KAC202210 ケンタ君と真夜中のトイレ

無月兄

第1話

「もうすぐ小学校に通うことになるんだから、そろそろ夜のトイレくらい一人で行けるようになろうね」


 ある日ケンタ君は、パパとママからそんなことを言われた。

 そんなのイヤだ。だって、真夜中のトイレはすっごく怖いんだよ。オバケが出てきたらどうするのさ。

 一人でなんて絶対にムリだ。


 だったら、小学校になんて行かない。そう言ったけど、ダメだった。


「いい加減にしないか。こんな歳になっても甘えて、恥ずかしいと思わないのか。他の子は、みんなとっくにできるようになってるぞ」


 そう言って、パパは怒った。


 ケンタ君は悲しかった。

 他の子ができるからって、ボクも同じことをしなきゃならないの?


 様々な個性、多様性が認められてきている今の世の中、そんな言い分は時代遅れだと思った。

 だけどそう言うとパパは、屁理屈言うなと、もっと怒った。


 だけどケンタ君は諦めない。真夜中のトイレなんて、絶対に一人で行くもんか。


「じゃあ、小学生に行くのと、一人で夜のトイレに行けるようになるの、どっちかひとつだけならなってもいいよ。新しいことをいくつも同時に始めようとしても、やることが多すぎて失敗しちゃうよ」


 こんなことを言ってるけど、小学校に行くこと自体は、別に嫌でもなんでもない。

 自分では賢い方だと思っているし、なんの問題もなくやっていける自信はある。


 だけどこうして二者択一を迫ることで、元々決まっていた小学校行きの価値を大きく見せ、いかにもウィンウィンな取引だと思わせる、高度な交渉術だ。


 問題は、小学校に行かなくてもいいから真夜中のトイレには行けと言った場合だ。

 いや。パパもママも、トイレと学校の二択なら、さすがに学校を選ぶだろう。

 だけど、返ってきた答えは無情だった。パパとママは、声を揃えて言う。


「「両方行きなさい!」」

「そんな……」


 ひどい、あんまりだ。もしかすると、うちの親は世間でいうところの毒親なのかもしれない。


 それなら、もうこんな交渉なんてやめて、児童相談所に連絡した方がいいかも。そう思ったけど、それはムリだ。相談するなら、家庭裁判所か、その方面に明るい弁護士になるのかな。


 だけどケンタ君があれこれ考えていられるのはそれまでだった。

 パパとママが、呆れた顔で言ってくる


「いいか、ケンタ。そんなんじゃ、生徒のみんなに笑われるぞ」

「そうよ。せっかく先生になったんだから、子どもたちの見本になれるよう頑張らないと」


 うぅ、それを言われると辛い。


 教員免許をとって、小学校の先生になることが決まったケンタ君。

 だけど、一人で真夜中のトイレに行かなきゃ行けないなんて。先生になるのって、思った以上に大変なのかもしれない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KAC202210 ケンタ君と真夜中のトイレ 無月兄 @tukuyomimutuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ