KAC20222 魔法少女と偽のイケメンアイドル

無月兄

第1話

「できた。ついにできた! これで、地球侵略は目の前だ」


 目の前にある大型のカプセルを見ながら、私は歓喜の声をあげる。

 私は、宇宙の犯罪組織『シンリャーク』の支部長、シレー。数ヶ月前から地球を侵略しに来ている。


 だがしかし、その侵略行為は、実は全然うまくいってない。

 なぜか、その理由は明白だ。この地球には魔法少女というものがいて、私のような悪の侵略者と戦っているのだ。 


 いや、訂正しよう。あれは戦いなんてもんじゃない。

 実はその魔法少女というのはとんでもなく強く、どんなに強い刺客を送っても、あっという間にボコボコにし、数秒ももたずに血と肉の塊へと変わってしまう。

 魔法少女と言ってる割には思いきり物理攻撃だが、とにかく恐ろしい。


 ならば、地球侵略なんてやめればいいのではと言う輩もいるかもしれない。私もできればそうしたい。

 だがここで諦めれば上司には怒られるし、今後の出世にも響く。侵略者だってつらいのだ。


 しかし、そんな苦難の日々もこれまでだ。

 再びカプセルに目を向けると、中には一人のイケメン青年の姿があった。


 今地球には、セイヤという人気絶頂の超スーパーイケメンアイドルがいる。

 全ての人を虜にし、彼を見た者はその目がハートマークになると言われている、モテない人生を送ってきた私にとってはいけ好かない奴だ。


 だが、そんな奴でも使い用だ。

 カプセルの中にいるのは、そのセイヤを模して作った、コピーともいえる存在だ。我らシンリャークの技術をもってすれば、こんなこともできるのだ。

 ただし、中身は我らシンリャークの忠実なるしもべ。こいつこそが、あの憎き魔法少女を倒す切り札となるのだ。


「見た目は完全に、スーパーイケメンアイドルのセイヤ。こいつを前にすれば、いかに魔法少女といえど油断するに違いない。フラフラと近寄ってきたところを攻撃するもよし。ダンスを披露しウインクでもすれば、キュン死にに追い込むことだって可能なはず。どうだ、この完璧な作戦は!」


 これで、あの魔法少女をついに倒すことができる。

 こうして私は、コピーセイヤを連れ、魔法少女のいる街へと出向くのだった。








「な、なんだと……」


 結論から言おう。コピーセイヤは、一瞬でやられた。

 魔法少女の目の前でダンスを披露し、「やあ、僕はスーパーイケメンアイドルのセイヤだよ」と自己紹介をした瞬間、魔法少女の拳が叩き込まれ、跡形もなく消滅してしまったのだ。


「どういうことだ。セイヤは、全ての人を虜にするスーパーイケメンアイドルじゃなかったのか? 魔法少女、お前はセイヤのファンじゃないのか?」


 ファンならば、こんな風に一撃粉砕などできるはずがない。だが、実際にそのあり得ないことがおきた。

 なぜだ。私の完璧な作戦の、いったい何が間違っていたというのだ?


 うろたえる私の前で、魔法少女の目がスッと細くなる。


「ねえ。もしかして、あれがセイヤ様だって言うの?」

「えっ? セ……セイヤ様」


 低く響いた魔法少女の声は、明らかに怒りをはらんでいた。


「あんなの全然セイヤ様じゃない。本物のセイヤ様は、もっと甘さと凛々しさを兼ね備えたお顔をしてるもん。ダンスのキレだって全然違う。それに、輝く太陽のようなオーラを出しているの。CDも写真集も全部買って、出演しているテレビは全部チェックして、コンサートのチケットは必ず予約して、抽選でハズレても存在を近くに感じようと思って毎回会場のそばまで行っている私にはわかるの」

「そ、そうなの?」


 言っておくが、コピーセイヤのクオリティは決して低いものではないはずだ。本物と並んだら、私には見分けがつかないだろう。

 だが、ここまでガチなファンである魔法少女にとって、両者の違いは明白であったらしい。

 って言うか魔法少女。お前、我らと戦っている裏で、そこまで推し活に励んでいたのか。


 ファンならばイチコロだと思っていたこの作戦。だが、ファンの中のファンには全く通じなかった。


 いや、通じないだけならまだいい。いつものように負けて終わるだけだ。だが、推しの偽物という存在は、彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。


「あんな偽物がセイヤ様の名を語るなんて。セイヤ様をバカにしてるの? 侮辱してるの? 絶対に絶対に絶対にゼッタイニゼッタイニゼッタイニ───────────────ユルサナイカラ」

「ひいぃぃぃぃっ!」


 それは、これまでに感じたことのない殺気だった。


 腰を抜かす私に向かって、魔法少女は、一歩ずつゆっくりと近づいてくる。

 そして、拳を振り上げ、言う。


「オシヲケガシタソノツミ、オモイシレ」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 推し。それは、決して迂闊に触れてはならない聖域なのかもしれない。

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