第八一話 痛みー別離ー(八)


 四人の前で封書が開かれた。

 封書も花びらが散るように細かく分かれ消え去ると、十字折にされていた便箋が私の手のひらへゆっくりと降りて広がった。

 そこには、とても美しい筆跡で、私に対してこのように書かれていた。他の三人に聴かせるように、私は読み上げた。



 “

 

 親愛なるアウグスタ様。


 この手紙を読んで頂いている事は、無事に任務を達成したのですね。ご無事でなによりでございます。

 文面のみのご挨拶で大変失礼でありますが、厚く御礼申し上げます。後日、お会い致しましたら、あらためてご挨拶させていただきます。


 さて、貴女方にご依頼いたしました黒い柩について、疑問に思った事が多々ある事でしょう。その中身は、災厄と希望が眠っております。危険な物を押し付けられたとお思いでしょうが、それは訂正させていただきます。

 確かに危険なモノではありますが、放置できない状況になりました。そのままですと敵の手に渡ってしまい、世界に戦乱が巻き起こる事でしょう。再び大戦が起きてしまうと、この世界そのものが破壊されてしまう可能性があります。それでも我々の手で運び出す事はできませんでした。

 この世界の住人のほとんどは、あのモノの影響を受け易く、近寄る事が難しいからです。そこで我々は、苦渋の決断を下しました。比較的影響を受けにくい貴女方ヒト族へ託す事です。誠に勝手な事と重々承知しております。

 貴女方は、次代を担う種族と心得ているので、できれば巻き込みたくなかった事を理解してほしいです。


 苦難を乗り越え、ここまで運んで頂い事、誠に感謝申し上げます。




 私宛に書かれた内容は、謝罪と感謝の内容であったが、その飾らない文章と筆跡から苦悩が読み取れる。そのまま内容は、執筆者の本心が込められていと私は感じる。

 それにこの手紙には、レナ・シーと署名されている。ヒト族にとって大恩のある方だ。だから、この手紙を書かれた方を信じても良いと感じていた。


「どうやら無理をさせた謝罪と、あの柩を運んでくれた感謝の内容ですよ」


 私は、読み終えると手紙を折りたたみ、それをジッと見ていたデンス連隊長へ手渡した。どうも、この紙の素材に興味深々のようだ。そういえば、彼らは戦士が探索で活用できる新しい本を作っていると聞いた。この紙であれば、軽くて薄い本ができるだろう。

 しばらく彼は、紙の手触りや質感を観察していたが、何気に文章を読み始めた。そして顔色が変わった。彼は無言で、それを開いたままラディスへ手渡した。

 ラディスは、デンスの態度に訝しんで小首を掲げていたが、手紙に目を通すと目を見開き、何度か読み直しているようだった。手紙をドゥルーススへ渡すと両手で顔を拭い、口元に手をやり考え込んでいるようだった。

 それは、ドゥルーススも同じだった。


「これのどこが、謝罪と感謝の文なんだ。警告じゃないか!」


 珍しくドゥルーススは語気を荒げた。

 私は、それに怒りを覚え言い返そうと口を開いたが、それを止めるかのように、ラディスが手を挙げた。


「どんな原理なのか判らないが、どうやらこれは読んだ者によって文面が変わるようだな。私に対しては、黒い柩を回収したら、できる限り早くコロンへ帰還する事を勧められている。しかも道中、狼の襲撃が多発するので、警戒を怠る事がないようにと書かれている。デンス、お前のは何て書かれていた?」


「概ねそうなんだけれど、脱出が間に合わない場合、子供が取り残されているらしい。その子を救って貰いたいとあった」


「私には、狼の襲撃に耐える事はできないから、カメリアを放棄して、南へ退避するようにと書かれている。どういう事だろうか? リンディニスへならば南西なのだが、言葉の綾というものだろうか」

 

 それぞれの話を聞いて、私は唇を噛んだ。確かにこの身体では戦う事はできない。感謝を伝えながらも遠まわしに、戦力外通告を言い渡したのか。

 私以外の三人が受け取った内容は、狼の襲撃に関する警告だった。では何故、私にはその警告が入っていなかったのだろうか。

 


 ◆



 会議は続いている。なぜ、ドゥルーススは止めた。

 確かにあの手紙は変だった。そう、読む者によって文面が変わるのだ。無用な混乱を避ける為だと分かるが、あの時の四人が受けた警告を伝えるべきだ。ラディスとデンスは、どう思っているのだろうか。



「……、おい! 聴いているのか、アウグスタ!」


 ドゥルーススの怒鳴り声が聴こえる。

 隣にいたカリウスが、私の肩を揺らし意識が現実に戻る。どうやら想いに耽っていたようだ。


「すまない。ちょっと考え事をしていた」

「……」


 皆、私の事を見ていたようだが、肩をすくめたり首を振ったりしている。多分、いつもの口喧嘩が始まる思っているに違いない。ニヤニヤしている者は、続きがどうなるのか期待しているのだろう。しかし、私が謝罪を口にした事で、ドゥルーススはそれ以上何も言わなかった。きっと彼も、もっと熟考する時間が必要だと思っているに違いない。

 あの後、四人での話し合いは、急報が入りやむ得ず中断されてしまった。その急報によって、夜分に会議をする羽目になったのだ。



「急遽、行動を起こさないといけない案件がある。まずはラタエ砦からの援軍要請ついての対処だ。本来であれば、すぐにでも援軍を出したい所だが、妖精族からこのカメリアも襲われる可能性があると警告を受けた」


「そこは、迷う必要はないだろう。すぐにでも援軍を出すべきだ」

「でも、ここも狙われているだったら、安易に援軍を出せば、守りきれないじゃないか」


 会議は紛糾した。

 現在カメリアにある正規の大隊は、計三個大隊だ。内二個大隊は、ラタエ砦に駐屯している一個と巡回偵察に出ている一個だ。

 負傷者や休暇をとっている者、見習いや訓練期間の者、それにアウジリアスを合わせれば、なんとか二個大隊は集まるだろう。しかし、その混成大隊が戦力になるかといえば難しい。防衛戦であればマシだろうが、野戦となれば想像をしたくもない。

 援軍を出すのであれば、正規の大隊しか無い。それでは、カメリアの防衛力が極端に落ちてしまう。だが、今は最精鋭の三個大隊がいた。だから頼りたくなるのも人情だ。


「それは、なんとかなるんじゃないか? そちらに連隊というものがいるじゃないか。三個大隊も率いている」

「申し訳ないがそれはできない。我々の任務は、速やかに柩を回収し、コロンへ帰還する事だ」


 それを連隊の協力を口にした者もいるが、デンスは即座に防衛協力を断った。カメリア側としては期待していたのだ。当然だが、非協力的なデンスに対して激昂した。


「おい小僧! 調子に乗ってるんじゃねぇぞ!」

「何がだ!」


 二人は立ち上がり睨み合う。

 それに呼応するかのように、カメリア側の他の隊長たちも椅子を引き、少し腰を浮かせている。事が始まったら一緒になって暴れようと思っているものもいるし、巻き込まれないように退避しようとしている者もいる。

 何故だか皆、妙に苛立っているように感じる。危機に対して昂っているのかと思っていたが、それにしてはあまりにも短慮だ。前から感じているモヤモヤ感が増している気がする。



「二人ともやめんか! 今は言い争っている場合じゃない!」


 雷鳴の一撃が、会議室に響き渡る。

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竜騎士たちの物語 〜第一章 創生の竜騎士〜 夏乃夜風 @nightwind

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