼ご飯まだですよね? 食糧庫管理係のジェイさんから、オウルさん用に持ってけっていわれて。いつもの缶入りパンですけど」

「ああ。助かる」


 正直、今日の船外作業はかなり疲れた。船長室から大して距離の離れていない食糧庫に行くことさえ億劫に感じていたから、ミノリとジェイの気遣いはありがたかった。ジェイにも、あとでお礼を言っておかなくては。


「今食べますよね? 開封しちゃいますね」

 俺の確認を待たず、ミノリは筒状の缶の蓋をさっさと開ける。わずかながら、小麦粉の香ばしいにおいが俺の元へと届いた。しかし、明らかにパンではない匂いが交じっていることに気づく。


「ミノリ、缶入りパンっていったよな? 俺の鼻は、いつものパンと違う食品を示唆しているんだが」


「ああ、そっか。このパン食べてるの私と一部の人だけでしたね」


 わざとらしく大きく頷いているが、確実に確信犯だろう。俺がじっと見つめると、ミノリは缶の入り口を俺のほうに向けた。確かにパンではあるが、何か暗色系のものが、マーブル状に練りこまれているのが見える。


「これ、あずき入りデニッシュパンです。細かく練りこんではありますが、あずきってお豆の一種なので、タンパク質も一緒に採れますよ。あと甘めなのでちょっとお昼ご飯の時間がずれても、おやつ感覚で食べられて美味しいです。いつものパンだと飽きるので」


「お前にとっては、主に後者が理由だろう……」


「栄養価云々よりも、味が一番ですからね。ただ欠点として、何も入っていないパンに比べて賞味期限短いんですよね、コレ。だから早めに消費しろってジョイさんに持たされたんです」


「だいたい、お前とジョイの意図は読めたぞ」


 要は、多忙で昼を抜きかねない俺を狙って、賞味期限が近い食材の消費を迫りに来たのだろう。空腹ゆえに断られないところまでを読んで。


「だが、アズキは甘いんだろう? 俺があまり甘いものを好まないことは、ミノリも知っていると思うが」


「もちろん知ってますよ。だから、私が準備したのはこれだけじゃないんです!」


 ミノリは高らかに宣言して、腰にさげたポーチから小瓶を取り出した。ポケットにもしまえそうなくらい小さな瓶には、何やら黄色がかったものが入っている。


「これ、私が実家で作っている柚子味噌ゆずみそです。味噌に柚子を入れるだけなんですけど、さっぱりして味噌単体でも食べられるようになるんですよ。ちょっとした塩分補給用に持ってきたんですけど、味噌を付けたらたぶん、甘いの苦手なオウルさんにも食べられます」


 あずきデニッシュの缶を俺に押し付けて、ミノリは小瓶の蓋を捻る。すると確かに、ミソらしき独特の発酵食品系の香りと、爽やかな果物の香りが辺りを漂った。

 俺がにおいを確かめている間に、ミノリはどこからともなくスプーンを取り出し、小瓶の中の味噌をひとさしすくった。


「はい。パンにつけてもおいしいですし、不安でしたらちょっとずつ、なめながらパンを食べてもいいかもしれないです。本当はパンに塗って焼くのが一番美味しいんですけど、そこまでの設備はないですからね」


「ここは、お料理教室じゃないからな」


 放っておくとそのままスプーンを「あーん」の形で口元まで持ってこられそうだったので、俺は慌てて柚子味噌のついたスプーンを受け取る。缶と一緒に持ち、ひとまず中のパンをちぎって口に運ぶ。


「……甘い。が、食べられないほどじゃない。アズキは、もっと甘いものだと思っていた」


 俺がイメージしていたアズキは、もっとおやつらしい甘さがある食材である。しかし、これはパンの中に入っているせいか、意外と甘さ控えめだ。甘みよりも、豆を食べているという食感の方が勝る。


「中のあずき、粒あんにしてもらったのが良かったかもしれないですね。お口に合ったようでよかったです。あと、味噌と一緒に食べてみてください」


 ミソも存在は知っているが、食べたことがない。それをパンにいきなり付けるのは躊躇われ、少しだけなめてみる。


「香りのイメージ通りの味だな。ミノリの言う通り、しょっぱさはあまり感じない」


「それは、オウルさんが汗をかく作業をしたばっかりで、塩分不足だからかもしれないですけど。でも、どっちも食べられそうでよかったです」


「ああ、これは美味しい」


 ぱあっと笑顔になるミノリを見ているのが気恥ずかしくて、俺はちぎったパンに味噌をつける作業に専念する。


「この組み合わせは……。甘じょっぱい、という感じか。柚子とアズキは、意外とケンカしないんだな」


「良いですよね、この食い合わせ! 私もあずきデニッシュは、柚子味噌をつけて食べるほうが好きなんですけど、クルーの人たちになかなか理解されなくて。オウルさんに共感してもらえてよかったです」


 確かに、アズキの甘さに柚子の酸味、味噌の塩気と色々な味が口の中で混ざり合うが、それがあまり不快ではない。日本人は繊細な味付けの料理が得意だというが、これもそういうことなのだろうか。


「これは、ミノリの創作料理なのか? あるいは、お前の国ではよく食べるのか?」


 俺の問いに、ミノリはわずかに首を傾げる。


「創作料理ってほど、大げさなものじゃないですけど。あずきデニッシュも柚子味噌も普通に作れるものなので、私のオリジナルじゃないと思いますよ。両方を組み合わせて食べたのは、私が初かもしれませんが。あえて創作料理として銘打つなら、『あずきデニッシュの柚子味噌添え』ってところでしょうか」


「そのまんまだな」


「いいんですよ、料理名なんてそのまんまで。美味しければいいんです」


「それもそうだな」


 その日以降、ミノリと昼食の時間が被るときは、彼女に柚子味噌を少し分けてもらうようになったのはここだけの話だ。

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