水先案内人
高岩 沙由
孤独
暗闇の中、ぽっ、と灯りがともる。
その灯りに黒猫が片目を開けて、確認する。
「提灯に人魂が入ってきたか……迎えに行くか」
そう呟くと体を起こし、前足を思いっきり伸ばし、後足も思いっきり伸ばすと座り込み、大きくあくびをする。
むにゃ、と言ったあとに少し屈みこむと提灯の持ち手をくわえ暗闇の中を歩き出した。
女は頬に何か触れたような気がして目を覚ます。
が、目を瞑っているのではないかと思うほどの暗闇で天地もわからず、何の音も聞こえない。
上半身を起こし、あたりを見回していると暗闇の中にオレンジ色の光がゆらゆらと動いているのが見える。
じっ、と目を凝らすと、そのオレンジの光は提灯の灯りで真っ黒な猫が持ち手をくわえてこちらに向かって歩いてきている。
黒猫は女の近くで座ると、じ、と見る。
「ここはどこなの?」
女は黒猫にたずねるが、答えることなく立ち上がるとくるり体を返すと今来た道を戻っていく。
「待って!」
女は声を上げると、急いで立ち上がり黒猫の後を追い始める。
暗闇の中、提灯の灯りを頼りに歩いていると黒猫は突然、
「なぜ、ここにいるか、わかるか?」
と聞いてくる。
「わからないわ。ねぇ、ここはどこなの?」
女は焦りが滲む声で黒猫に問いかける。
「黄泉路だ」
「黄泉路?」
黒猫に問いかけるがその問いに答えずに、
「あなたは体調を崩していた。覚えているか?」
黒猫は低い声で問いかける。
「体調……? ああ、そう、そうだわ。家で療養していたわ」
黒猫は振り向きもせずに、
「なぜ、療養していたのだ?」
女はその問いに、しばらく考えこむと、
「夏に体調を崩してしまって。主人に相談したら、“暑い日が続いているから夏負けしたのだろう”と言っていたので、家で臥せっていたの」
女は思い出しながら黒猫に話す。
「でも、臥せっていても回復しなくて。主人が病院に連れて行ってくれたのだけど、原因はわからない、と言われたわ。仕方なく、家で臥せっていたの」
黒猫は前を向いたまま、
「回復したのか?」
黒猫の言葉に女は首を横にふると、
「回復しなかったわ。そのうち食事もとれなくなり……」
女は、はっ、とすると、
「食事もとれなくなって……私は死んだの?」
黒猫は否定も肯定もせずに女の前を歩きながら、
「もし、その死が故意に作られたものだとしたら?」
女は戸惑う。
「どういうこと?」
「貴方のご主人は多額の借金があった」
黒猫の言葉に女はすぐに否定する。
「それはないわ。だって結婚する前に調査したもの」
「では、その調査した人がご主人に買収されていたとしたら?」
女は言葉を返せずに、俯く。
「人間は大なり小なり嘘をついて生きている」
「……でも、とても誠実な人だったわ」
「そして、人間は自分の都合のいい真実しか見ない」
女の精一杯の強がりを黒猫は否定したあと、ちらっと女を見上げる。
「ご主人は会社を経営する社長だった」
黒猫の言葉に女は静かに頷く。
「借金の大半は賭け事によって作ったもので、まっとうなところ以外からも借りていて経営する会社の利益だけでは返せないほど膨らんでいった。ご主人は自分の地位を崩さないために、なんとかして借金を返済したいと思った。そこで目を付けたのが保険金を騙しとり借金を返済することだった」
「嘘よ! そんなことはないわ!」
女は首を激しく振りながら黒猫の言葉を否定する。
「ご主人はあなたに1億円の保険金を掛けることにした。その掛け金だけでも高額になるのは想像に難くない。だが、保険会社に悟られずに毎月掛け金を払い、貴方を少しずつ弱らせる」
女のすすり泣く声が暗闇に響く。
「医者を買収し、貴方の死亡診断書には病死として書かせた」
黒猫は淡々と語る。
「保険金を騙しとった後は、少しずつ借金を返済していき、完済したあとに」
黒猫はまたもちらっと女を見上げると、
「別の女性と再婚をした」
女はその言葉に体から力が抜け、その場にへたり込んでしまう。
へたり込んだ女を黒猫はその場に座り、真正面から見ると、
「ご主人が貴方と結婚したのは、最初からお金のためだった。なぜなら、ご両親はすでに他界し、兄弟もいない、親戚付き合いもない貴方なら、犯罪を疑う人がいないからだ」
女は視線が定まらずにいる。
「この先は2つの道がある」
黒猫がいうと、突然あたりに光があふれ始める。
女はその光を呆然と見つめている。
「一つは今の記憶を持ったまま生まれ変わること。この場合、貴方はご主人を見つけ次第復讐することも可能だが、その後は空虚なまま生きることになるだろう」
「復讐……」
「もう一つは、今までの記憶をすべて忘れ、まっさらな人生を歩む道。だが、また同じ目に合う可能性もある」
女は黒猫の言葉に迷いを見せる。
しばらく悩んでいた女はゆっくりと立ち上がると、
「復讐するか……しないか……」
そう呟くと光の中へとおぼつかない足で歩いて行った。
光が弱まると、提灯にともっていた人魂の灯りが消える。
「次は幸多い人生になるように」
と黒猫は呟くと、今歩いてきた道を戻っていく。
死を納得したまま迎えられる人間はごくわずかだろう。
死んでいるのか生きているのかわからずここにきて、死の間際に何があったかを話し、そして死を受け入れてもらう。
黄泉路とは、死を受け入れ、次の人生を選ばせる道なのだ。
水先案内人 高岩 沙由 @umitonya
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